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これもまた、愛に生きるひとつのかたちなのでしょう(リーリア視点)


 美しい花々が織り成す庭園を構えるアズレール家に対し、広さこそ十二分に間取られたそこに立てかけられた、大きな藁で編まれた人形や、なにかの詰まった袋たち、木の枝から吊られた大きなサンドバッグが目立つオルロ家の庭。


 おおよそ貴族の邸宅に設えられた庭とは思えないそこの隅のほうに、わずかばかりの貴族らしい庭の片鱗が残されていた。

 白を基調とした、よく見ると細やかな美しい花々が彫り込まれたティーテーブル。それにあわせて設えられた全体的に優雅な曲線美を描く椅子。それに腰かけたそのひとは、そこだけ切り取れば完全に貴族の優美なティータイムにしか見えないようなゆったりとした雰囲気を醸し出しつつ、わたくしの姿を認めてにこりとほほえんだ。


 ヘレミーナ・オルロ伯爵夫人。ファル様の実母にして、いずれわたくしにとっても義母のひとりとなるおかた。わたくしはひと足早くヘレナお義母様と呼ぶよう言われているため、そのようにお呼びしている。

 今日わたくしをお茶の席に誘ってくださったのは、ほかでもない彼女だ。



「ご機嫌麗しゅう、ヘレナお義母様。本日はお招きにあずかり、光栄に存じます」


「うふふ。よく来てくれたわ、リーリアさん。さあ、そんなに畏まらないで。どうぞ席についてくださいな」



 にこやかな笑顔を崩さずに、砕けた空気を醸し出してくれるヘレナお義母様に、わたくしも笑みを返す。そして促されるまま対面の席についた。



「突然呼び出すようなまねをして、ごめんなさいね。驚いたでしょう?」


「いえ。ヘレナお義母様に声をかけていただけるなんて、とてもうれしく思います」


「まあ。かわいいことを言ってくれるのね。ファーシルったら、実の親のことをなんだと思っているのか、自分だけではなくあなたまでわたしから遠ざけようとするのですもの。なかなか会えなくてさみしかったわ」



 ファル様がヘレナお義母様を苦手としているのは事実。いえ、ヘレナお義母様だけではなく、アズレールの義父母もすこし苦手としているみたい。

 ファル様いわく、理由はことあるごとにからかわれるから、なのだとか。確かにアズレールのお義母様に関してはそれだけなのだろうと思うけれど、アズレールのお義父様とヘレナお義母様に関しては違うのではないかとわたくしは思っている。

 ファル様はとてもかわいらしいかたで、確かにすこし鈍いところもあるのだけれど……でもきっと、本能は敏いかたなのだと思う。あのかたはおそらく、本能で()()()()()()()()()を察しているのではないだろうか。


 だってファル様は……とても、まっすぐなかただから。



「リーリアさん、今日のことはファーシルには秘密にしてくれているのよね?」


「もちろんですわ」



 そう。今日のこのお茶会の誘いは、ファル様に知られないようひっそりと行われ、そしてわたくしにもファル様へおはなしをすることを封じる旨が添えられていた。


 わたくしはその意図を、おそらく()()()理解できている。だからこそ、忠実にその言いつけを守ったのだ。



「さすがリーリアさん。それでこそ()()()()()()()()()()()()わ」



 会話の途中に運ばれてきた紅茶にくちをつけ、満足そうにヘレナお義母様は笑みを深める。


 ……ああ、やはり。わたくしの理解は正しくそのとおりだったという確信を得て、笑みを返した。



「リーリアさんにはわかっているとは思うけれど、わたしは別にファーシルを除け者にしたいわけではないのよ?」


「ええ。わかっておりますわ。ファル様に秘密なのは……わたくしのため、なのだと」



 このこたえもまた、正しかったのだろう。なぜなら、笑みを崩さないヘレナお義母様のくちにする話題が切り替えられることがなかったのだから。



「ファーシルがあなたに懸想していると聞いたときは周囲の目を疑いはしたけれど、まあ旦那様の害にならないうちはおもしろそうだからと放っておいたの。よかったわ、余計なことをしなくて」


「まあ、そうでしたの。ありがとうございます、ヘレナお義母様。おかげでわたくしは、無事にファル様の隣を手に入れることができましたわ」


「ふふ。わたしはなにもしていないわ。いえ、なにもしなかったからこそ、ということは否定しないけれど。でも、うまく立ち回ったのはあなた自身ですもの。もっと胸を張っても良いと思うわ」


