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オンラインゲーム・ギャングスタ  作者: 神立雷
第一章 VRゲームのランカーは、不遇職の初心者少女
5/22

スチームエンジン、オブ、クロックワークス 2



     ◇◇◇




 何やかんやの理由があって、倒したいけど倒したくない領域守護者。

 それについて一応悩んでみてはいるが、解決策は最初からひとつしかないことをマツダイもわかっていた。

 その名と顔と恥を晒して、『ボス討伐者』という輝かしくも不名誉な烙印を押されるしか道はないのだ。


 しかしそれでも嫌なものは嫌だった。

 そうして自分を晒し上げるふんぎりがつかないまま過ごし、現実逃避で狩りに没頭していたが、いよいよ時間は残っていない。

 いつまでも義務を果たさないマツダイに対してクランメンバーがブチギレるまでのタイムリミットは、すぐそこにまで迫っていた。




「ボス倒して有名になったら、二つ名とかもついちゃうんだろうなー」


「ヒェ~ッ! 背骨が冷えて行くゥ~!」


「それだけはマジで無理……はぁ、どうしたもんかにゃ――」



「ひゃあ~っ! スゥちゃん! 早く逃げるんですよぉ!」


「ま、待ってよぉ、朱ちゃぁん!」




 そんなガチ勢たちの会話に割り込む、誰かの悲鳴と地面の揺れ。

 森から聞こえたその音は、おそらく女性がふたりとモンスターの足音がひとつ。それがのっぴきならない雰囲気で近づいてきていた。




「おーん?」


「何だァ?」


「うるせぇにゃ」




 そこは流石の歴戦といったところか、3人揃って瞬時に異形の姿に戻り、戦闘態勢を整える。

 そして木々の間から、騒音の原因が現れるのを待った。



「えー? 眷属じゃん」



 森から飛び出して来たのは、赤い髪に半袖シャツとホットパンツな軽装の少女と、分厚いローブでわたわた走る金髪ロングの少女。

 そしてそんな2人を追いかける金色のヘビ――[アイアタルの眷属]だった。




「出ちゃってますなァ」


「はぁ? にゃんで湧いてんだ?」




 意外なものが飛び出して、マツダイたちも思わず首を傾げてしまう。


 金の鱗を持つ三つ首の大蛇、[アイアタルの眷属]。

 それはこのエリアのボス[【The weeder】アイアタル]が送り込んだ尖兵であり、一般的なモンスターと違って特殊な出現条件のあるモンスターだ。


 その条件とは、プレイヤーの間で『調理師(クリナリアン)』の熟練度上げに広く使われる[コカトリスの卵]というアイテムを使った誘引だ。

 その安価な食材アイテムを森の特定位置で割ることで、匂いにつられた[アイアタルの眷属]が出現する。


 しかしながら、それはマツダイたちしか知らない情報だ。そうなるようにしていたのだ。

 そのヒントとなる石版状のオブジェクトは彼らが土で埋めて完全に隠していたし、素材アイテムの買い占めと相場の操作も入念におこなっている。

 さらには[アイアタルの眷属]のドロップ素材である[三つ首蛇の金色皮]をまるで関係のないエリアにバラ撒いてみたり、掲示板に捏造写真を貼り付けて情報を滅茶苦茶にしたりと色々して、未だに出現条件は隠ぺいできているはずだったのだ。


 そうだというのにも関わらず、そのモンスターが彼らの知らないところで出現している。

 それはマツダイたち3人にとって、どうにも放っておけない話であった。




「眷属の出現フラグ調べるにしても、あんな初心者丸出しの奴らじゃ無理だろー」


「ン~、偶然条件満たしたのかねェ?」


「偶然で “コカトリスの卵(コカたま)” ぶち割る訳にゃいだろ。俺らみたいに森で調理師(クリナリアン)の熟練度上げしてた訳でもあるまいし。つーかそもそも買えねぇって」



