侵入、称賛、イカれた距離感
◇◇◇
「猫さん猫さん、あなたが朱たちを助けてくれたんですよね?」
「あ、あの時はありがとうございました」
(なんでコイツらがここに――……いや、とりあえず今は退避だ。別人のフリでやり過ごすしかねぇ)
不意に声をかけて来た、見覚えがありすぎる二人組。
朱とスゥのの思わぬ襲来に動揺したマツダイだったが、すぐに本来の冷静さを取り戻し、ひとまずスルーを決め込むことにした。
触らぬエンジョイ勢になんとやらだ。
「あっ! 猫さん、待ってくださー……」
そうして半分開いたドアにしゅるりと体をすべらせて、クラン倉庫に逃げ込んだ。
突然の奇襲で混乱したが、とりあえずここなら安全だ。
(はぁ……びびった)
モンスターやPKの奇襲には慣れっこだったが、女子に突然話しかけられるのはめったにない。
それがちょっとだけ知り合いで、そのうえかわいいと思っている相手だったらなおさらだ。人生ではじめてと言ってもよかった。
そんな初体験に適切な対応をできた自分を褒めてやりたい心持ちで、ごちゃごちゃに物が詰まった倉庫の室内灯を見上げ、考える。
長い金髪の片方だけを三編みにした妖精種の少女、スゥ・ラ・リュンヌ。
赤髪をサイドテールにまとめた人間種の少女、朱朱朱朱。
なぜか2人とも髪型が変わっているが、言うまでもなくボス攻略で利用した初心者たちだ。
(……つーか、なんだよアイツら。俺を見つけたってどういうことだ)
しかし、どうしたって不思議だった
なぜ声をかけてきたのか? それは自分を探していたからだろう。
ではなぜ自分を探していたのか? それは自分に助けられたからだろう。
ならば、なぜ助けたことを知っているのか。
彼女たちを[アイアタルの眷属]から助けたのは事実だ。
しかしその時はEAKの《闇の霧》が発動していたはずで、暗闇効果で自分の姿は見られていないはず――――
「わー、ここが猫さんのおうちですか?」
(……え?)
「な、なんだか物が賑やかなところだね。猫さんは一匹で住んでるのかな?」
(ちょ、はぁ!? な、なんで普通に入って来てんの!?)
――――不当な侵入!
まるで招かれたような態度で堂々とクラン倉庫に入り込む2人には、流石のマツダイも驚き固まる。
「ちょ、ちょっと、いや、待てよ。お前ら何して……」
「わ! すごーい! 猫さんって喋れるんですか!? 猫ですのにー!?」
「お利口なんだねぇ、それにとっても綺麗な瞳。キラキラしてて宝石みたい。ふふ、イケメンな猫さんだね」
(……は? いや、喋るに決まってんだろ。当たり前だろうが)
――――謎の称賛!!
あたかも幼児を相手にするかの如き上から目線で褒めてくる2人には、流石のマツダイも唖然として口をつぐむ。
「お~よしよし、ちっちっち。かしこい猫さんは朱がこしょこしょしてあげましょう~」
「あ、いいなぁ。私もちょっと撫でてみたいなぁ」
(え、ちょ、なにこれこわい! すげえグイグイ来る!)
――――イカれた距離感!!!
ほとんど初対面の自分に対して無遠慮な手をガンガン伸ばして来る2人には、流石のマツダイもいよいよ恐怖を感じて後ずさる。
「…………ッ」
「あ、逃げないで~、怖くないですよ~」
(やべぇ……マジキチ行為がとめどねぇ。ガチモンの狂人だぞコイツら……)
その2人には、常識も、礼儀も、マナーもなかった。
これではLiving Hearts初心者どころか人間初心者だ。
マツダイは目の前の少女たちの得体のしれなさに、背筋をびびびと震わせた。
その感情を感知したしっぽもぼっこりと膨らんでいる。
「ん……触られるのが嫌いな子なのかもしれないね。朱ちゃん、やめてあげよう?」
「むむむ、残念ですね」
「ごめんね、猫さん。嫌だったね。もうしないよ?」
(いや、何を今更まともなこと言ってんだ……どこで善性見せてんだよ……。現世とズレてるってレベルじゃねぇぞ)
ずいい、と手を伸ばしてくる2人の態度に警戒心を限界突破させたマツダイは、狭い室内できるかぎりに距離を取った。
そして変なところで抜群の気遣いを見せる2人に対し、ことさらに強い恐怖を抱く。
優しさと気遣いはあるのに社会常識だけが欠落しているのは、気味が悪くて仕方がなかった。
「……にゃんだよ、お前ら」
雑に積み上げられたアイテム類のてっぺんに登り、精一杯の疑問を絞り出すようにぶつける。
色んな思いを込めた切実な問いかけだ。
行動やら態度やら、アレやコレの全部が本当に何なんだよ、と。
そんなマツダイの言葉を聞いた朱朱朱朱とスゥ・ラ・リュンヌの2人は、花が咲くような満面の笑みで、元気いっぱいに答える。
「朱たちはお礼をしに来たんです! 助けてくれた猫さんにっ!」
「金色のヘビをやっつけてくれてありがとう、猫さん」
「……金色のヘビって、眷属だろ? どうして俺がアレを殺したって知って――」
「それでそれで、次は何をするんですか!?」
「わ、私、がんばりますっ」
「………………は?」
マツダイの疑問を遮った言葉は、色々わからない中でも一番に理解できないものだった。
次は何をする? 次とはなんだ。次も何もある訳がない。
アレは自分の気まぐれで、物のついでに助けただけだ。それで一切合切が終わりなのだ。
そうだと言うのに、一体何が続くのか。一体何をがんばると言うのか。
というかそもそも、“猫さん”呼びとはどういう了見なのか。
自分の頭上には『マツダイ』というプレイヤーネームがはっきり表示されているはずなのに、猫よ猫よと呼びかけるのはなぜなのか。
そのうえ無遠慮に撫でようとしたり、喋れるのがすごいだのと褒めてみたりと、まるで本当に野良猫でも相手取っているような態度だったのは……一体どういうことなのか。
もう何もかもわからなかった。
どんなPKの急襲にも冷静なカウンターをキメてきたマツダイが、今にあっては初陣に出る新兵のように混乱していた。
「いやぁ~、クエストが進まなくて困ってましたけど、猫さんを見つけられてよかったですよ~」
(……はぁ?)