「ヘレナお義母様にそう言っていただけると、確かに自信に繋がりますわ」



 この場で控える使用人たちは、皆ヘレナお義母様の手のものたちなのだろう。そのあたりをヘレナお義母様が手抜かりするはずもないから、わたくしのくちもふだんよりずいぶん軽くなってしまっている。


 どうあれ、ヘレナお義母様を相手に偽ることは、悪手にしかならないと理解しているのだけれど。



「……お兄様から養子の打診が来たときには、ほんとうに困ったのよ。ハインツを渡してしまうわけにはいかなかったから」



 ハインツ様というのは、ファル様のいちばん上のお兄様。その下にヒスケイド様と続き、ファル様は末の弟となる。


 実は、オルロ家で最も名が知られているのはヒスケイドお義兄様だ。ファル様のお父様も騎士団長という地位に就かれ名を知られてはいるけれど、ヒスケイドお義兄様はさらにその上をいく。

 なにしろ、この国に数多くの発明を齎し、革新的なアイディアも多く広め、文明の発展に大きく貢献してきているのだから。


 いまや市井まで広く普及され、親しまれるマヨネーズを、たったの五歳のこどもが考え出したなんて、数多のシェフたちの間に激震が奔ったのはいうまでもないだろう。

 マヨネーズに限らず、醬油や味噌などといった調味料も生み出したヒスケイドお義兄様の勢いは、料理の分野に留まらない。実用性のあるものから美容関係の向上、農耕などの効率的な器具のアイディアを発案、提示したり、より効果的な手法を生み出したり。

 若干二十歳そこそこで多くの偉業をなしてきた彼は、もはやこの国になくてはならない存在。ゆえに、王女殿下との婚約のはなしも持ち上がっている。


 そんなヒスケイドお義兄様を、けれどオルロ家は後継と望まない。それどころか、彼の功績のほとんどを、家とは関係のない個人資産としているのだ。


 それは……そう、()()()()()()()()()()()()()()()()かのように。


 気づいたのは、アズレール家に嫁ぐにあたり、必要な知識や情報を()()()()()()()()()()()()教わったから。


 得られる功績にうまく蓋をし、けれど領民に不自由は決してさせない。アズレール家の領地経営の基盤は、まさしくそれだった。


 おそらくこれもお義父様がうまく采配をふるい、情報を操作し、ひとびとの意識をうまく誘導し立ち回っている結果。なにしろアズレール家の評価は、良くも悪くもない、侯爵家として妥当と認識される程度のものとして定着しているのだから。

 ほかの侯爵家から抜きんでるほどのものはなく、高い評価を得るものこそあれど、総合すれば()()()()()と思われるように維持し続けているのだ。


 とはいえ、高位貴族の侯爵家には違いないので、維持する水準も相応に高いものではあるのだけれど。


 それ以上の利益や名声は、得られようとも得ることは決してしない。徹底して揺るがないその行動の原理はただひとつ。



 そのほうが、お義母様が過ごしやすいから、だ。



 お義母様に不必要な煩わしさや心労などを与えないために、お義母様ができるだけお義母様らしくあれる環境を維持するために、お義父様は必要最低限の利益や名声を得るのみに留めている。民は確かに不利益を被ることはないけれど、得られるはずの益も得てはいない。そしてそれを()()()()()()()()()()()()()()()という認識さえさせられていることだろう。


 仕方ない。だってこれは()()()()()()()なのだから。



「リーリアさんは()()()アズレールを理解してくれていると聞いているわ。ふふ、まさか他家にこの性質を持つひとがいるとは思ってもいなかったから驚いたのよ」



 ころころと、とても楽しそうにヘレナお義母様は笑う。そんなヘレナお義母様に、愚問とはわかっていながらもあえてひとつ尋ねてみることにした。



「ヘレナお義母様、ひとつだけ、お訊きしてもよろしいでしょうか?」


「あら、なにかしら」



 小首を傾げながらも、楽しそうに細められた双眸は、なにを訊かれるかなど見通していると語る。


 ……自惚れていたわけではないけれど、わたくしではこのかたに敵うことはないだろう。


 敵ではなくてよかったと思う。ほんとうに。



「いつから、気づかれていましたか?」



 わたくし自身でさえ、あの卒業パーティー当日になるまで忘れてしまっていた、わたくしの本質。バーレンハイムの家族や、幼いころからそばにいてくれた使用人たちでさえ気づいていないと自負できるそれ。

