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それでも生きていく場所は現実にしかないのです


「ありがとうございましたっ! またぜひ来てくださいねっ!」



 にっこり笑ってすこしだけ上目遣いをする。そうすればほら、目の前の男のひとの顔が赤くなった。


 うんうん、やっぱりこうでなくっちゃ!


 内心で満足して、出て行く男のひとに手を振って見送ってあげた。



「はー、またやってる。すきだよねえ、アンタも」



 呆れたように声をかけられるけど、気にしない。最初はむっとしたりもしたけど、この子はお貴族サマたちみたいにインケンな嫌味とか言ってくるわけじゃないし。



「まあでも、おかげで客足が伸びたのも事実さ。最初こそ王都を追い出されたワケアリってんで使えるか心配したけど、なかなかどうして。クセはあってもちゃんと働くし、思ってたほど悪くはないさ」



 こっちはこのお店の主で、いまのわたしの雇い主、イアナさん。で、その前に声をかけてきたのが、イアナさんの娘のアン。


 王都を追い出されたわたしとフォーレン様は、王都から遠く離れた辺境の村に放り込まれた。

 わたしはもともと平民だったけど、父親だとかいうひとが急に現れて、お母さんと一緒に貴族にさせられたの。正直、突然貴族だなんだって言われて、マナーがどうの、教養がどうのって鬱陶しいことこの上ないなって思ってた。貴族って、ただただ偉そうにしてゼイタクしていればいいわけじゃないって教えられたけど、おまえは本当は貴族なんだって身勝手に拾っておいて、そういうの押しつけられても知らないし、としか思えなかった。

 でもお母さんはお父様とちゃんと結婚できてうれしそうだったし、面倒なことは多くても平民でいるよりもおいしいもの食べられたり、かわいいドレス着られたりしたからまあいいかなとも思ってたけどね。


 で、なんか貴族なら貴族の学園に行くのが義務とか言われて、入学させられることになったわけだけど……。もうほんと、貴族って面倒くさいのなんのって。王子様とかも通ってるって聞いたから入学しようって思えたのに、いざ入るとここでもマナーだとか礼節だとか寄ってたかって言ってくる。


 学園ではみんなが平等ってなっているはずなのに、知らないわけ?


 そんな学園で仲良くなったフォーレン様は、いまはもとってなっちゃってるけど、王子様で、そのフォーレン様だってわたしが正しいって言ってくれてたんだもの。わたし、間違ってなんかなかった。


 ……まあ、ちょっとうそついて、フォーレン様の婚約者のひとを引き摺り下ろそうとしたのは、さすがにちょっとよくなかったなーとは思うけど。


 でもそれだって、わたしの理想の王子様を見つけちゃったんだから仕方ないじゃない。フォーレン様みたいな本物の王子様じゃないけど、すっごくカッコよくてやさしくて、ほんとに絵本の中の王子様がそのまま飛び出してきたんじゃないかって思うくらいのとびきり素敵なひと。

 ずっとずーっと、相思相愛なんだって思ってた。だってあのひとはずっとわたしのそばにいてくれた。転びそうになったときは支えてくれたし、はなしだっていっつもちゃんと目を見てまっすぐにしてくれた。

 でも彼はすっごく奥手だって言われていて、わたしがどんなにアピールしても手を出してくることはなかったの。ほかのひとみたいに婚約者がいるひとじゃなかったから、お父様にわたしと婚約できるようにしてってお願いもしたけど、全然取り合ってももらえなかった。


 あのひと、ほんとに自分勝手! ずーっとお母さんのこと蔑ろにしてきて、政略結婚とかいうヤツだった前の奥さんが死んだからっていまさら迎えにきて。

 わたしとお母さんがどうやって町で生きてきたかも知らないクセに。お父様のせいで、お母さんが悪口とかずっと言われ続けてきたことだって、知らないクセに。


 貴族でも身分が低いらしいお父様は、こそこそこそこそお母さんと愛人関係を続けていたけど、そんなふうに扱われてたお母さんへの周りの目は冷たかった。貴族サマがどうかなんて知らないけど、平民の間では浮気とかすっごくイヤな目で見られるんだよ。

 わたしはずっとお父様なんてきらいだったけど、でもお母さんはそれでもすきみたいだから、邪魔はしなかった。お母さんがいろいろ大変だったのは、娘のわたしがよく知っているし、だからどんな父親だろうと、お母さんがしあわせだっていうなら、わたしは黙っていようと思ったの。


