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親のこころ子知らずにもほどがある~でも決断は遅すぎです~


 わしと王妃との間には子が三人おる。上に王子がふたり、そしてその下に王女がひとりだ。


 第二王子と王女にはなんら問題はない。親のわしが言うのもなんではあるが、聡明にして実直、努力も惜しまず他者の意見をよく聞きつつ、判断力と決断力にも優れた、王族として恥じぬ子らに育っている。

 それはもう誇らしい子らなのだが、手放しに鼻高々ではいられぬ理由も存在していた。


 それが、第一王子たるフォーレンだ。


 教育の方針も、そのための人材も、下のふたりと変わりなく、育った環境とてそう変わるものではないはずなのに、なぜか。……なぜかあやつだけ、性根がおかしな方向に捻れに捻れてしまっていた。

 親として充分に愛情を与えられたかといえば、確かに胸を張ることはできぬ。できうる限りの愛を注いだつもりではいるが、それはやはり親からしてのもの。子がどう捉えているかまではわからぬ。だがそれとて、下のふたりと違いが生じるものではないはず。

 長子として、王太子として、次期国王として、それは相応に要するものがあるのは違いないが、だからといって第二王子であるミグルの教育もフォーレンに遜色なく行われておるし、なんならミグルはさらに自ら進んで研鑽も積んでおると聞く。

 王女であるシュリエのほうはいずれ嫁ぐ身として、どこに嫁いでも恥じぬよう、兄ふたりとは内容こそ違えど教育自体に余念はない。


 ……だというのに、なぜだ。なぜなのだ、フォーレン。なぜおまえはそれほどまでに怠惰で傲慢で選民思想の強い阿呆に育ってしまったのだ……。


 見た目の問題は、もしかするとわずかながらも一因として含んでおるのやもしれぬ。あやつ、見た目だけはおそろしく良いからな。王家の血と王妃側の血の良いところを総取りしたような容貌は、黙っておれば美の神の化身とさえ讃えられる。……くちを開いた途端、見た目にすべて持っていかれてしまったのだろうと評価が急降下する有様だが。

 あやつに誇れるものなどその見目くらいのものなのだが、しかしそれだけであれほど高慢に育つものなのだろうか……。

 フォーレンのそんな有様には頭を抱えたくなるが、それでも我が子には違いない。

 どれほど愚かであろうとも、かわいくないとは言えぬのだ。


 それでももちろん憂いは消えぬ。ゆえにあやつの妻となり次期王妃となる未来を背負う令嬢として、年齢も近しく家柄的にも問題ない、その上で幼くして理知的で聡明だと言わしめたバーレンハイム公爵家の令嬢、リーリアを婚約者に据えることにした。

 おなじく、騎士団長の息子であり、才覚優れるファーシルを、年齢も近いことからはなし相手を兼ねた近衛という建前でもってそばにつけた。

 このふたりがいてくれたら、フォーレンもきっと変わってくれるのではないか。ふたりに触発され、努力を思い出し、自己を磨き高め、次期国王として相応しい人格を形成し直してくれるのではないか。

 そんな希望を抱いていたのだ。


 だが現実は、己の役割を正しく理解し、それに見合った能力をどんどん高めていくふたりに反比例するかのように、フォーレンへの周囲からの評価は落ちていく一方。

 リーリアもファーシルもどうにかフォーレンを諫めようとしてくれているようだが、フォーレンはどこまでいっても王太子の座に胡坐をかき続けていた。


 頭が痛いどころの問題ではない。


 我が国は基本的に正妃から生まれた第一王子が王位継承権第一位となり、王太子の座につく。だがそれは必ずしも王位を継ぐものとせねばならぬという確たる決まりとなっているものではない。事実、歴代の王たちの中には、長兄が存命だろうと、次男以降であったものたちがついていたこととてある。

 つまり、だ。……正直、()()()()()はちらほらと届いてきているというわけだ。

 一応それでも声を大きくしてのものではないし、正式に上ってきた意見でもない。だが噂というのはどうあっても届いてくるもの。そういった意見を持つものがすくなくないとあればなおのことといえるだろう。

