朱、朱殺し、朱殺し殺し
◇◇◇
(……やっぱ行くなら新エリアだよな。そこに『復活地点』があんならそれが一番だ。支配者にもよるけど。そのへんの具合とかモンスターの平均レベルとか、リーダーに聞きに行くか)
「《解錠》……うーい、マツダイいるぅー!? って、おー!? なんぞこれー!?」
「オイオイ、スゲェ変わってんなオイ。一瞬違う建物に入っちまったかと思ったわァ」
人型になったマツダイがあぐらをかき、床に広げた[ワールドマップ]を見ながら紅茶をすする室内。
そのゆったり静かな空間に、クランスキルである《解錠》の発声が聞こえ――間髪入れずにどやどやと入り込む音と声がする。
ローブをかぶっていても見慣れた二人組。
EAKと椎茸強盗だ。
「ほぉー、すげー綺麗。こことかなんか洒落てる感じでいいなー。コレ何? カーテン? めくっちゃうぞー? ほーれほれ」
「何だよクソネコォ、お前って結構テクニカル掃除ニストなんだなァ。見直したぜクソネコ、えぇ? こんだけ出来ンなら、お前が永久掃除当番でいいよなァ?」
流れるような動作でローブの装備解除をし、いつものマフィアとヤギ面が姿を見せる。
そのまま棚の布を変態チックにめくったり、武器の入った壺をガチャガチャとする様子は、せっかくの整理整頓をぶち壊しそうな危うさがあった。
この状態を気に入っているマツダイとしては気が気でない。
「せっかく片付いてんだから、あんま汚い手で触んにゃよ。つっても俺がやったワケじゃねぇけど」
「ア゛ァ~? クソネコじゃねェのか?」
「そんじゃあ誰がやったん? “てち”かー?」
「……いや、あいつら」
「んー? あいつらって?」
「あの2人だよ。朱とスゥ」
「エッ」
「どういうことー?」
普段より低めのトーンで話される声とその内容に、EAKと椎茸強盗が手を止めて振り向く。
正直なところマツダイとしては、事情を説明するのが面倒だった。
何しろはじまりがあまりに突拍子もない話だったし、自分の対応に自信が持てない箇所がいくつもあったからだ。
しかし説明をしないと余計に面倒なことになりそうだったので、事のあらましをできる限りにかいつまんで話すことにした。
◇◇◇
「……はぁー。インターフェイスも知らんとか、そんなヤツもいるんだなー」
「なんにも知らないえちえちサキュバス……!? ハッ! 閃いたァ!」
「閃いてんじゃねぇ」
言葉は足らず、余計な部分を省略し尽くした説明だったが、ここにいる3人の付き合いは長い。
必要最低限の情報だけで、何があったか理解するには事足りた。
ちなみに、その“必要最低限”にはもちろん、マツダイが朱のパンツを見たことは含まれない。
それを言ってしまったが最後、考えうる限りで一番面倒くさいことになると知っていたからだ。
それでも椎茸強盗は、面倒な反応を示したが。
「しっかし、それはあんまりよくねーよな。朱ちゃんたちがここに出入りすんのはさ。そんなの誰かに見られたら、俺らが色々やったのなんて即バレしちゃうぞー」
口に加えた木の枝に火を付けながら、心配事を口にするEAK。
彼は全身がゲル状の単細胞生物種だが、その中身はきちんと人間だ。
そのうえ人一倍思慮深い性格も持ち合わせていた。
そんなEAKが考えるのは、自分たちの保身についてだ。
いくら掲示板は禍津が情報操作しているとは言え、どうしたって『朱朱朱朱』はランキング上位者だ。注目度はすこぶる高い。
誰もが彼女の噂をしたがるだろうし、それゆえどこへ行っても目で追われるだろう。
そんな有名人がガチ勢クランの倉庫に出入りするところを見られたともなれば、その情報はホットなニュースとなってLiving Hearts中に駆け巡るに違いなかった。
そうなってしまえば、ココノハ大森林のボスを『ああああ』がキープしていたとバレて、あちこちでバッシングが起こるだろう。
なにせ意図的にアップデートを遅らせていたのだ。
どう考えてもヘイトは高まる。自分だったら叩いているだろうし。
それで炎上状態となれば、様々な行動に制限がかかる。
特にアイテムの売買がやりづらくなるのは、自分的にもクランの運営的にも、絶対に避けたいところだった。
「うん、まぁ、そうだにゃ。それはわかってる。だから一応“もう来んにゃ”って釘は刺しといた」
「大丈夫なのかー? 本当にもう来ないー?」
「……多分にゃ。強めに言っといたし」