「そうだねぇ。こうして何をすればいいのか教えてくれるヒトがいるなら、安心だね」
(……はぁぁぁ?)
「ん~? スゥちゃんスゥちゃん、ヒトじゃなくって猫さんですよ~?」
「あっ、そっか。ふふふ、そうだね、猫さんだね」
「いや、お前ら何を言って……」
「ふふん、とぼけなくってもいいですよ、猫さん?」
「あぁ?」
「朱は知っているんです。あの時の金色のヘビは、クエストの“フラグ”というやつだったのですよね?」
「……フ、ラグ……?」
「そう、フラグです! あそこで金色のヘビに襲われることが、猫さんの特別クエストのはじまりだったんです! だから猫さんが助けてくれて、そのあと大きいヘビのお話がはじまったのだと推測しますよ!」
「…………」
「沈黙はイエス! 朱は本でそう読みました! つまり朱の推理は完璧……っ!」
「朱ちゃんはすごいねぇ。私はこうしてゲームするのはじめてだから、全然わからないや」
「ふふん、もっと言って下さい。朱もゲームするのははじめてですけど、こう、勘というのですか? なんだかわかっちゃうんですよねぇ」
「朱ちゃんはすごいね、鋭いね」
(……マジでコイツらは何を言ってんだ? フラグって……なんだ?)
得意満面な顔をする朱と、それを見ながら手を合わせて感心するスゥ。
話がおかしい。何を言っているのかわからない。
根本的な部分が、致命的にズレているような気がした。
「さぁ、猫さん! 次のクエストはなんですか!? 朱はたくさんがんばりますよ~!」
「わ、私もがんばりますっ」
(……フラグ……クエスト……ガチ猫扱い………………って、まさか)
その一言で、マツダイはとある仮説を思いつく。
その仮説は荒唐無稽な話であったが、納得してしまうものでもあった。
そしてついには、そうとしか思えなくなった。瞳孔がきゅっと引き締まる。
(コイツらってもしかして……俺のこと、クエスト用のNPC的なモノだと思ってんのか……?)
普通のゲームには存在していて、このゲームには存在しないモノ
NPC。
それだと誤解されていることに気づいたマツダイは、そこで改めて絶句した。
◇◇◇
VRMMOにおける『インターフェイス』というものは、その取り扱いが非常に難しい。
何しろこのジャンルの売りは『現実的な仮想世界への没入感』であり、それと非現実的なシステムメニューとでは、そこぬけに相性が悪いからだ。
例えばの話。
現実世界ではもう見れない青い空――
人工的なものではない柔らかな陽光――
ゆったり流れる白い雲と、遠くに見える星の影――
そうした非現実的なファンタジー世界の空をうっとり眺めている最中に、『名前が表示された鳥』などが横切ったなら。
言わずもがな、雰囲気はまるで台無しだ。
そんなゲーム的表現を見せつけられてしまったら、没入感も何もありはしない。
誰も彼もが瞬時にゲーム中だと理解させられ、無情に現実へと引き戻されるのだ。
それは大きな問題だった。
ゲームとしての遊びやすさは重要だ。しかしそれを優先したならば、リアルさは薄れて行く。
仮想世界への没入感こそ一番の売りだ。しかしそれを高めて行ったなら、ゲームとしての遊びやすさは消えて行く。
『フルダイブ式VRMMO』の、ゲームとしての機能性と異世界らしさの両天秤。
片方を立てれば片方が立たない行き詰まりだ。
数々のVRMMOがその難題にぶつかり、丁度いい落とし所を探し求めた。
そして答えを出せぬまま、『仕様』という言い訳で乗り切っていた。
VRMMOにおける『インターフェイス』というものは、フルダイブ技術が確立されてしばらく経った今であっても、その正しいあり方を見つけられていなかったのだ。
しかしLiving Hearts開発陣は諦めなかった。
妥協もせず、屈服もせず、より良い形を模索した。
前作プレイヤーからのフィードバック、各種掲示板での歯に衣着せぬレビュー、大手から個人のゲームサイトの総評。
そうしたユーザーの意見を総ざらいし、できうる限りにユーザーが求める形を作り上げようと努力をし続けた。
そうしてついにたどり着いた答え。
それが『表示の選択式』という、ある種の丸投げであった。
何のこともない。
