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オンラインゲーム・ギャングスタ  作者: 神立雷
第一章 VRゲームのランカーは、不遇職の初心者少女
4/22

スチームエンジン、オブ、クロックワークス 1



□■□ グラースシー大平原 □■□




『首都セブンスターズ』を東に出てすぐに広がる草の香りと緑色。そこはグラースシー大平原。

 出現するモンスターはレベル1~9程度、更に出現数も多くはないという事情から、サービス開始当初は人気だった初級エリアだ。


 その頃はあちこちでモンスターの奪い合いや場所取りのトラブルなどがあり、“ノーマナー止めて下さい!” や “我々のコリブリだ、いやらしい” 等の賑やかな声が鳴り止まない、色んな意味で一時代を築き上げている場所だったが……そんな賑わいも過去のこと。


 いつまでも低級狩場に籠もり続けるプレイヤーなんているはずもなく、今ではこの大平原で狩りをする者もほとんど見当たらない。こうして序盤のマップが早々に過疎化するのは、どんなMMOだって一緒だろう。その栄枯盛衰にノスタルジーを感じられてはじめてMMO初心者ではなくなるとも言われているくらいだ。



 そんな見通しのいいグラースシー大平原の東方向には『ココノハ大森林』が見え、その外側をぐるりと蒸気機関車の線路が通る。その線路上を青春映画よろしく歩くのは、マツダイ・EAK・椎茸強盗のガチ勢3人組だ。


 彼らが目指すのはいつもの定位置。そこでお決まりの効率的な狩りをするため、揃ってだらだら足を進めていた。


 ちなみにそんな彼らは今、全員揃って人型である。異形に戻れば本来のステータスを余すことなく発揮できるが、その姿はとにかく悪目立ちをしてしまうので、基本は戦闘時しかその姿をとらないのだ。




「……で、結局やってんの?」


にゃにを?」


「普通にボス狩りと倉庫掃除の話だろォ?」


「そーそー」



「あ~……まだ」


「どっちも期日近いんだろー? ちゃんとやらんとみんなうるせーぞー」


「それはわかってるけど」


「掃除はまだしも、ボスはぼちぼちどうにかしないとリーダーに言われそうだよなァ」




 そんな人外3匹がする最近ホットな話題と言えば、もっぱらマツダイの宿()()についてだった。


 その内1つは倉庫の掃除。

 ガチ勢クラン『ああああ』のクランハウスとはまた別の、倉庫と生産施設だけがある建物を整理整頓する当番の話である。

 と言ってもそれはマツダイさえやる気になればいつでも可能なものであり、さしたる問題ではない。


 マツダイが直面している難題は、それではないほうの宿題――“ボス狩り”の件だ。


 ボス。正確には領域守護者と呼ばれる、一定条件下で湧く特別なモンスター。

 それを倒せば新エリア開放と言う形で新たな世界へのアップデートがされ、プレイヤー全員に新しいフィールドへの道が開かれるという、個人ではなく全体で目指すLiving(リ ) ()Hearts( ハ)の攻略要素とも呼べるものだ。


 そんな領域守護者はボスと呼ばれるだけあって、非常に強力、なおかつ発見が難しい。

 今までに倒されたボスの数は5体とされているが、そのどれもこれもがややこしい出現条件を設定されており、そして相応に強大だった。その熾烈な捜索争いと激しい戦闘は数々のドラマを生み、それをストーリー仕立てで解説する動画は安定して数百万再生を記録する。


 つまるところこのLiving(リビング) Hearts(ハーツ)におけるボス討伐とは、トップ層が繰り広げる攻略レースの舞台であり、それこそがこのゲームの華なのだ。そうした理由もあって有力なクランは常にボスを探し求め、その情報を求める者同士の暴力とカネの飛び交う水面下の攻防は日々あちこちで繰り広げられていた。




「一応キーアイテムはいつでも持ち歩いてるけどー」


「そりゃ俺も持ってるけど……つか溜まりすぎて邪魔にゃんだけど」




 そんなとびきりの注目度を集める、領域守護者(ボス)のアレやコレ。

 しかしそうした『ややこしい出現条件と倒すことの難しさ』という問題は、彼らガチ勢にとっては何のこともなかった。


 マツダイに課せられた討伐目標、ココノハ大森林とその向こうの湿地帯エリアの境界線を守る領域守護者[【The weeder】アイアタル]。その出現条件は未だ不明で誰も見たことがなく、ヒントになるキーアイテムのようなものですら見つかっていないと言われている――――


――――が。

 実は[【The weeder】アイアタル]はすでに何度もこの世界に出現していたし、当然その出現のキーアイテムである[世界樹の種の化石]も腐るほど大量に見つかっている。


 それがなぜそうした状況になっているのかと言えば、それはひどく単純な話だ。

 独占。丸取り。独り占め。彼らガチ勢共が、そのキーアイテムをドロップする唯一のモンスター[アイアタルの眷属]の存在を秘匿して、思うがままに独占し続けているだけだった。


 つまり一般プレイヤーの間で言われる“見つかっていない”という言葉は間違いで、正確には“見つけさせて貰えてない”が正しい。そこへ“ガチ勢たちの腐った根性によって”と付け足せばもう完璧だ。




「マツダイがヤるって言うなら俺らも付き合ってやるよォ。別に大した相手でもねェしなァ」


「……う~ん、まぁ……うん」




 そしてまた、そのボスの強さも問題ではない。

 いくら性根が腐り尽くしていようとも、トップクランはトップクラン。Living(リ ) ()Hearts( ハ)の公式ランカーである彼らは、ボスの推奨レベルをとうの昔に超えている。それこそ、事前準備をきちんとすればソロでも討伐できると言っても過言ではない程度には。