 とにかく! 自分勝手なお父様に婚約の件を却下されたわたしは、それでもわたしの王子様……ファーシル様を諦めなかった。


 そんなとき、王族なら後宮ってところに堂々と愛人を囲ってもいいんだって知ったわけ。


 ファーシル様が奥手でわたしに手を出せないっていうのなら、そのための場所くらいわたしが用意してあげようって思ったの。幸い、フォーレン様はわたしに好意的な感じだったし、きっと協力してくれるって思っていた。なんか、婚約者のひとのことをきらっていたみたいだし、丁度いいかなっていうのもあったんだよね。

 愛人っていうとイメージ悪いし、そもそもわたしだっていいイメージないから、あとでちゃんとはなして、フォーレン様とは上辺だけの夫婦になるつもりだった。ファーシル様にもちゃんとはなして、わたしがすきなのはファーシル様だけってわかってもらうつもりだったし、フォーレン様はフォーレン様ですきな相手見つけてしあわせになってくれればいいって考えていたの。


 王妃になったらゼイタク三昧とか、権力使いたい放題とか、そういうのは正直どうでもよかった。ちやほやされるのはだいすきだけど、それって別にわざわざ王妃になる必要ないし、ちやほやしてもらうことがすきなだけだから、すきなひとにはちゃんと一途なんだよね、わたし。


 そんなわたしが王妃になりたいって強く願った理由なんてたったひとつ。



 もちろん、ファーシル様と愛しあうためだ。



 そのためにフォーレン様の婚約者を貶めようとしたことは、ちょっとだけ申しわけないなって思わなかったわけじゃない。ただそれ以上に、どうしてもファーシル様が欲しかっただけ。



 それなのに。



 結局、ファーシル様はフォーレン様の婚約者と結ばれてしまった。


 どうしてってずっと思ってた。なんでってずっと訴えてた。


 だってそんなの知らなかったもの。ファーシル様が、フォーレン様の婚約者のひとがすきだったなんて。

 ファーシル様、一度だってそんなこと言っていなかった。それどころか、フォーレン様との仲を取り持つかのように、そのひとのいいところをフォーレン様に教えて、ちゃんと見るようにって言っていたくらい。


 なにより、わたしにはわかったもの。ずっとずっとファーシル様を見てたんだよ。ファーシル様が、フォーレン様の婚約者のひとをすきって目でなんて見ていないこと。


 なんでみんなわからないの。なんでみんな、そんな勘違いしてるの。

 そんなの、そんなのおかしい! いま考えたって、絶対おかしいって言いきれる。


 だけど。


 ……正直、わたしはフォーレン様の婚約者のひとには勝てないって、思った。


 なんでみんな気づかないんだろう。ファーシル様があのひとのことをすきなんじゃなくて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 しかもすっごく怖くて、重たいヤツ。恋ならわたしみたいにきらきらしているべきなのに、あのひとのは真っ黒でどろどろしていて絡みついてくる感じ。

 もうほんと、そんなの愛じゃなくてホラーだよ! って思った。すっごく思った。


 わたしだってファーシル様のことだいすきで、その気持ちだったらあのひとにだって負けない! って思えるけど、別の意味であのひとには勝てそうにないし、正直もう関わりたくなんてない。わたしがうそをついて陥れようとしたことなんて全然気にもしてない感じだったのに、なんかスイッチ入ると手がつけられなくなる感じだったんだもの。


 それにわたし、結局フォーレン様との結婚はしなくちゃいけなくなっちゃったし。結婚自体はするつもりだったけど、それはフォーレン様が次の王様だったからで、平民にされちゃったフォーレン様には全然魅力なんてないんだけどなあ。

 顔はカッコイイから、それでもちやほやしてくれればまあいっかと思える部分もあるかもなのに、王子様じゃなくなったフォーレン様は、ずっと家に引きこもっていた。


 こんな辺鄙な村じゃ、ここから出て行っちゃうひとも多いらしくて、いまのわたしたちは適当によさそうな空き家に住んでいる。あ、許可はもらってあるよ。勝手に住み着いたりなんてしないし。

 それはお父様の邸に比べたら全然ちいさいし汚いけど、お母さんと暮らしていた家よりはちょっと大きいし、掃除をしたらそれなりにきれいにはなった。


 ああ、それで、フォーレン様ね。王族じゃないなら堂々と愛人を囲うこともできないし、そもそももうファーシル様と会える方法もない。平民に戻っちゃった以上、浮気なんてできないし、仕方ないからフォーレン様をすきになれるようがんばらないと。