「そんならいいけどさー」
今日までEAKが見て来たマツダイという人物は、たいがい残忍だった。
それは他者を傷つけることで下がる『カルマ値』という評価付けが仕様の最低値である『世界の敵』になっていることが証明しているし、そんな彼だからクラン内の役割が『PK担当』になったのだ。
血も涙もないのが基本のガチ勢クラン。
その中でもよりぬきの冷酷な男。
それがマツダイに対するEAKの評価であった。
そんな彼が強めに言ったのであれば、それはもうかなり強烈な釘が刺されたのだろう、と。
そう考えたEAKは、マツダイの非道さを信用し、ひとまず納得をした。
「……まぁ、うん。多分大丈夫だと思うにゃ」
EAKはそのシーンを見ていない。だから知らないのだ。
マツダイが朱とスゥにした“強め”が、どれほど優しいものであったかを。
◇◇◇
「そうだ、聞けよマツダイ。俺もソッチ系の話があってなァ」
「ソッチ系?」
「そら朱ちゃんズの話よ。いやな、さっきまで『白い粉』を売ってたんだけどな。ガチめに中毒ってる顧客のひとりが言うんだよ。“これで俺も朱朱朱朱狩りに行ける”ってなァ」
会話の隙間に割って入った椎茸強盗が、唐突なことを言い出した。
その穏やかではない内容に、マツダイは持ち上げていたティーカップを床に置き、若干前のめりになって問いただす。
「はぁ? 朱狩り? にゃんだよそれ」
「今アツいらしいぜェ? 無名なPK共の間でなァ」
「……どういう理由で? あんにゃクソザコ初心者を殺してどういうメリットがあんだよ」
「決まってンだろ、パイプ作りよ」
「パイプって……あぁ、顔売るのか」
ガチ勢クランのメンバー『禍津』によって流された、“朱朱朱朱はどこかのクランの関係者である”という根も葉もない噂。
それによって、トップクランに所属しているプレイヤーたちは、朱の見えない後ろ盾に怯え、彼女に接触しづらい状況に陥らせることに成功していた。
しかし、その噂こそが、朱に危険を呼び寄せる。
無名の殺し屋たちは、その噂に成り上がりのチャンスを見出したのだ。
多くのプレイヤーにとっての絶対の憧れ、トップクランという存在。
そこに入りたいと思い、強力な装備を揃え、とびきりのプレイヤースキルを磨き上げ、多くの時間をLiving Heartsに捧げる覚悟を揃えても、まるでまったく足りていない。
もっとも重要なのは、接点だ。
それがなくてははじまらないし、求めて得られるものでもない。
トップクランに入りたいなら、何よりもまず、知り合うきっかけを。
それが成り上がりを目論むプレイヤーたちの共通認識だった。
「無名の奴らはトップクランに自分を売り込むために、朱ちゃんを殺して自分は使えるってアピールすンだよ。無所属のてめェは身軽だし、相手は初心者のよわよわガールだ。こんなにウマい話もそうはねェってところだろうなァ」
「……鉄砲玉志願ってことか、しょうもねぇ」
「言っちまえばお前と同じだわな。“こんなに上手に殺せるよォ”っつって、しっぽ振って仲間に入れて貰うンだぜェ」
「俺はしっぽにゃんか振ってねぇ。リーダーがしつこく誘ってきたから、仕方にゃく入ってやったんだ」
値千金のトップクランとの顔つなぎ。
無名のPKたちはそれを求めて、朱朱朱朱を狩りに行く。
彼女を殺せば自分の有用さをアピールできる。
そのついでに脅迫などして、彼女の裏に誰がいるのかを聞き出せば、トップクランのほうからすり寄ってくるのは確実だ。
そうともなればその情報を交渉材料に、トップクランの末席に身を置くことだって夢じゃない。
椎茸強盗の言う通り、こんなに美味しい話はなかった。
「でもさー、朱ちゃん殺して裏にいるクランに報復されたりとか考えたら、中々できることじゃないよー?」
「いや、そりゃあねェよ。“朱ちゃん殺し”に報復なんかしちまったら、自分が関わってたって大声で言うようなモンだろって」
「んあー、そっか。確かになー。なるほど、それなら裏にいるのが『パラディウム』とか『夜行』だったとしても、安全安心にPKできるワケかー」
「もし朱ちゃんが噂通りに『パラディウム』の関係者なら、そこと対立してる『お菓子の城』に媚び売れる。逆だとしてもおんなじだ。相手が大手なら大手なほど、“朱ちゃん殺し”は得しかねェのよォ」
「もし他のクランだったら? そんな上位勢じゃない、どうでもいいとことかー」
