脅迫
◇◇◇
□■□ グラースシー大平原 □■□
「……来たぞ。やるか?」
「いや、ここじゃ首都に近い。もうちょい離れたところで仕掛けよう」
「ウィッス」
数は3人。
剣を、弓を、杖をそれぞれ持ち、全員が暗い色の軽装鎧に身を包むプレイヤーたち。
彼らは姿勢を低くして草むらに身を潜め、そろって同じ方向を見つめていた。
「お月さまが綺麗ですね~」
「うん、本当に~」
視線の先でゆっくり移動する、『朱朱朱朱』『スゥ・ラ・リュンヌ』という名前表示。
それがこのPKたちのターゲットの名であった。
「太陽より柔らかく光って、すごく綺麗な……ええと、暖かくって優しい……なんて言えばいいのかなぁ。あの色」
「なんてって、普通にきいろ色じゃないですか?」
「……あっ……う、うん。そうだね、うん。ど、ど忘れしちゃってたよ。きいろ、だね。綺麗な……きいろ……」
いつモンスターが出現してもおかしくないフィールドだというのに、のんびりと談笑を続ける2人。
そのうえ目線は月が昇った空を仰ぎ見て、周囲への警戒心なぞひとつもない。
都合はいいが、それにしたってユルすぎる。
そうして少しだけ呆れた男は、そのまますり足で尾行しながら小声で話す。
「今のうちにもう一回言っとくぞ。森に入ったら魔法で拘束して、俺のスキルで裸にひん剥く。それをカメラで撮影しながら、あの女共の後ろにいる奴について吐かせる。“言わなきゃ裸の動画をバラ撒くぞ”って具合でな」
「それでも言わなかったら? 腹でも殴るか?」
「いや、それはナシだ。あんな低レベルを攻撃してみろ、死んで首都に逃げられて終わりだ。いいか? 絶対にダメージは与えるな」
「じゃあどうするんですか?」
悪意しかない不殺を断固として命じる男。
付きそう2人の様子を見れば、その男がリーダー格であるのは明らかだ。
そんな男に敬語で話す弓持ちが聞けば、PKのリーダーはニヤリと笑って下衆を吐く。
「犯せ」
「うひょお」
強姦は現実において、殺人や放火に並ぶ重罪だ。
しかしこのLiving Heartsにおいては、『カルマ値』が悪に傾くだけだ。
一応殺人よりもカルマ値の下がり幅が大きくなってはいるが、元々悪いプレイヤーにとってはあまり気にしなくても良いと言えるだろう。
しかしそれでもそうした行為は、決して許されざる極悪非道だ。
被害者の気持ちを考えれば誰もが胸を痛めるし、それをした者はとことん嫌われる。
だが、かえってそれが良かった。
この3人のPKは、悪さをアピールするためにここにいる。
罪なき初心者を痛めつけ、無理やり情報を聞き出すことで、『自分がどれほど外道であるのか』をトップクランに売り込む算段なのだ。
そうしてトップクランにすり寄って、その後ろ盾を手に入れられれば。
カネも名誉も権力も持った組織お抱えの悪として、更にやりたい放題ができる。
時に依頼を受けてヒットマンをしたり、あるいは敵対クランに闇討ちをしたりするような、大手の傘下の裏稼業。
それは堅実な収入と、やりがいのある悪事をこなせる充実感が手に入る、素晴らしきアウトロー生活だろう。
それにもし仕事がなくとも、今まで通りにプレイヤーを殺した去り際に“自分のバックにはあのクランがいるぞ”と脅しをかければ、報復PKに恐れることもなくなるのだ。
まさに完璧。
被害者にとっては悪夢だが、加害者にとってはまさにバラ色で夢のよう。
この世界に存在するPKが見据える、一番いい将来像がそれだろう。
「そんじゃあ俺はあのちっちゃいほう貰お~っと」
「おいおい、ロリかよお前。普通は胸がデカいほうだろ。まぁ、取り合いになんなくて助かるけどぉ」
「俺は最後でいいですよ、後輩なんで。となるとあの子らには、情報出さないでいて貰わないと貰わなきゃいけないですね」
「はっ、どっちだってヤることは変わらねぇよ。喋らなきゃ犯して殺すし、喋ったら喋ったでそのあと犯す。最後は殺してサヨウナラだ」
「うは、ひで~」
そんな素晴らしき立場にありつくためには、自分が使える大悪党だと証明しなければならない。
だから彼らは、身の毛もよだつような悪意を持って、草葉の陰を歩いていく。
目に映る初心者2人――朱とスゥにそれをぶつけるために、いやらしい笑みを浮かべながら。