臆面もなく“好きにしていいよ”と言ってのけたのだ。
名前表示で雰囲気が壊れると言うのなら、表示を自ら消せばいい。
とにかくゲームとして遊びたいなら、マップや名前やダメージ等を、好きなだけ表示させればいい。
プレイヤーの数だけ好みがあるなら、各プレイヤーが自由に表示・非表示を選択し、望む形のVRMMOをその手で作り上げればいい。
雰囲気重視も機能性重視も、すべてがプレイヤーの思うまま。
それがこのLiving Hearts運営の出した、"より良いVRMMO案" だった。
そのシステムの正式名称は、『FUI』。
『フリー・ユーザー・インターフェイス』と言う。
それによってプレイヤーは、名前の表示・戦闘ログ・ダメージ表示・音声を文字で保存するチャットログ・視界内に写せるミニマップetc……それらすべてのON / OFFを自身で設定できるようになった。
雰囲気だゲーム性だ世界観だと我儘ばかりなプレイヤーたちは、自分好みのVR体験を、自らの手で作れるようになったのだ。
◇◇◇
「さぁさぁ、何でも言ってください! 朱は何でもしますよ!」
「わ、私もがんばりますっ」
(……コイツら、プレイヤーの名前を表示してないのか)
そんな『FUI』でON / OFF可能な項目には、当然モンスター名の表示も、そしてプレイヤー名の表示も含まれる。
そしてまた、究極の疑似体験を謳うLiving Heartsでは、基本的に雰囲気重視を推奨していた。
つまり初期設定ではゲーム的なモノの全部が非表示であったのだ。
それを踏まえた上でマツダイは考える。
恐らくこの初心者2人は、名前表示をイジっていないのだろう、と。
「あ、でも……何でもって言っても、え、えっちなのはだめですよ……? そういうのはスゥちゃんが担当なので……」
「えぇっ? あ、朱ちゃん、どうして? そ、そんなの私だって……い、いやだよ……」
「でもスゥちゃん、すごい格好してたじゃないですか? 朱はあれを思い出すだけで、顔がぽっぽと赤くなってしまうんですよ……?」
「だ、だからあれはわざとじゃなくって! なんだか勝手にエッ…………ハ、ハレンチな感じになっちゃっただけだからぁ……っ」
(俺の名前が見えてないから、プレイヤーだと気づいてない……いや、そもそもプレイヤーとモンスターの区別もついてねぇ可能性まである)
プレイヤーとモンスターの混同。それは確かにあることだった。
それこそマツダイのような異形種プレイヤーにとっては、日常的なイベントと言っていいだろう。
それはもちろん化け物じみた姿が一番の原因ではあるのだが、それ以外にも『異形種は珍しいから』だったり『そもそもの仕様的にプレイヤーとモンスターの違いがわかりづらいから』であったりと、様々な要因があってのことだ。
しかしながらこの件は、そんなあるある話ではない。
黒猫な見た目のマツダイは、『敵キャラとしてのNPC』――いわゆるモンスターと間違われるのではなく、この世界に存在しない『味方キャラとしてのNPC』に間違われているのだ。
そんな話は最初期組であるマツダイだって一度も聞いたことがないし、誰かに聞かされても鼻で笑ってしまうほどとんちんかんな出来事だと言わざるを得ない。
それこそあまりに馬鹿馬鹿しすぎて、どう対処すればいいかもわからなくなってしまうほどに。
「……でもスゥちゃん、言ってたじゃないですか?」
「な、何を?」
「"《変身》を使えばなりたいものに変身できるらしいの~" って、そう言ってましたよね?」
「う、うん。ゲームを始める時に、そう言われたよ?」
そうして考える猫マツダイは、自力で辿り着く。
目の前の初心者たちがプレイヤー名を表示させていないという可能性に。
そうした理由で自分を『ゲームに出てきた喋る猫』と認識しているのだろう、という答えに。
そして、それを踏まえて結論を出した。
「じゃ、じゃあやっぱりあのえっちな姿は、スゥちゃんのなりたいものなのでは……!?」
「ふぇ!? ち、ちちち、ちがうよぉ!」
(コイツら、ホームラン級の馬鹿だな)
黒猫の冷えきった視線にも気づかず、初心者2人はキャッキャウフフと明るい声をあげていた。
◇◇◇