「あっ、あっ、朱ちゃん、どうしよぉ! 本物のヘビってあんなに大きいの~!?」


「も~! せっかく拾った卵も落とすし、金ピカのでっかいヘビには追いかけられるしぃ! 今日はもうさんざんですよぉ!」



「……偶然、みたいだなー」


「マジかよ」


「ミラクルガールすぎんだろォ」




 どうやら偶然だったらしい。何とも都合よく愚痴を叫んだ少女によってその理由は判明したが、かと言ってすんなり納得できるはずもない。

 しかしそれでもアイアタルの眷属はそこにいる。そして初心者プレイヤーたちを毒牙にかけんと、三つ首を揺らして這い進んでいた。




「たまたまコカトリスの卵(コカたま)拾ったんかー」


「そんでたまたま森に来て、たまたまコカトリスの卵(コカたま)落としたのかァ」


「タマタマタマタマうるせぇにゃ」


「そういうお前はタマナシ野郎、つってなァ!」


「HAHAHAHA!!」


「しゃらくせぇわ」




 だったらもう仕方がない。出てしまったものはしょうがない。どうせ時間が経てばバレるのだろうし、ボス召喚のキーアイテムは低ドロップ率なので焦ることもない。

 そういう訳で彼らはいつもどおりに会話をしながら、ぼけっと金色のヘビを見つめていた。




     ◇◇◇




「ど、どうしよう朱ちゃん、追いつかれちゃうよ」


「どひゃー! お、おたすけー!!」



「で、どうするー?」


「眷属って複数湧きはしねェよな?」


「最大数1のユニークタイプだにゃ。つってもやるのはあの雑魚2人が死んでからでいいよ」


「まぁそーねー」




 もしこの3人が普通のプレイヤーであったなら、一目散に救援へ向かっていただろう。

 何しろ追われているのは明らかな初心者で、その上ああまでわかりやすく助けを求めているのだから。


 しかし彼らはガチ勢だ。ガッチガチの効率厨で、ネトゲ廃人の社会不適合者共だ。

 ならば当然、無償の人助けなんてするはずがない。“人にやさしく” は効率が悪い。他人は大体NPC。他プレイヤーの命なぞ、100アースよりも安かった。


 そんな彼らだったから、ここで助けに行かないばかりか、何なら彼女たちが死んだ後でモンスターのドロップアイテムとプレイヤーの遺品をまとめていただこうとすら考えていた。今更言うまでもないことだが、効率厨というものは基本的にクズなのだ。


 そういう訳でクズ3人は、人型に戻って高みの見物だ。

 幸い少女たちはこちらに気づいていないようだったので、ゆっくり見捨てられる。




「朱ちゃん、わ、私……もう、だめかも。あ、足が疲れちゃって……もうすぐ転んじゃうかも……」


「むむっ、なんと!? ……こうなったら仕方がありません! いよいよ朱のとっておきを出すしかないようですねっ!」


「えぇ? と、とっておき? 朱ちゃんはすごいね」




 そんなよこしまなクズの視線に見守られる中。意を決した初心者の女が足を止め、人の顔ほどもある何かを腰から外した。

 表面が陽光を受けてきらりと輝く。そのつやめきは金属質なものだったが、少女は不思議と重さを感じさせずに掲げ上げた。




「じゃじゃーん!」


「わぁ、なにそれ~」




 ご機嫌な調子でアイテムを見せびらかす少女と、のんびりしたリアクションをする少女。

 その2人の視線の先にあるものは銅色の丸い物体で、一見大きな懐中時計のようにも見えた。

 それと違うところと言えば、丸い本体の外側にラッパのような煙突部があり、中央は時計盤ではなく無数のゼンマイが噛み合って回っているところだろうか。またその周囲には様々なメモリやメーター、ゲージ類が見て取れる。


 そんな茶色い機械のフチ部分には、カタカナで『スチームエンジン・オブ・クロックワークス』と書かれていた。




「うっわ……あの初心者“汽車屋”かよー」


蒸気工師(スチームパンカー)ァ? いやいや、流石にメインではないだろォ」


「効果音がだせぇ」




 それを見たEAKの存在しない瞳と椎茸強盗のヤギの瞳が、残念なものを見る目に変わる。

 彼らのリアクション通り、その銅色の物体はキャラクタークリエイト時に選択できる『蒸気工師(スチームパンカー)』の初期所持アイテムであり、プレイヤーの誰もが地雷あるいは不遇と呼ぶ使()()()()職業の証明であった。