 ファル様には決して知られないよう、常に細心の注意を払っているそれを、見抜いているのはおそらくヘレナお義母様とアズレールのお義父様だけ。

 問えば、ヘレナお義母様の笑みが深まった。



「ファーシルを見るあなたを見れば、すぐにわかるわ。だって……わたしが、旦那様を見つめるまなざしに、そっくりですもの」



 こたえを聞いて思うのは、()()()


 だってわたくしも、アズレールのお義父様がアズレールのお義母様を見つめるまなざしで気づいたのだから。



 ……ああ、このかたは()()()だと。



「わたしもお兄様も、最愛のひとがこの世にいてくれる限り、不必要な憂いなどひとかけらたりとも与えず、最も輝ける姿でいられる環境を整えておきたいの。うふふ。ほんとうに、リーリアさんがアズレール家のお嫁さんに来てくれるなんて、とってもうれしいわ」



 最愛のひとが、この世にいてくれる限り。つまり、死が訪れるその瞬間まで。そうであれば、世代交代もとても重要な意味を持つ。


 当主の座を退こうが、次代になにかあれば、当然のように煩わされてしまうことが発生してしまうだろうから。


 だからこそ、おふたりは自分の意を汲める後継を求めたのだろう。オルロ家でそれを満たせるのはハインツお義兄様だけだというのは、ヒスケイドお義兄様にもお会いしたあとなら察するに易い。アズレール家はそもそもミリーが嫁に出てしまうというのもあるけれど、たとえ彼女が後継となることになったとしても、彼女本人はとても素直な子だから向いていなかったと思う。

 そしてそれは、ファル様もおなじ。ファル様はとてもまっすぐでやさしく、素直で流されやすくてチョロ……こほん。とても良いかたなので、高位貴族の当主なんて正直とても向いていない。それなのにアズレール家の後継がファル様に決められたのは、ファル様の婚約者がわたくしとなったからだと断言できる。


 ヘレナお義母様は、ひと目見てわたくしの本質に気づかれた。そして、わたくしが王妃教育も終えることのできた能力を持つこともご存知。ファル様のご意思を放ってさっさとアズレール家に養子に出したのは、なにもバーレンハイム家との釣りあいを考えたからというだけではないのだろう。

 むしろ、そちらのほうがおまけに過ぎなかったのだと、いまならわかる。


 とはいえ、その判断と行動の早さにはわたくしも舌を巻くのだけれど。


 もちろん、実際のアズレール家の次期当主はファル様だし、ご本人にも周囲にも間違いなくその認識を抱いてもらわなければならない。

 そう。わたくしはそのうえで、影からそっと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()をつくり、維持しなければならないのだ。そしてそれが、アズレールのお義父様とヘレナお義母様の望みとも一致する。



「ふふ。リーリアさん。なにか困ったことがあったら、いつでも訪ねてきてちょうだいね? きっとわたしなら、あなたの助けになれると思うわ」



 優雅にほほえむヘレナお義母様は、まるで聖母のよう。

 この姿が、わたくしの目指す先だと思うと、身が引き締まる。



「ありがとうございます。至らない身ではありますが、精いっぱい努めて参りますので、どうぞご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いしますわ……ヘレナお義母様」



 ねえ、ファル様。わたくしきっと、()()()()()()()()()になってみせますわ。



 ですから、ええ。




 どうかさいごまで、気づかずにいてくださいませね。





登場人物等多かったので人物紹介的なものを。


ファル様→ファーシル・アズレール。旧ファーシル・オルロ。オルロ家三男。アズレール家の養子で次期アズレール家当主。主人公。……主人公!


リーリア→リーリア・フォン・バーレンハイム。当作品ヒロイン。ゲーム内悪役令嬢。元王太子の元婚約者。現ファーシルの婚約者。


アズレール→侯爵家。ファーシルの養子先。


オルロ→伯爵家。ファーシルの実家。


バーレンハイム→公爵家。リーリアの生家。


ヘレナ→ヘレミーナ・オルロ。オルロ伯爵夫人。ファーシルの実母。


ハインツ→オルロ家長男。ファーシルの長兄。次期オルロ家当主。オルロの血1:アズレールの血2くらいの割合のひとなので、まだ常識人。


ヒスケイド→オルロ家次男。ファーシルの次兄。チートのひと。チートは駄目だと学習しなかったため、痛い目をみた(私が)王女様との婚約は避けたいけど王命なので……になると思う。


ミリー→ミリアベル・アズレール。アズレール家唯一の実子。嫁入りが決まっている。



ファーシル実父とアズレール夫妻のなまえが出ていないのは仕様です。そろそろなまえが多すぎるなと思ったので。


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