 そう思うんだけど、いまの引きこもりフォーレン様じゃあ、余計にすきになれる気なんてしない。さっきみたいに、外でちやほやしてもらって癒してもらわないとやってられないんだよね。


 あ、これはもちろん浮気なんかじゃないから。ちやほやされることがすきなのと、すきなひとをすきって思うのは、別のすきだからね。まあ、貢いでもらったりくらいはするんだけど。


 というわけで、はなしはアンたちとの会話に戻るわけ。



「わたし、働くのってきらいじゃないんですよ。なんか勝手に貴族にされたりしたときもあったけど、もともと平民として生きてましたから」



 平民なら、ちいさくたって働いていても別に不思議じゃない。

 母ひとり子ひとりだったから、わたしもちいさいときから自分にできる仕事をしてきた。まあ、ちいさいときなんてできることは限られるから、給料といってもほんとお小遣い程度しか貰えてなかったけど。そういうお金をすこしずつ貯めて、お母さんとたまにケーキとか食べるのがとっても楽しくておいしかった。


 あれだけは、貴族になってから食べたものよりおいしかったなあ。

 あ、あと、ほんっとうにたまに、ちょっといいお肉食べたのもおいしかった。


 ……お母さん、元気かな。わたしがうそなんてついちゃったから、ひどい目にあってたらどうしようかと思ったけど、なんか貴族ではなくなっちゃったくらいの罰を与えられたみたい。お父様は知らないけど、お母さんはもともと平民だったんだし、わたしとおなじで生きるには問題ないと思う。お母さんも、別に貴族になりたかったわけじゃなくて、お父様と一緒にいられることがうれしいだけだって言っていたし。


 前に、勝手にわたしを巻き込んでごめんねって言われたことがあったけど、そのへんはお母さんがしあわせならいいって思ってたから、気にしないでって返した。だって結局、お母さんのせいなんかじゃなくて、ぜんぶぜんぶもとをただせばお父様が悪いんだもの。お父様を責めることはあっても、お母さんを責めるようなことなんてなんにもなかった。


 お母さんがいまどうしているかは、教えてもらえていない。連絡も取らせてもらえないとか、ひどすぎると思う。それでもフォーレン様のもと婚約者のひとのおかげで、わたしたちもお母さんたちも、本来の罰よりずっと軽いもので済んでるんだって。わたしたちをここまで連れてきたひとがそう言ってたけど、これで軽いだなんて絶対うそ。だってちょっとうそついただけだったし、結局そのうそだってすぐにうそだってバレちゃったし。


 貴族なんてほんと碌でもない。わたしなんかよりよっぽど平気でうそついて、平気で平民踏みにじる。


 ぜんっぜん納得してないけど、フォーレン様のもと婚約者のひとは怖いから、わざわざ関わるような真似はしない。でも、お母さんのことだけは、この村に駐在している騎士のひとに連絡取れるようかけ合い続けるつもり。

 学園じゃあんまりうまくいかなかったけど、この村に来てからは前みたいにちゃんとみんなちやほやしてくれるから、きっとそのうちあの騎士のひともお願い聞いてくれるようになると思うし。



「まあ、うん。男に媚び売るだけなら叩き出してるところだけど、仕事は仕事としてちゃんとやってるのはわかってるよ」


「当然でしょ。お給料もらうんだもの」



 アンってばなにを言っているのか。のんきにおいしいもの食べて、きれいな服着飾っているだけで、平民ががんばって稼いだお金使ってゼイタクしてる貴族サマとは違うの。平民はちゃんと働いて生活しないと生きていけないってことくらい、常識でしょ。


 ……貢ぎものだけで生きていけるかもって思ったこともあるけど、あんまりやり過ぎると命とか女の子としての危険があるから気をつけなさいって昔お母さんに言われた。

 さすがに死ぬのも、すきでもないひとに女の子として大事なものを奪われるのもイヤだしね。そのへん、ちゃんと考えてはいるよ。



「やれやれ。そういうところだけ伸ばしておけば、こんなところに飛ばされることもなかっただろうに」



 そういうところってどういうところ? イアナさんの言っていることはよくわからない。うそだけつかなければよかったんだろうけど、どうしたってファーシル様が欲しかったんだもの。そればっかりは仕方ないでしょ。



