幸せな記憶、象徴
アルはライザのことを考える時間が日に日に増えていった。
前までは身分ある姫と、ただの孤児の少年兵が軽々しく口を利いて、しかも対等な話し相手になっていいものかと、なかば自虐的で、けれど当たり前のことを考えるばかりであった。
けれど。
今は。
純粋に彼女と話すことが楽しくて、彼女と話している時間だけが唯一の安らぎであった。
彼女に会えばどんな辛いことも、理不尽で過酷なことも乗り越えることができた。
彼女ともっと一緒にいたい。そのことだけがアル少年の心を支配していた。
まだ幼く、人生経験を積んでいない少年はその気持ちが恋であることに気づいていない。
訓練の休み時間は一日を通して一時間しかない。
アルは五分で質素な昼食を済ませ、訓練場の裏にある森へと、人目を盗んで向かった。
ライザに花冠を作ってやると約束をしたからだ。
アルは決して器用ではない。
その不器用さゆえ、トロく、簡単な訓練さえもこなせない。
要領が悪く、人を苛つかせてしまうアルはいつの間にか自分から何かを積極的にやろうという気持ちがなくなっていた。
どうせ自発的に動いたところで人を苛つかせ、足を引っ張る。
常に死と隣り合わせのこの環境ではいずれ誰かを死なせてしまうかもしれない。
ならば。
人形のように、ひたすら言われたことだけを全うし、自分で何かを考えることをやめ、全てを受け入れよう。
そう思っていた過去の彼はもうどこにもいなかった。
いるのは、たった一人の少女の笑顔を見たいと願う、歳相応の男の子だった。
森には色とりどりの綺麗な花が咲いていた。
エーミールの国は一年を通して気候がよく、様々な品種の花が咲き誇るため、別名花の国とも呼ばれている。
アルは色とりどりに咲く花を目前に、どの花で作ればいいのか困惑した。
そもそもライザの好きな色を知らなかった。
いつも話しているのに彼女の好きな花も色も知らなかった。
こんなことになるなら聞いておけば良かった。
アルは散々悩んだが結局、目を瞑って彼女を連想したときに浮かんだ色の花で冠を作ることにした。
ライザを連想させる色は白。
純真無垢で、綺麗で、一人でも強い人。
彼女はそんな人だ。
白い綺麗な花を摘むと、さっそく編み始める。
アルは13年の短い人生のなかで誰かに花冠を作ったことが一度もない。
ライザは花冠を作るのが得意だと語っていた。そう語る彼女の口許は幸せな笑みだった。贈る相手は彼女の愛する家族だったのであろう。
花冠はきっと、彼女のなかでは幸せだった頃の記憶、幸せの象徴なのだ。
アルは懸命に、慣れない手つきで冠を編み続ける。
過去の幸せな欠片を繋げるように。
彼女の記憶のなかの幸せを手繰り寄せるように。
願わくば。
彼女の幸せな記憶の一部になれますように。
アルは想いを花に託して紡げた。