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少年兵は夢を見ない  作者: 盲目の天使
7/12

誓い

その日は塔に向かう足取りが重かった。

 訓練でウィングに言われたことが小さな少年の体を駆け巡っていたからだ。

 自分が今までどれくらい甘ったれていたのかを身をもって知った。

 疎かにしてきた物事をこれから取り戻していかなくてはいけないことは、とてつもなく途方に暮れそうなほど、少年の心を打ちのめした。

 ツケが回ってきたのだ。

 自分を大事にしてこなかったこと。生きるということを諦めていたことの。

 アルはライザがいる部屋のドアノブを掴む。

 この扉を一枚隔てた先に彼女がいる。

 今日は楽しくお喋りが出来ない気がした。

 ギィ、と力なく鳴る扉は、まるでアルの心情を表しているかのような音だった。

 

 「アル?」


 アルはいつものように窓辺に寄り添っているライザの隣へと腰を下ろした。

 隣に座るライザは月明かりに照らされて金色の粒子がきらきらと宝石の様に輝いてとても美しい。天使の髪だ。

 

 「アル、今日はなんだか元気がないみたい。何かあったの?」


 ライザは優しく訊ねる。アルはそのあまりにも優しい声に泣きそうになる。

 彼女を前にすると、身分等関係なく、気が緩んでしまうのだ。彼女は全てを包み込む強さと優しさを持っている。

 張り詰めていた心は段々と落ち着きを取り戻していく。

 

 「姫様、大変申し訳ございません。花冠はもうしばらく時間がかかりそうです」


 「そんなの全然いつでもいいのに。なぁに、花冠が出来なかったからそんなに落ち込んでいるの?」


 ライザはクスリ、と笑う。


 「いえ…。それもそうなんですが…。本日訓練中に言われた一言で、自分が今までどれくらい甘えて生きてきたかを思い知ってしまい、恥ずかしくて…。」


 アルは弱音なんてライザに吐くつもりは一ミリも無かった。無理をしてでも作り笑いをして、楽しくいつものようにお喋りをするつもりだった。

 けれど、いざ彼女を前にしてしまうと、きつく縛っていた紐がするすると解けていくように、心が口を伝って溢れ出た。

 ライザの優しさに甘えてしまう。縋ってしまう。

 アルはダメだと分かっていても止めることなんて出来なかった。


 「姫様、私は来月騎士昇格試験というものを受けます」


 「騎士昇格試験?なぁにそれ」


 ライザはこてんと可愛らしく首を傾げる。


 「騎士昇格試験というものに受かれば私はこのエーミールの国を守る少年兵から城を守る騎士へとなることが出来るんです。騎士は城に駐在していていつでも駆けつけることが出来ます。だから姫様と一緒にいられる時間が、えぇと、その…。」


 アルは何故か騎士昇格試験の説明をしていたはずが、いつの間にか、どうして試験を受けるのかについての理由を口を滑らせてしまいそうになっていたことに話しながら気づいた。

 騎士になればライザと一緒にいられる時間が増える、ということはなんとなく言いにくかった。そんな烏滸がましい気持ちを自分が持っていると知られたくなかった。

 そもそもライザと話す任務が与えられた目的は、目が不自由になったライザの単なる暇つぶしの相手で、優しいライザはそれに付き合わされているに過ぎないのだ。

 本当はアルという話し相手なんていらないのかもしれない。楽しく思っているのはアルだけで、ライザは違うかもしれない。

 アルは一度不安がよぎってしまってからはまた口を閉ざした。

 勝手に思い上がって馬鹿みたいだと思ったからだ。

 けれどライザは、胸の前で手を合わせ、


 「もしアルが騎士になったら今よりも一緒にいられる時間が長くなるってこと?!」


 と、興奮して喜んだ。


 「そしたら花冠をつくってきてくれることよりも嬉しいわ!ねぇ、その試験はどれくらい難しいの?!あっ、でも試験があるということは勉強しなくちゃいけないのよね?!私のところになんて来てて大丈夫なの?!」


 矢継ぎ早に質問してはコロコロと花のように表情を変える彼女に、アルは一瞬だけ呆気にとられ、そして


「ふっ、あははははっ‼︎‼︎‼︎‼︎」


 思い切り笑った。

 

 体を蹂躙していた不安はいつの間にか消えていた。体は軽く、心は窓から覗く夜空のように晴れやかに澄み渡っていた。

 不思議だ。ライザの言葉には人を元気にさせる魔法でもあるのだろうか。


 アルは再び強く思った。


 ライザの側にもっといたい。ライザを守る騎士になりたい。


 アルは先日花瓶に挿したフルムーンを手に取った。

 荒れたモノクロの部屋を少しでも彩るために緑の再生魔法を使って再生させた花だ。

 

 「急に笑うからびっくりしたじゃないの!私なにかおかしなこと言ったかしら?」


 急に笑い出したアルに困惑するライザの手を取って。


 「いいえ。姫様。ただ私が勝手に嬉しくなっただけです」


 フルムーンの花をその白く、細い指に巻き付け、結んだ。

 フルムーンの花の指輪だ。


 「今はまだ冠なんて立派なものはつくれませんが、この指輪が今の私の精一杯です。この指輪に誓います、私は必ず騎士昇格試験に合格し、あなたのお側にいられるよう努めます。貴方に忠誠を」


 アルは跪いてライザに忠誠を誓った。

 これからは部屋ではなく、彼女を暗闇から救える彩になりたいと、アルは心から思った。



 

 

 


 


 


 

 

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