「何がひでぇものかよ。この世界は力こそすべての弱肉強食、強え奴が絶対の世界だぜ。ぶっ殺されても脅迫されても、力で組み伏せられてやりたい放題犯されたって、ヤラれたソイツの自己責任って運営が言ってんだ。このゲームの弱え奴らはな、俺らみたいな強者に食われるためにいるんだよ」
「ははっ。女を脅して犯して殺しゃあカネが稼げてレベルも上がるなんて、ホントいいゲームだよなあ」
「まったくだ。いいゲームだぜ、本当によ」
オンラインゲームにおける『悪』は本来、運営によって裁かれる。
しかしLiving Heartsにおいては、そのような管理は行われない。
ならば、誰が裁くのか。
それは『悪』を許さぬ絶対の『正義』。
あるいは、『悪』以上の――『極悪』だ。
◇◇◇
□■□ ココノハ大森林 □■□
「よし、そろそろ行くぞ」
「ん……? ちょっと待ってくれ、なんか踏んだっぽい……?」
朱とスゥが森へと無警戒に入り込み、がっさがっさと豪快に枝をかき分ける。
そんな2人の後ろを歩くPKが行動を開始しようとし――――しかし杖持ちの男が違和感を感じて足元を見た。
そこにあるのは、茶色い液体のようなもの。
それを踏む足裏にはぷよりとした感覚があり、そのうえその液体が動いているような気さえした。
「うわー、いてー」
「……あ?」
唐突に間延びした声が飛び出す。
周囲からではなく、とても近いところから。
隣の仲間よりももっと近いところだ。
その発生源はすぐにわかった。
杖持ちの男が踏んだ茶色い液体が、どぷんと音をたてながら、意思を持って動きはじめたからだ。
「何だよなんだよ、ヒトのこと踏みつけてくれちゃってよー。どこ見て歩いてんだよマジでー。おー?」
「げっ、じ……人外!? なんで!?」
ハットを被ったスーツ姿に変わった喋る半固形。
それを見た杖持ちは混乱しきりだ。
しかしそれも当然だろう。
彼らもPKとして生計を立てる者の端くれで、それなりの経験は積んでいる。
待ち伏せや奇襲への警戒はもちろんのこと、対人戦の基礎とも言われる『ミニマップの確認』は、もはや癖と呼んでもいいくらいに常時行っていたのだ。
そうだというのにも関わらず、他プレイヤーにこうまで接近してしまい――そのうえその体を踏んづけてしまうなんて、今までのゲームプレイでは遭遇したことのないアクシデントだ。
「ちゃんとマップ見てたのに……」
「んー? あー、俺隠密してたからなー。楽しくひとりかくれんぼしてたんだよ。そういう気分の日ってあるだろー? え、ないー?」
「……なんだよお前、俺を誰だと思って……」
「お前みてーなザコ知らねーよ。興味もねーし」
「んだと、てめぇ!」
「つーかさー、これ、イってんだよなー。骨のほうが完全にさー、イっちゃってるんだわー。骨という骨が全部ボッキボキにアレしてんだわー」
「……はぁ?」
今でこそ人化しているが、先程まではどう見たって全身ゲル状で、折れる骨などないキャラクターアバター。
そうだというのに骨折被害を訴える『EAK』というプレイヤー。
まるで当たり屋だ。
「なー、どうすんだよー」
「ば、馬鹿じゃねぇのか。骨なんてどこにも――」
「お前は医者かー? 回復役なのかー? ちげーだろー? その杖属性付きだし、その首飾りは魔法攻撃上げてるやつだしさー。だったら適当言ってんじゃねーぞ。踏まれた俺が痛いっつってんだから、そりゃあケガしてるってことなんだよー」
「……何だよお前、何が言いてぇんだよ」
「だからさー? 俺にケガさせちゃったこと、どうすんのかってー」
強請だ。自分はコイツに舐められている。
そう確信した杖持ちは、その頭をひといきで真っ赤に染める。
杖を突きつけ、燃え盛る怒りを具現化させた火の魔法を唱え――――
「《モヒート・ジェイル》」
<< EAK の《モヒート・ジェイル》
→→拘束成功!! ウメキチDX は EAKによって囚えられた >>
「《火球……ゴポッ!?」
――――しかしそれを打ち出すまでは叶わず、深い緑色の液体で全身を包まれる。
「ポゴ!? ゴポゴッ!?」
「あー、痛いな痛いなー。泣いちゃうなー。地面に座ってただけなのにさー、踏まれちゃってさー、骨も折れちゃってさー。かわいそうな被害者だよなー、俺ってさー」