 フォーレンとて、さすがに気づいていないとは思えぬのだが……。


 そんな中で、さらにこころが痛む事態が発生した。


 どうやらファーシルがリーリアに懸想しておるようなのだ。


 いつからかというのはさすがにわかりかねるが、気づいたときにはもはや公然の秘密扱いとなっており、多くのものたちがくちには出さずともファーシルを応援していると知る。言われてみれば確かに、ファーシルはフォーレンについて報告に来る際、いつからかリーリアがいかに努力を積んでいるかを熱心に語るようになっていたな……。

 てっきり、フォーレンがなにか阿呆なことをしでかしたときに備え、リーリアの立場をすこしでも良いものしようと考えているのだとばかり思っていたのだが。


 どうあれ、事実を知ってしまった以上、本来であればファーシルを罰するなりせねばならぬところではあるだろう。しかしわしも王妃も、おなじ思いから知らぬ存ぜぬを通すことに決めた。


 ファーシルはとてもよくやってくれている。フォーレンの近衛に命じた当初は、はなし相手などまったく務まりそうにないながらも才は確かであるがゆえ、近衛に据えておくのも悪くない采配ではあるという報告を受けていたのだが、これもまたいつからか、はなし相手としてだけに収まらず、フォーレンを更生させようと力を尽くしてくれているのだと方々から聞こえだした。

 フォーレンも、ほかのものからよりもよほど、ファーシルの言うことは聞くという。ゆえに、ファーシルならばもしかしたらという淡い希望を抱いておるので、あやつをフォーレンから遠ざけるわけにはいかぬのだ。


 フォーレンとリーリアの婚約の件は、一度王家として正式に決めてしまった以上解消させることは難しい。公爵家や諸貴族とのパワーバランスや利害なども絡みあっての契約でもあるからな。フォーレンのために心血を注いでくれているファーシルには本当に申しわけないが、その恋を実らせてやるわけにはいかなかった。

 というわけで、そのあたりのことは、わしも王妃もとても胸を痛めている。それゆえに、せめてもということでファーシルの想いは黙認しておるのだ。ファーシルも、そしてその秘めた想いを一身に受けているリーリアも、自分たちの置かれた立場を逸脱するようなものたちではない。その信用もあるからこその判断でもあった。

 ファーシルならばいずれ、その想いも昇華できるやもしれぬ。身勝手とはわかりつつ、そう信じるしかないわしらにできる、せめてもの猶予期間を与えたとも言える。


 だがしかし、そんな犠牲まで払っているというのに、フォーレンはどこまでも変わる様子を見せてくれなかった。


 勉学に勤しむのは、ファーシルのことばが届いたときだけ。からだを鍛えようなどという気は、汗をかきたくないというだけで一切起こさず。重要な意識改善に関しても、ファーシルや周囲の諫言もなんのその、良好に向かう兆候はまったく見受けられなかった。


 ……なぜだ……。なぜなのだ、フォーレン。なぜそんなに悪い方向に頑ななのだ……。


 日に日に、わしと王妃の悩みは増す。こどもかわいさも、徐々に限度が見えてきた。



「……もう、限界かもしれませんね」



 ある日ふいに、諦観強く漂わせた王妃がつぶやく。



「あの子には、だれの声も届かないのです」



 ……そう、わしらとて、忙しさにかまけてなにもしなかったというわけではない。環境を整え、よき人材を確保するだけの他人任せだけにもしてはいなかった。

 何度も、何度も。直接的にも間接的にも、あやつの思考や言動を注意し、咎め、方向修正を図りはした。

 だがしかし、その場限りの殊勝な態度こそ取りはすれど、根底はまったくなにも変わってくれなかった。なにをどうしても、あやつはどうにもならなかったのだ。


 婚約者であるリーリアのことも気にしなければ……いや、悪い方向で妙に対抗意識を抱いているようであるぶん、余計に性質が悪いか。弟も軽んじるし、周囲のものたちも下に見る。