 ちなみにEAKの言う “汽車屋” とは、その蒸気工師(スチームパンカー)を “汽車を動かすくらいしかできない無能職” と侮蔑的に呼ぶLiving(リ ) ()Hearts( ハ)のスラングである。




「服装見ても明らか初心者だし、たぶんキャラクリ時のファースト職でしょー」


「ウハァ~、あんな不遇職メインにするとかセンスなさ過ぎ。名前もイカれてるしよォ」




 職業のチョイスと一緒に、少女の頭の上に表示された『朱朱朱朱』という名前にまでケチをつける椎茸強盗。


 それをまともな人間が聞いたなら "椎茸強盗も相当イカれてる部類だぞ" と突っ込んだだろうが、ここにまともな人間はいなかった。

 なので当然、椎茸強盗の発言はスルーされる。




「あの漢字4つはなんて読むんだろうな。アカアカアカアカとかかー?」


「シュッ! シュッ! シュッ! シュッ! じゃねェ?」


「なにそれやらしい」


(……ん? あの初心者、首都にいた女か?)




 そこでそれまでアイアタルの眷属だけを見ていたマツダイは、読めない名前というクイズのような話題にわずかな興味を引かれて少女を見る。

 そしてそれが首都で騒いでいた少女だということに、今更ながらに気がついた。


 首都で見た、肉を欲しがり、肉を食べて、肉で死んだそこはかとないエンジョイ勢。

 確かその会話に出てきた名前の読み方は――――




「――……朱朱朱朱(あけしゅあかしゅ)、だにゃ」


「え、マツダイなんで知ってんのー?」


「リアフレ? 彼女? ま、まさかオフパコ相手かァ!?」


「違うわ、さっき首都で見ただけ」


「ふーん」




 マツダイにとって重要なのは効率と数値だけであり、他プレイヤーの名前は大体どうでもいい。だから普段だったら一度見かけた初心者の名など、昨日の晩ごはんよりも覚えていない。


 しかし朱朱朱朱(あけしゅあかしゅ)という名前だけは、なぜだか妙に印象に残っていた。それが首都での馬鹿すぎる行動によるものだったのか、それとも別の理由があったのかは、マツダイにはわからない。


(……まぁ、どうでもいいか)


 わからないし、そしてどうでもよくもあった。

 どうせあんな低レベルプレイヤーと偶然会うのも三度はないだろうし、それならきっと明日には忘れている。ならばこれ以上考えるのは非効率的だと思い、考えるのをやめにした。