「ボゴゴッ!」
「これじゃあ狩りもできないなー、大変だなー。なー、どうしてくれんのー?」
<< ウメキチDX は 窒息している
→→ウメキチDX に116のダメージ >>
見たことも聞いたことも、攻略Wikiにも載っていない、詳細不明の拘束術。
体の回りを深緑のヴェールで覆われた杖持ちは、息苦しそうな声をあげながら必死にもがいて逃げようとする。
しかし、逃れられない。
その手が液体を掻くたびに、生き物のように形を変えてまとわりつき、指の一本も外まで届かない。
<< ウメキチDX は 窒息している
→→ウメキチDX に121のダメージ >>
「ボボッ! ボゴガ……ッ」
「あっは、きっめぇ動きー。苦しいかー? 苦しいよなー。このゲームの窒息って、本当に窒息してる感じになるもんなー?」
<< ウメキチDX は 窒息している
→→ウメキチDX に118のダメージ >>
「や、やばくないですか!? ウメキチさんを助けないと……!」
「……やめろ」
仲間の危機に弓持ちが武器を構える。
しかしそれはリーダー格の剣持ちに制止される。
剣持ちは知っていた。
そのマフィア風の格好をしたプレイヤーが、決して手を出してはいけない存在であることを。
<< ウメキチDX は 窒息している
→→ウメキチDX に128のダメージ >>
「ボゴ……ッ」
「なー、ストレージ操作はできるだろー? カネ出せ、カネ。慰謝料だ。早く出せおらー」
「ォ……ッ…………」
救助をやめた2人のPKに見守られながら、深緑の牢獄に囚われ、喉を押さえながら泡を吐き出し続ける杖持ち。
その苦しい窒息状態によって減ったHPが、いよいよレッドゾーンに突入して点滅をはじめる。
杖持ちは安堵した。
“もうすぐ死ねる”と。“ようやく終わる”と。
どうせ死んでも生き返れる世界だ。
苦しみが続くよりはさっさと死んだほうが楽なのは言うまでもなく、杖持ちもそこに希望を見出したのだ。
しかし。
「おおっと、《治癒の霧》」
「……!? モガボボガッ!」
「死んじゃったらカネ出せないもんなー。安心しろよ、HP減ったら回復してやるからなー? 嬉しいかー? そーかそーかー」
死にかけていた体に活力が戻る。HPの数値がぐんぐん上昇し、最大まで快復する。
同時に混濁しかけた意識が戻り、消えかけていた苦しさが帰って来た。
死なせてくれないのだ。丁重にスキルで癒やされて。
そうして杖持ちの頭に浮かぶのは、先程リーダー格の言った言葉だ。
“死んで首都に逃げられて終わり”。
自分がするはずだった、悪意しかない不殺の心得。
それは今、自分がされる側になっていた。
「ゴボォッ!」
「んー? ……1万? 馬鹿にしてんのかー? おままごとしてんじゃねーんだよ。まだ持ってるだろ? カネがねーなら装備でもいいぞー。もしくはアイテムでもオッケーよー」
「ボッ! ボボボボッ!」
「足んねー足んねー、オラ、もう一声ー」
「ボゴゴゴォ!!」
「やー……つーかもう面倒くせ。カネもアイテムもありったけ出せよ。そしたらこの窒息タイムも……んー、そうなー。1,2時間くらいで終わりにしてやってもいいかなー」
「ゴボッ!? ゴボボォォォ~!!」
ただ苦しみから逃れたい一心で、ありったけのアースとアイテム、そして身につけていた装備も投げ捨てる杖持ちの男。
しかしその決死の懇願は、液体越しに聞こえるマフィアの半笑いで踏みにじられる。
「で。お前らは? どうすんのー?」
「……おい、逃げるぞ」
「えっ!? あ、ちょっと!」
心底楽しそうなマフィアは、その上機嫌のままで残りの2人に声をかける。
それを聞いたPK集団のリーダー格は、あっさりその場をあとにした。
「モゴボァァーッ!」
仲間の後ろ姿を見つめる杖持ちが、必死に手を伸ばして大きく叫ぶ。
もがくその手は液体に抑え込まれ、叫ぶ声は泡音となり消えていく。
「あっは、馬鹿みてー。何泣いてんのー? こういうゲームだって言ったのは、他でもないお前自身だろー?」
自分より強い者に脅迫される、杖持ちのPK、ウメキチDX。
ごぽりごぽりと泡立つ音が、深緑色の液体と茶色いマフィアの両方から溢れ、静かな森へ染み渡るように鳴り続けていた。
◇◇◇