 もうずっと、あやつに関わるすべてのものたちに申しわけなく思っていた。中でもリーリアはもちろん、自分の恋ごころさえ抑えて懸命にフォーレンに尽くすファーシルにも特になんと詫びてよいのかわからぬくらい申しわけないと感じている。


 一度、自己満足でしかないとわかってはいたが、ファーシルの父である騎士団長に内々に謝ったこともあった。ファーシルに直接伝えなかったのは、ファーシルの献身に水を差してしまうことを危惧したゆえのこと。

 けれどそうしてどうにか首の皮を繋いでやるのも、もう無理なのかもしれぬな……。



「あの子が王になろうものなら、この国は亡びます」



 きっぱりと。これまでそれでも母として、なんとかフォーレンに持ち直してもらおうと影なり日向なり力を尽くしてきた王妃が、まっすぐなまなざしをもって言いきる。



「……そうだな。わしも、あやつからはそんな未来しか見えん」



 もう潮時なのだ。あやつが王となる、その前に。



 引導を、渡してやらねばなるまい。



 わかっておる。わかっておるのだ。


 ……だが、それでも。



「せめて、学園卒業まで待ってやろう。もしかしたら、学園でより多くの年近いものたちに触れ、変わってくれるやもしれぬからな……」


「陛下……」



 王妃がわしを陛下と呼び、目を伏せる。それは国を統べる王の配偶者として、王妃として、本当はなにかを言おうと思ったという表れなのだろう。

 そしてそのなにかを、わしも理解はしていた。



「……御心のままに」



 結局、親としての感情を優先してしまったわしらは、国を統べるには未熟に過ぎるのだろう。王や王妃として、許されざることだともわかっている。


 ……頼む、フォーレンよ。わしの、一世一代の祈りだ。どうか、どうか賢王となる器に化けてくれ。いままでのあやつの言動の目に余る酷さを思えば、それくらいにならねばだれもついてきてはくれぬだろうからな……。




 という願いは、結局どこにも届かなかった。




 ……いや、実はもう、フォーレンが最終学年に上がったときには、ほぼほぼ諦めがついておったが。なんならそのまま駄目そうならどう対処するかも内々に決め、ひっそり数人の重鎮たちには伝えておったくらいだ。

 それでももしかしたらという希望を抱いていたことは否めない。

 しかし……ことここに至っては、もはやどうにもなるまい。



「……関係者を集めよ」



 それはフォーレンたちの卒業まで、もうそう時間もない、そんなときに下した召集だった。

 一応内密にとかけた召集。実際にみなが集まったのは、フォーレンたちの卒業パーティーを明日に控えた日となった。関係者中の関係者であるファーシルだけ除かせてもらったのは、わしと王妃の悪足掻きでしかない。


 ともかく、フォーレンに関しては、ここに至るまでにも自己を改めるどころか、ますます愚かさに磨きをかけたという報告ばかり受け続けてきた。

 どうやらその一因を、プリザナ男爵家の令嬢が担っているらしいが、そんな輩に篭絡されたフォーレンの非は、どうあろうと覆らない。まあ男爵家にまったく罰がないようにはできぬが、学園での様子を聞く限り、頭が足りないだけの小娘の戯言の域は出まい。下手に権力を有しておるのにそれを自制せず横暴に振舞うフォーレンの罪に比べれば、かわいいものだ。

 いや、身分的にかわいいなどということばに済ませられぬし、フォーレンが税金から捻出される己の資産をその令嬢に当てているとも聞いた以上、見過ごせぬものはあるが。


 ……あやつ、自分がどうやって生活しておるのかもわかっておらぬのだろうな……。


 本当に、どうしてそう育ってしまったのだ……。


 内心は嘆きに満ちつつも、もはやわしにもどうすることもできない。

 もしも……もしもそのときが訪れたらどうするか、という覚悟は、実はバーレンハイム公爵と騎士団長にだけは先んじて伝えてある。だれよりも身近にあり、最大の被害者とも言えるリーリアとファーシルの親であるから、内々に決めておかねばならぬことはきちんと相談すべきと判断してのことだ。

