無力
ウィングとペアになってやった剣技の訓練は散々なものだった。
体格差を言い訳にするわけではないが、それでも小柄で華奢というのはかなりのハンデだった。
アルはまだ齢13歳の少年だ。けれど、いつ死ぬか分からない軍のなかではそんなことなど関係なかった。
軍に属していれば大人も子供も関係ない。皆、平等にこのエーミールの国を守る軍人なのだ。
お国のために命を捧ぐ。
弱いものから死んで、無能なやつから死んでいくのは自然の摂理だ。
アルは自分がいつ死んでもいい心持ちで日々を過ごしていた。自分の死が簡単に受け入れられるくらい、簡単に自分の死体をイメージできるくらいには死を恐れてすらもいなかった。
どうせ生まれたときから孤児で、親に愛されなかったいらない子で、国のために死んでいく。
運命を受け入れてさえ生きていけば、少しは楽に生きられる。
受け入れるということは諦めるということ。
アルは13年の人生を全て受け入れて生きてきた。
けれど。
最近は死が身近で、なによりも怖い存在になってしまった。
ライザのいるあの寂しい月明かりに照らされた塔への道を歩けなくなるのは、ライザの夜風に靡く金の粒子を纏った髪を、口許の笑みを、歌声を、ライザに会えなくなることが怖くなっていた。
その恐怖を一心に感じてしまった瞬間アルは、軍人としてあるまじき死を恐れる心を持ってしまった。
「ウィング‼︎‼︎」
アルは固い訓練場の地面に倒れたまま、次の対戦相手を探しに行こうとしていたウィングを呼び止めた。
「んだよ、アル。医務室くらい一人で行けんだろ?」
「そうじゃなくて‼︎もう一回僕と一戦して!」
アルは切れた唇を手の甲で拭った。
体は痛みに悲鳴をあげていたが聞こえないフリをした。なんとか力を振り絞り立ち上がって、まっすぐにウィングを見据える。
少しでも強くなりたかった。強くならなくてはいけなかった。
自分の運命に抗うために。抗えられるほどに強くなりたくなった。
もう受け入れることで諦めることをやめたくなった。
ウィングは進んでいた足をアルの方へと戻した。
「お前なぁ…。自分の姿を見てみろよ、ボロボロだぞ?運んでやるから医務室行くぞ」
「痛くないから平気。それより早く剣技の訓練をしよう」
「わがまま言ってねぇで行くぞ」
「お願いウィング!僕強くなりたいんだ!」
アルの叫びはウィングの拳によって止まった。
思い切り顔面を不意打ちで殴られたアルは再び地面へと倒れ込んだ。
殴られた衝撃に反応する暇さえなく、背中にウィングの足が勢いよく降りかかる。
大男の足だ。質量はそれなりにある。ウィングはアルの背中に徐々に体重をかけていく。
ミシミシと、嫌な音がアルの耳に響いた。
「今まで散々生きることを、生きようと努力して来なかったクソガキが今更何言ってやがる。自分一人だけが不幸背負ってる顔して、仕方なく少年兵をやってるみてぇな顔して、今日まで訓練を疎かにしてきた奴が今更何言ってやがる?!強くなりたいだぁ?!笑かすな‼︎強くなりたきゃ貴重な休み時間に花冠なんてつくんじゃねぇよ‼︎目が見えなくなった、クソの役にもたたねぇ女に現なんか抜かしてんじゃねぇ‼︎」
ウィングはアルの背中を思い切り蹴る。蹴り続ける。
ウィングの容赦ない蹴りと言葉にアルは13年の人生を思い返していた。
全てを受け入れてきた少年は生きるための努力をしてこなかった。
いつ隣国と戦争になってもおかしくないなか、いつ戦死するかもわからないなか、アルはただただ全てを受け入れていた。
受け入れて、諦めて。
どうせ死ぬのなら訓練をするだけ無駄だと、そう思っていた。
頑張って訓練をして戦争に駆り出されて死んで。先は見えているのに何故訓練をしなくてはいけないのか、理解できなかった。
けれど。それは。
遅すぎるかもしれないが、今ようやく、やっと気づいた。
ライザのおかげでやっと気づくことが出来たのだ。
皆生きるために努力をしていたのだ。死なないように、自分の運命から抗うように、抗えるだけの力をつけられるように、必死に訓練を行なっていた。
誰かを守れるように、懸命に生きていくために、強くなるための訓練を真摯に受けていた。
それに比べ、アルはしてこなかった。自分の人生を諦め、全てを受け入れることで生きることから逃げていただけだ。
ウィングに蹴られた背中が痛い。鈍くなっていた心は傷つき始める。
ようやく止まっていた心の時間が進み始めた気がした。
「泣くくらいなら早く死ね」
ウィングはそう吐き捨てるように言うとどこかへ行ってしまった。