「まあいいさ。ちゃんと働いているうちはいい戦力だからね。それよりメイシア。あんた今日はもう上がりだろう? このパン持っておいき」


「ありがとうございますっ!」



 これだから食べもの関係のお店で働くのっていいのよね。

 今日もらった貢ぎものたちと一緒にイアナさんにもらったパンを抱えて家路につく。店から出るとき、王子様も早く現実を見られるようになればいいねってイアナさんに言われた。わたしもそう思う。



「ただいまー」



 一応声をかけつつ家に入るけど、今日も返事はない。相変わらず引きこもりっぱなしのフォーレン様は、出てくるつもりもないみたい。

 うじうじうじうじする姿に、最初はイライラしっぱなしだったけど、いまはもうほとんど諦めてる。ごはんだって、わたしがちいさかった頃よりもよっぽどいいもの食べられているのに、硬いだのまずいだの文句ばっかり。じゃあ食べなくていいよって言ったら、それでも空腹には勝てなかったらしく食事の要求をしてきたから、今後一切文句を言わないことを約束して食べさせてあげた。


 偉いひとって、ほんとに自分のことなんにもできないんだね。わたし、フォーレン様の侍女でもメイドでもないんだけど。


 それでも夫婦になっちゃってるから、仕方なく面倒を見てあげてる。あとでちゃんとはなしをするつもりだったとはいえ、フォーレン様の好意を利用してた自覚はあるから、ファーシル様と結ばれるためには仕方なかったんだって思いつつも、さすがにちょっとだけ罪悪感も感じてる、というのも一応理由のひとつだったりした。

 だけどそれでも、なんでわたしがぜんぶ養わないといけないわけって思わないはずはない。せめて自分が生きるためのぶんくらい、ちゃんと働いてよね。


 思いっきり溜息を吐いて、今日得たものをそれぞれしまう。それから夕食の準備をして、フォーレン様のぶんを部屋に運んだ。



「フォーレン様、入るよ」



 返事はないってわかってるけど、それでも一応声だけはかける。部屋に鍵なんてないけど、そんなのふつうだ。簡易のものではあるけれど、玄関だけでも鍵がついているだけゼイタクだったりする。

 部屋の中は一日中カーテンを閉めきっているから薄暗い。最初からあった古い木のテーブルの上に置いてあるランプに、持ってきたマッチで火を灯した。

 相変わらずベッドの上でうっすい毛布をすっぽり被って丸くなったままでいるフォーレン様に、溜息が出た。



「じゃ、ごはん置いていくから」



 半分クセのようなもので、なまえにはまだ〝様〟をつけているけど、敬語はもう使っていない。もともとあんまり得意じゃなかったしね。必要なくなれば使わないほうが楽に決まっている。

 食器だけは食べたら部屋の前に出すフォーレン様だけど、正直、それくらい洗ってよねって思う。言っても無駄だから諦めてるけど。

 今回もどうせ返事なんてないって思ってたから、さっさと部屋を出て行こうとしたわたしに、どういうわけか珍しく声がかけられた。



「……メイシアは……こんな生活、いやじゃないのか?」



 ちょっと掠れた声なのは、ふだんあんまり喋ってないからだと思う。声をかけられるなんて思ってなかったわたしは、ぱちりと瞬いてフォーレン様のほうを振り返る。


 珍しく、頭が出てた。でも顔を伏せているから、薄明かりに照らされて見えるのは頭頂部だけ。


 まあ、お城にいたときのような手入れなんてできるはずもないから、艶が失われているのは仕方がない。一応、わたしがいない間に水浴びとかしてるっぽいから不潔ではないと思う。


 ……ハゲないといいなあ。


 ぼんやりとそんなことを考えて、それからはっとする。そうだった。なにかはなしかけられていたんだった。

 えーと……この生活がイヤかどうか、だっけ?



「そんなのイヤに決まってるでしょ。わたしはほんとはファーシル様とラブラブ生活するつもりだったんだから!」



 クールなファーシル様がにっこりほほえんで愛を囁いてくれたり、とか……。


 やだっ! もう悶えるっ! 見たかった、すっっごく見たかった!