 もちろん、そうならないことを望んできたのだが。

 ……いや、もはや言うまい。いま必要なのは、明日のフォーレンの行動如何によって下す決断を、皆に知らせること。


 これを幸いというのは複雑ではあるが、いままで必要な多くを蔑ろにし続けてきたフォーレンは、たとえいなかろうが問題はなにも生じない。むしろたぶん、滞ってしまっていた部分がいっそスムーズに動くようにさえなるのではなかろうか。

 おかげで、王族である以上、本来ならば幽閉か……ことによれば病死も視野に入れねばならなくなるかもしれないところ、そうせずに済ませられそうなことには安堵する。……いくら甘いとわかっていようと、すき好んで子を殺したい親ではないからな。


 溜息を胸中に封じ、集まった面々を見渡す。そして貴重な時間を割いて集まってくれた皆をまずは労い、それから本題であるそれを、はっきりと、しっかりと告げた。



「明日、フォーレンが王太子としてあるまじき行動をとったそのときは……あやつを廃嫡し、追放とする」



 いまさら、ようやく決断したのか、という皆の内心が幻聴として聞こえた気がするが、その感覚自体は誤ったものではないのだろう。


 ……フォーレン自身を惜しむ気配が、まったく感じられない。



「おそれながら陛下。フォーレン殿下は王族にあらせられますれば、追放というのは……」



 この場は非公式の場としてあるとはいえ、それでも臣下には違いないと、畏まった様子で宰相が疑問を呈す。


 ……いや、内容からすれば、疑問ではなく、それでは生ぬるいという諫言だろう。


 本来、王子たるフォーレンはその身にこの国の重要機密を多く宿す貴重な情報源の宝庫たりえる存在であったはず。であるからこそ、追放なんぞ危険極まりない行為、許されようはずもないのだ。

 いまでこそ戦争の心配もさほどない平穏な時代であるゆえ、幽閉や病死といった扱いこそ厳しく思えようが、もしも万が一王族が他国に囚われでもすれば、その平穏は一気に崩れかねない。それだけの情報を有しておるのだ。


 ……本来なら。



「……フォーレンの振舞いは皆の知るところであろう。あやつには外部に漏らせる情報などもとより詰まっておらぬ。……万が一に備え、王族が使用する通路とて、あやつには教えておらぬのだ」



 子はかわいいと、散々目を曇らせ続けてきたわしでさえ、あやつのことを信用することはできんかった……。もしも、もしもその隠し通路を使わねばならぬ日が来たそのときは……たぶん、それを使う以前に、あやつをどうにかせねばならんかっただろう認識はある。それほどのときともなれば、さすがに我が子かわいさなどと言ってはおれぬだろうからな。



「ゆえに、皆が案じておるのはおそらく……血筋だな?」



 フォーレンは身分を剥奪し、権力すべてをなくしてしまえば、個人としてなんら価値のない存在と成り下がってしまうだろう。わしらにとっては血の繋がりはあるから、それでも子という大事な価値はまだ残っておるが、あやつが築いてきたもの、残したものがなにもないことはだれもが知るところであるからな。

 そんなあやつでも、王族の血が流れておることは事実。それだけは確かに、あやつの価値として残ってしまう。市井に放り出して、子でも産まれてしまっては大事だ。内戦の種ともなり得る。


 ゆえに、そう。そのあたりだけは、慈悲もなく処理せねばなるまい。



「……王家に伝わる秘薬を使う」



 王家に伝わる秘薬はいくつかあり、その効果はどれも確実で、ふたつとない。数代前の王族が、腕の立つ魔女だか賢者だかに作ってもらったものらしいが、今回用いるのは当然、良き効果を齎すものではなかった。



「それを用いれば、あやつは今生、子をなすことはできぬだろう」


「……それは確実なのでしょうか?」


「うむ。間違いは、ない」



 そうでなければ、あやつを生きたまま自由にさせることなどできはすまい。はっきりと頷くわしに、皆が完全に信じたとは思えぬが、王たるわしのことばを、非公式の場とはいえ表立って否定することもできぬのだろう。理解しておるが、薬の効果を皆に証明する術はない。間違いなく確かな薬なのだが、それゆえにおいそれと表に出せる代物ではないのだ。