「他のクランが朱ちゃんの裏にいたとしても変わらねェな。朱ちゃんのボス狩りについての情報を持ってるって言えば、『パラ』も『お菓子』も向こうから寄ってくンだろうからなァ」
「あー……そうなー。蒸気工師のこととか、与ダメランキングのこととかなー」
「大手と繋がりを持ちたいザコ共にとっちゃあ、朱ちゃんを殺すってのは、百利あって一害なしだわなァ」
ボスを見つけられたこと。それを倒せたこと。
職業が蒸気工師であること。それで『与ダメージランキング』に名を連ねたこと。
話題に事欠かなく、それでいて一切の情報が出ていない朱朱朱朱という存在は、言うまでもなく昨今のLiving Heartsで一番の有名人だ。
そんな朱をを殺す理由。
朱を殺しても平気な舞台。
その両方は、すでに十分に整っていた。
仮想と言えどもリアルのカネがかかった、欲深き者ばかりの世界だ。
小さな少女の心の痛みより、自分の懐事情を優先して考える者が多いのは、致し方ないところなのだろう。
「って話をな、お前に言うためにわざわざ来てやったんだぜェ」
「……にゃんでそれを俺に言うの? 俺に伝えてどうしたいんだよ」
「……いや別にィ? 一応俺らがしたことだし、そんならお前らにも言っとこうかなァ~って、そう思っただけ」
「…………」
そう言って倉庫の見学に戻る椎茸強盗。
その言葉には一切の誤魔化しもなく、本当に一応伝えただけなのだということは、マツダイにはわかっていた。
自分たちがしたことだから、“どうなったのか”は気にするが、ただそれだけの話でしかない。
その話を聞いて何かをするなんてことは、椎茸強盗もEAKも考えていない。
そしてもちろん、自分もそうだ。朱のために何かをしようなんて思わない。
(……どうでもいい。あいつらとの付き合いも終わったし、俺にはもう関係ねぇ)
それは冷たい考えだったが、そうであるのが当たり前でもあった。
結局のところマツダイたちは、彼女たちをいいように使ったクズなのだ。
朱とスゥが何も知らないのをいいことに、利用しただけの身でしかない。
そんな計画の最中では、予定していた訳ではないものの、結果としてスゥに涙を流させている。
大きなヘビに襲わせて、怖い思いをさせて泣かせてしまったのだ。
それは朱の命を狙うPKと、何も変わらない。
自分たちの利益のために、2人の気持ちを考えず、非道をしたことには変わりない。
そんな自分たちが今になって、彼女たちのために何をするというのか。
こうなった原因を作り出した身で、彼女たちの心配をする権利があるはずもない。
だからそれ以上何も言わず、黙って紅茶をすするだけをする。
長話のせいで冷めた紅茶は、ひどい苦味ばかりを感じた。
「あ、おい見ろよ椎茸ー。ここに何か書いてあんぞー」
「ホォ? なんだこりゃ、きったねぇ字だなァ」
「“ねこさんたちへ。せいり せいとん がんばろうね”……? なんだこれ。書いたのはどっちだー?」
「どっちにしても字はきたねェな。俺のほうがうめェ」
2人の会話に顔をあげ、その手元を見るマツダイ。
布で目隠しをされた棚の上に、何やら紙があったようだ。
ねこさんたち、という複数表現は、きっと自分との会話で『ここを使うのはマツダイや他の猫』と認識したからだろう。
そのうえその口調と、整理をこなしていたことから、それはスゥが書いたものなのだろう。
(……は。何が整理整頓だ。ちょっと掃除ができるからって偉そうに)
とぼけた文の置き手紙。
不思議なことに、それを書いているスゥの姿が、見てもいないのに思い浮かんだ。
そしてその隣でホウキを振り回す、朱の元気な姿も一緒に。
(…………偉そうに……)
そうして浮かぶ、別れ際の2人。
最後までそこぬけに明るかった朱と、困ったように隣で笑うスゥの姿。
そんな2人の行き先には、PKが待っている。
悪意の刃を片手に持った、2人の笑顔を奪う奴らだ。
(……あいつらが、殺されるのか)
本日二度目の、朱とスゥが死ぬイメージ。
一度目は自分が殺すシーンを想像しようとし、けれど途中で止めていた。
そして今は、2人が誰かに殺される姿を思い浮かべて――胸が苦しくなって、止める。
(…………俺には、関係ねぇ)
心の中でそう呟いたマツダイは、倉庫の窓から外を見る。
間もなく日が暮れ、夜になる。
プレイヤーを殺すにはおあつらえ向きの時間だった。
◇◇◇