「メイシアは本当にファーシルがすきだったんだな……」



 当然っ! って言いきりたいところだけど、そんなこの世の終わりみたいな声で言われたら、さすがに、ねえ……。一応、罪悪感はちょっとだけあるわけだし。

 とはいえ、否定はできないからなあ……。うーん……。



「その、フォーレン様には悪かったなあとは思ってるんだよ。ぜんぶうまくいったら、ちゃんとはなすつもりだったし」



 全然うまくいかなかったからあんなかたちになっちゃったけど、ほんとはファーシル様を囲う前に、ちゃんとフォーレン様にはなしをして納得してもらうつもりだった。それからファーシル様にもおはなしして、なんの憂いもなくラブラブになる予定だったの。



「そうか……俺は……メイシアこそが俺の真実の愛の相手だと思っていたのだが……違ったのだな」



 え、真実の愛? って、なに。愛に真実とか真実じゃないとかあるの?


 思わずきょとんとしちゃっている間に、なぜかフォーレン様は急に自分語りをはじめだした。



「俺の婚約者だったリーリアは、なんでも平然とこなす女だった。それはもうかわいげのかけらもないような女でな。この俺に対して、やれこうするべきだの、ああするべきだの、上から目線でうるさいことこの上なかった。ファーシルなんぞはあいつが完璧に見えるのは相応の努力があってこそのものだとか嘯いていたが、あいつは努力なんぞという地味なことをするような女ではないことくらい、ちいさい頃からよく知っている。だというのに、下手に周りが持ち上げたりするから、調子に乗って俺を見下したりまでするのだ。忌々しい女め」



 ……それ、もう何十回も聞いてるけど、まだ聞かなきゃダメかな。わたし、おなか空いてるんだけど。



「周りのヤツらも揃ってリーリアリーリアと、馬鹿みたいにあいつを褒めそやして、俺には説教やら要らんくち出しばかりしてきた。俺は次期国王となる男だったというのに。……そうだ、次期国王だったのだ」



 なんかコレ、面倒くさいことがはじまるかな。いまならそっと出て行けば気づかないんじゃない? なんか自分の世界に入ってるっぽいし。



「それなのに、なぜ俺が平民なんぞにならねばならん。俺は上に立つべき存在だというのに、こんな地べたに這いつくばって、惨めに生き永らえるだけの平民なんぞに」



 …………むっか。


 あ、コレ、ダメなヤツ。罪悪感とかどうでもいいや。わたし、キレてもいいよね。



「平民バカにしないでよ! あなたたちやお貴族サマたちがゼイタクできてるの、だれのおかげだと思ってんの⁉ わたしたち平民が働いて得たお金があるからでしょ⁉ ひとりじゃなんにもできないロクデナシぼんくらのクセに、調子乗んな!」



 なんなら引っ叩いてやりたいくらいだったけど、さすがに暴力はやめておく。下手に反撃でもされたら、か弱いわたしはされるがままになっちゃうことくらいわかってるし。


 このくらいなら……うん、いざとなったときでも逃げ足ならイケると思う。だってフォーレン様ってほんとになよなよだし。贅肉ついてないからまあいっかって思ってたけど、ファーシル様のしなやかな細身の筋肉のステキさにははるか遠く及ばない。比べるまでもないことだけどね。

 そんなひとにわたしが走って負けることなんて考えられないから、言いたいこと言っちゃえ。



「それはわたしもちょっと悪いことしちゃったかなって思わなかったわけでもないし、これでも一応夫婦だから面倒見てあげてるけど、いつまでもいつまでもうじうじうじうじ引きこもり続けるの、いい加減やめてよね! フォーレン様……ううん、フォーレンだってもう平民なの! 自分で働いて自分を養わないと生きていけないの! いい加減ちゃんと現実見てよっ!」



 たまりにたまっていたぶんが、つい爆発しちゃった。でも後悔はしていない。だってフォーレン、あまりに平民舐めすぎなんだもの。平民はね、一から十まで面倒見てもらって生きていられるほど、甘くはないんだから。


 病気になったときの薬代のために、ごはん代が出ないことなんてふつう。服だって着られるうちは継ぎ接ぎで誤魔化すことだってふつうなの。……まあ、うちがお母さんとわたししかいなかったから、ほかよりちょっと貧乏気味だったのは事実だけど。


 ……思い返してみたら、お父様、あんまりお母さんやわたしにお金とかくれたこと、なかったんだよね。お母さんはお父様にも事情があるのよ、って言ってたけど、病気に罹ったときとか薬くらい届けてくれてもよかったと思う。