 ともかく、フォーレンの廃嫡が決まれば、必然として生じる問題はリーリアに関してとなる。



「リーリア、もしもフォーレンが王太子らしからぬ行動に及んだそのときは、そなたとフォーレンの婚約は白紙とさせてもらう。長らくその身を費やしてもらったというのに、それも報われなかったときのせめてもの詫びとしてもらえるだろうか」


「そんな……畏れ多いおことばに存じます」


「いや、いままでのリーリアの献身を思えば、これでは足りぬくらいだろう。そこでだ」



 そう、そのときはリーリアだけではない。もうひとり、報われるべき重要な人物がいる。

 畏まるリーリアの健気な姿に、どうしてフォーレンは気づかぬのか……。そんな嘆きもこころの隅で抱きつつ、本題を進めた。



「我が(めい)をもって、リーリアと……ファーシルの婚約を認めよう」



 ざわりと、ふだん表面を繕うことに慣れたものたちが多く集うこの場でも、空気が揺れる。その感情の波は、驚きも含もうが、おそらく多く祝福に彩られておるのだろう。

 ファーシルの人望の厚さは、わしも王妃も充分理解しておるからな、察して余りある。

 フォーレンもそのくらい……いや、その半分……四分の一…………いや、言うまい。



「もちろん、リーリアのこころがファーシルに向いておればのはなしではあるが、どうだ?」


「それは……」


「構わぬ。そなたが自らのこころを律してでも王太子妃とならん覚悟を持っておることは重々承知しておるからな。いまこの場では、偽りなく真実を述べるがよい」



 この決定には、リーリアのこころの向きようが重要だ。あれだけ熱心にファーシルに想われ絆されぬとは考え難いが、万が一ということもある。望まぬ婚約を強いては意味がない。

 そんなわしの意図を汲んで、リーリアはきちんと己が想いをくちにした。




「……はい。わたくしは、わたくしはずっと、ファーシル様をお慕い申し上げております」




 ざわりと、今度こそ隠す様子もなく場の空気が揺れた。なんなら感極まってかガッツポーズを取るものまでちらほら見受けられたほどだ。


 ……フォーレン…………いや、なにも言うまい。


 それにしても、ファーシルはただただわかりやすかったのであろうが、リーリアは本当に貴族の娘としてできた存在だ。己が想いをしっかりと押し隠し、王太子の婚約者として細かな綻びさえなにひとつ見せぬ完璧な仮面を被り続けてきたのだから。

 もしもフォーレンと結婚まで至ろうとも、彼女は自身の役目をしっかりと果たし通したであろう覚悟をもっていたのだと、再認識させられたようにも思う。そうできると思ったからこそリーリアをフォーレンの婚約者に据えたのだが……わし、非道にもほどがあるな……。



「ならば問題はない。フォーレンの行動如何によっては、ファーシルとの婚約、わしが王として認めよう」


「ありがたきおことばではございますが、そこまでしていただくのは……」


「いや、ふたりの忠義を思えば、まだ足りぬくらいであろう。なに、ファーシルは奥手のようだし、忠臣ゆえフォーレンに遠慮するだろうからな。このくらい背を押してやるのは詫びとして当然だろう」



 リーリアも奥ゆかしい娘ゆえ、遠慮が先に立つらしい。本当にできた娘だ。彼女が義娘になってくれたなら、この国の安寧も盤石であっただろうに……。

 いや、まだ可能性が完全に潰えたわけではないが。微々たるものであっても、一応、まだ可能性だけは残っている。非道と罵られようと、わしくらいはせめて息子の可能性を最後まで信じてやりたいのだ。