 それを裏付ける事実として、以前お試しでボスを出現させた時には勢い余って殺してしまいそうになり、ボスが死なないように気を使っていたことすらもあった。慎重に丁重に殺さないよう気を使われたボスの激昂(マジギレ)ぶりは、彼らのすべらない話として現役のネタだ。




「ア゛ァ、手伝うっつっても途中までだぞ? とどめは自分で刺せよなァ」


「ラストアタックの時はパーティも抜けるかんなー」


「……あ~……う~ん」




 そんなココノハ大森林の領域守護者、[【The weeder】アイアタル]。

 それを倒せば新エリア。ついでに希少なドロップアイテムと、膨大な経験値だって手に入る。

 その上いつでも行ける場所にいて、好きに呼び出せて楽々殺せる相手であった。


 ボスを倒せるか否かで言えば、間違いなく倒せる。

 見つけられるか否かで言えば、間違いなく見つけられる。

 それを倒したいか否かで言えば、間違いなく倒したかった。


 ではなぜそれをしないのか。一体何が問題なのか。




「歯切れ悪ィなァ? ここまで来たらもうアナウンス受け入れるしかなくねェ?」


「アナウンスにゃあ……」


「“マツダイがボスを撃破しました!!”的なね。へーきへーき、一回だけだから」


「永遠に残る一回だけどなァ、クカカカ!」


「笑えねぇよクソガイコツ」




 そう。それだ。それが嫌なのだ。


 領域守護者を倒したプレイヤーはその栄光を称えられ、世界全体に名前がアナウンスされる。そして公式ホームページにキャラクターの写真が飾られ、エリア開放者として未来永劫たてまつられる。


 彼らはとにかく、とにかくそれだけが嫌だった。


 彼らはVRMMOガチ勢。レベルと装備を強化することだけ求める者たち。

 そんな彼らが目指す楽しい日々には、知らない誰かからの認知も、そしてたくさんの称賛も、どちらもまったく不要だったのだ。




「名前のアナウンスと写真張り出しとか、普通に()()()()だよなー」


「街とかで言われんだぜェ? “オイオイ、あのマツダイだぜ” とかよォォ~」


「想像しただけで気分悪いにゃ」




 ガチ勢である彼らには、日陰者の自覚がある。そしてそれを誇りとすら思っている。

 だから彼らが求めているのは、誰も知らないところで密かに高みに登り、後から追ってくるライトプレイヤーを思う存分見下すという、自己完結型の優越感だ。


 それには名前のアナウンスや公式ホームページに写真が残ったりするのは、ただひたすらに邪魔でしかない。どこかで自分の噂話がされるのも、自分の育成方針(ビルド)を真似されるのも、知らない奴が自分を知っていることも――その全部が全部、嫌なのだ。目立ちたくないし、知られたくもないのだ。




「ま、俺らには関係ねェけどなァ」


「トーナメントで最速死亡記録を樹立したマツダイさんの仕事だしなー」


「……リーダーにさえ当たらにゃければ、準優勝くらいは余裕でしてんだよ」


「で、で、で、ででで出たークソザコネコの負け惜しみだぁー」


「悔しいのう、悔しいのうゥ~」


「うっせぇ」




 ボスに最後の一撃を食らわせてしまえば、自分の名前と顔が知れ渡る。

 だから自分では倒したくない。


 しかし他のクランに渡すことも受け入れられない。

 平均レベルレースをしているライバルクランの『お菓子の城』と『パラディウム』にはガチ勢としてどんなことであっても負けたくないし、新エリアを首都セブンスターズのように『正義の旗』に支配されて自治厨の独自ルールを押し付けられるだって勘弁だ。

 それに万が一にも因縁深い女性限定クランの『夜行ナイトトラベル』に倒されてしまえば、怒涛のファンメールで煽られ倒す未来が待っているに違いない。


 自分では倒したくないし、そして誰にも倒させたくない。

 つまりこの大森林のボス[【The weeder】アイアタル]は、ガチ勢たちがそうした自己中心的すぎる理由でキープしている状態なのだ。


 ちなみにその“ボスを倒さず独占する”という行いは、Living(リ ) ()Hearts( ハ)の全プレイヤーに迷惑がかかるスーパーダイナミックなクズ行為であったが、ガチ勢クラン『ああああ』は全員が漏れなくろくでなしなので、そういう部分は誰も気にしていなかった。




「負け猫あるある言いたいー、“運さえあれば”とか言いがちー」


「クソネコクソネコ敗北者ァ! タマナシマツダイ敗北者ァ!!」


「お前らだってリーダーに瞬殺されてただろ」


「でも最下位じゃないんでー」


「最速KOでもないんでェ」



「……死ねにゃ」


「言葉きつすぎますねー」


「にゃーにゃーうるせェんだよニャア」




 しかしそろそろいい加減、『ああああ』の面々も我慢の限界だった。

 新しいエリアでもっと効率的なレベル上げがしたい。ボスのドロップアイテムだって確認したいし、何よりゲーマーとして誰より早く新しい世界を攻略したい。そんな思いは日に日に募り、クランの誰もが悶々としていた。


 そんなどん詰まりの状況を打破するために執り行われた、ボス狩り担当という生贄を決めるクラン内トーナメント。

 そこで運悪く最下位の成績を収めてしまったマツダイは、クランリーダーから “罰ゲームでボス狩りよろ~” と命じられてしまい、来る日も来る日も悩むことになってしまったのだった。




     ◇◇◇




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― 新着の感想 ―
[一言] トーナメント初戦で今大会優勝者に当たっていたとか辛いよなぁ〜2番目に強くても最下位だもんな〜っ!あ〜可哀想だなぁっっっ!
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