「う~んと、これをこうして~……あれ、違うのですかね? おかしいですね~」


「あっ、朱ちゃん? ヘビが来てるよ、危ないよ」


「ちょ、ちょっと待って下さい! なんかこれ、むつかしいです!」



「……何してんだ、アレェ」


「スチーム起動してんのかー? ()()でー?」




 そんな不遇職の朱朱朱朱(あけしゅあかしゅ)が、手元の[スチームエンジン・オブ・クロックワークス]をごそごそといじりだす。

 それに驚いたのはガチ勢たちだ。何せソレは、そうして使うものではないのだから。


 しかしあけはひたむきに、キャラクタークリエイト時に教わったのであろう操作手順をうんせうんせとこなしていく。

 銅色の蓋を開け、浮き出たゼンマイを手動でくるりと回せば、それと連動した内部機構が急加速をしてひとりでに動作を連続し始める。

 そこでようやくソレは起動し、オレンジ色の文字が空中に投影された。




<< - Hello Hogger !! - >>


「わ! なんだか文字が出ましたよ! ……ほ、ほげー?」


「ホガー、じゃないかなぁ?」




 蒸気を生み出すはじめの一歩がクリアされ、起動を示す文字が表示される。

 それを読めなかった残念なあけの小さな手の上で、蒸気エンジンが震えて熱を持ち出した。




<< - Light the firebox - >>

<< - D-line is lighting - >>


「それにピカピカもしてきました、どうですかスゥちゃん」


「えっ、う、うん……う~ん……どうですかって言われても……こ、困っちゃうよ……」




 D-line(D線)と呼ばれるスペクトル線が激しくほとばしり、朱が謎のドヤ顔をする。

 外装に取り付けられたナトリウムランプがオレンジの光を点灯させ、スゥは眩しそうに目を細めながら困り顔で首を傾げた。


 ぜんまい仕掛けの蒸気機構が激しい音をたて、蒸気残量を示すゲージが急激に増加し始めた。




「あの、朱ちゃん? それは何をするものなの?」


「えっと、わかんないです」


「え……えっ?」


「でも、わかんないけど――このままだと飛んでくって、そう言ってますね~」


「だ、誰が? 誰が言ってるの?」


「それも、わかんないです!」


「あ、朱ちゃぁん」



<< - Red line is exceeded !! - >>

<< - Already all ready, Hogger !! - >>



 持ち主ですら何がなんだかわからない内に、蒸気エネルギーは充填完了だ。

 残る操作は、開放レバーを引くだけとなる。



「わかんないけど、がんばりますっ! 行きますよぉ!」



 朱が[スチームエンジン・オブ・クロックワークス]を持つ手を前に差し出す。

 そしてそのレバーを思いきり引き――――大きく叫んだ。




「ちぇぇぇぇすとぉぉぉー!!」


<< - Departure !! GO GO GO GO !! - >>


「わひゃあ!?」




 そして吹き出す、大量の蒸気。

 ラッパのような煙突からポーーーッ! と汽笛に似た音が鳴る。

 そうして手のひらサイズの蒸気エンジンが、驚いて尻もちをつく持ち主の手から、目にも留まらぬ速さで飛び出した。




「……オイオイオイ、やっちゃってるわアイツー」


「ほう、不遇職で地雷ムーブですか。大したライト勢ちゃんですねェ」




 朱のまさかの行動に呆れるガチ勢たち。しかしそれも仕方ない。


 蒸気工師(スチームパンカー)の固有アイテム[スチームエンジン・オブ・クロックワークス]は、言わばただの『動力』だ。

 それはゲーム的な不思議の力で蒸気スチームを生み出す特殊な機械であり、蒸気機械を動かすためにある。

 つまりは風車でいうところの風であって、あるいはロケットでいうところのブースターであり、その名の通りに自動車のエンジンと同じもの。何かを動かすためにあるアイテムなのだ。

 つまりそれだけで使う用ではないし、それだけで使える物でもなかった。




「ひゃあ~! すごいもくもくですね~! 流石朱のとっておき……」


「う、うん。でも、朱ちゃん? と、飛んでっちゃったけど、いいの……?」


「……あれぇ!? うそぉ!? ほんとだ! そんなぁ!? 朱の大切な宝物がぁ!!」




 そうしてひどく間違った使い方をされた初心者の虎の子アイテム、[スチームエンジン・オブ・クロックワークス]は、当たり前にあらぬ方向へと飛んで行く。

 がっくり崩れ落ちる朱朱朱朱(あけしゅあかしゅ)の視線の先で、空の彼方にキラーンと光って消え去った。



「にゃにしてんだアイツ。頭わる」



 興味を失いつまらなそうに爪を弄るマツダイは、呆れた声でそう言った。

 “自分とは絶対に関わらないタイプだな”なんて考えながら。




     ◇◇◇





□キャラクター情報□


名前 朱朱朱朱

性別 女性

種族 人間種


主職業 蒸気工師(スチームパンカー) Lv1

副職業 なし




HP 18/18

MP 3/3


物理攻撃 5(1+4)

物理防御 4(1+3)

すばやさ 12

魔法攻撃 2

魔法防御 1

特殊耐性 1

特殊付与 1



スキル なし



・装備状態

固有アイテム [スチームエンジン・オブ・クロックワークス](帰属)


右手[冒険のはじまりのナイフ]

左手 なし

頭  なし

体 [冒険のはじまりのシャツ]

腰 [冒険のはじまりのパンツ]

足 [冒険のはじまりのブーツ]

外套 なし

腕  なし

指輪 なし

首  なし


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