「リーリアよ、ほかになにか望むものがあれば、申してみよ。わしにできることであれば、できうる限り叶えよう」



 わしのことばを受け、リーリアはわずかに逡巡する様子を見せた。ふむ、リーリアがそのような素振りを見せるということは、相応の願いがあるということだろう。



「よい、申せ」


「……では、ひとつだけ。不敬と承知ではございますが、万が一のそのときには……わたくしの、本当の想いを、殿下にお伝えさせていただいてもよろしいでしょうか」


「ふむ。ファーシルへの想いということか?」


「はい。それもあります」


「それも?」


「……これは……もしも、もしも殿下が、わたくしが殿下のことをお慕いしているとお思いであったときで構わないのです。そのときは、わたくしが殿下を異性としてお慕いしたことは一度もないことを、お伝えさせていただきとうございます」



 …………あ、うん。だよな。と、わかっていたことながら、フォーレンの父としてはさすがにちょっとだけショックを受けてしまいつつ、なんとか平静を装う。


 リーリアはファーシルを好いておるわけだし、そもそもフォーレンとリーリアの婚約は政略的なものでしかない。そこに愛を求めてまではおらなかったし、それでもフォーレンの婚約者として振舞ってくれていたリーリアが、このようなことにさえならねばただ黙して王妃となる道を歩んでくれていただろうこともわかっている。


 わかってはいるが……。



 いや、うん、駄目かー……フォーレンだしなー……。見た目だけじゃさすがにどうにもできぬか……。



「わかった。許可しよう」


「ありがとうございます」



 きれいに一礼するリーリアは、きっとわしらが思う以上に溜め込んできたものがあるのだろう。そう思えば、引導くらいきちんと渡させてやるのは当然か。


 ……せめてあの阿呆が、自分がリーリアに好かれておるだなどと、気でも狂っているような勘違いだけはしておらぬことを願うだけだ。


 いや、自分の行動をすこしでも顧みれば、そのような勘違いなどできようはずもないから、さすがに大丈夫か。……大丈夫、だよな……?


 一抹の不安が拭いきれないまま、それを無理に塞いで、ほかに気になったことをリーリアに尋ねてみることにした。



「ところでリーリアよ。各方面への処罰に対しては、なにか要求はないのか?」



 フォーレンに対してももちろんそうだが、この件の責任は当然王家にもある。この場は非公式の場だと宣言してあるゆえ、被害者であるリーリアがなにを望もうと、不敬だとするつもりはない。叶えてやれるかどうかは別となってしまうが。

 それに、フォーレンを誑かしたという令嬢と、その令嬢を引き取ったプリザナ男爵家にも責はある。そちらは家格からして、どのような処罰を受けようとなにも言えぬだろう。プリザナ男爵はもうずっとがたがたと震えながら俯き続けていた。気を失わぬだけマシだといえる。

 まあ、諸々を抜いて彼のことだけを評価するならば、真面目な働きものであったゆえ、このようなことになって残念ではあるが。例の令嬢は愛人の娘ということだが、そもそも政略結婚が多い貴族は、別途想いを寄せる相手ができることは不思議でもない。そのあたりは各家の問題だし、一概に不貞がどうのと糾弾できる問題とも言えぬ。


 ともかく、わしの問いにリーリアは再び顔を上げた。



「いいえ。ございません」


「なんと。そなたはそなたの害となった原因に、なんの罰も望まぬのか」


「はい。すべては国王陛下の御心のままに」



 なんということだ……。それほどまでに慈悲深いとは……。


 あまりのリーリアの寛大さに、感嘆すると同時に一層申しわけなくもなる。


 本当に、フォーレンのなんと見る目のないことよ。



「そうか。ではリーリアの温情を無にせぬよう、然るべき対応はきちんと考えよう。プリザナ男爵、そなたらへの沙汰は追って伝える。よいな」


「は、はい……っ!」



 ああ、どうか。どうか頼む、フォーレンよ。最後くらいどうにか踏み止まってくれ。




 そんなわしの切なる願いは、ついぞ叶うことはないのだと、このときのわしにはこころの隅で薄々察することしかできぬのだった。






これで時間軸・短編での第三者視点は終了となります。


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