 うん、やっぱりお父様きらい。お父様みたいな貴族のひとも、みんなきらい。


 ちょっと思考が飛んじゃってたけど、フォーレンを睨みつけることだけはやめなかった。

 フォーレンは恐る恐るといった感じでちょっとだけ顔を上げたけど、わたしと一瞬目があったあとはすぐにまた顔を伏せる。



「だ、だが、この俺が働くなど……」


「働かないと生きていけないのっ! フォーレンでもできる仕事探して、そこから一生懸命はじめるしかないんだよ! ……わたしも手伝ってあげるから」



 はじめてのことが不安なのはまあ、仕方がないしね。わたしは持ち前のかわいさで最初からちやほやしてもらえてたから、働く上で困ったことはなかったんだけど。働くこと自体きらいじゃなかったから、仕事もちゃんとこなしてる。

 でもほら、フォーレンってもともと王子様だから、その辺手伝ってあげないとっていうのはわかってる。わたしの生活もかかってるし、手伝うくらいはするよ。


 ……まあ正直、フォーレンにできる仕事ってなにかなんて全然わからないけど。



「……だがメイシアは……俺のことがすきではないんだろう……?」



 え。それは確かにすきじゃないけど、それ、いまなんの関係があるの?



「それなのに、なぜ俺を手伝おうとするんだ」


「そんなの、夫婦だからに決まってるでしょ。ちゃんとフォーレンも働いてくれないと、わたしだって困るの」


「夫婦……」



 もーほんと、なに言ってるの、いまさら。ちゃんと婚姻届書かされたじゃない。しかも離婚できないよう、なんか偉いひとが預かるとかいって取っていっちゃったし。

 そのひとに申請して認められないと離婚させられないって聞かされたから、もう実質離婚だってできない。



「だがメイシアは俺のことをすきでは……」



 もー、なに、しつっこいな! わたしがフォーレンのことをすきかきらいかとか関係……。


 ……ん? あれ、もしかして……。



「フォーレン、わたしにすかれたいの?」



 びくっと、フォーレンのからだが揺れた。


 あー……そっか。なるほど。真実の愛だとかよくわかんないこと言い出したくらいだしなー。ずっと権力振り翳して偉そうにしていたのに、実は純情なんだろうか。だとしたらちょっとだけだった罪悪感、増しちゃうかも……。



「えーと……。正直、いまのフォーレンをすきになる要素ってまったくない」



 顔が見えないからわからないけど、がっかりさせた、かな。でもいまのフォーレンってわたしにおんぶにだっこの引きこもりだもの。いいところなんてまるでないのに、すきになんてなれるわけがない。


 ……ファーシル様がすきって気持ちだって、そう簡単に消えるものじゃないし。



「でも、フォーレンがちゃんと働いて、しっかりカッコイイところ見せてくれて、それでわたしのことちやほや甘やかしてくれたりしたら、そのうちすきになれるかも」



 夫婦である以上、これからずっと一緒にいないといけないわけだし、時間ならたくさんあるからね。そこはもう、フォーレンのがんばり次第でしょ。



「……だが俺は、子をなすこともできなくなっているし……」


「ああ、それ? それは別に気にしないけど。わたし、もともとそんなにこどもがすきってこともなかったし。こどもにかけなくていいぶん、わたしをめいっぱいちやほやしてくれたら、そのほうが断然うれしい」


「そ、そうなのか……?」


「うん」



 それは本心。どのみちフォーレンとこどもをつくる気なんてなかったって言っちゃえばそれまでかもしれないけど、正直、フォーレンがこどもつくれなくなったって聞いても、そうなんだとしか思わなかったんだよね。



「そ、そうか……そうなのか……」



 あ、なんかちょっと声が明るくなったかも。


 そう感じたのは間違いじゃなかったみたいで、フォーレンはがばっと顔を上げ、ベッドから降りてわたしのそばまできて、わたしの手を取った。


 すごく久しぶりに見たかも。フォーレンがこれだけ動くの。



「メイシア。俺はきっと、おまえに相応しい男になろう。すぐに俺に惚れさせてやる」



 すぐはムリかなー。と、思ってもくちにしなかったのは、もちろんやる気に水を差して引きこもり続行されてもイヤだから。



「そうだね。がんばって」


「ああ!」



 とりあえず、やる気が出たうちに仕事探ししないとね。お願いだから、変なプライドですぐやめるとかしないでよ。


 ああ、でもまずは……。




 おなか空いたなー……。




 いつまで手を握られていないとダメなんだろうと、繋がれた手を冷めた目で見下ろしながら、いまはなによりごはんを恋しく思うわたしだった。






タグからざまあが消えている内容になっているかと。


これにて、短編時にご要望いただいた第三者視点は概ね消化できたと思うので、第三者視点終了です。

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