盲目の天使
ここ数日でわかったことが三つある。
まず一つ、ライザはとても歌がうまい。二つ、幽閉されていること、自分が城の者たちに厄介払いにされていることに気づいていない。その三、ライザは城の外のことについてなにも知らない。
今戦が始まろうとしているこの国のことをなにも知らない彼女は今日も呑気にアルと楽しく話をしている。
夜の窓辺で二人、夜風を感じながら話すのがアルとライザの日常の一部になっていた。
「お姫様はいつから目が不自由なのですか?」
「三年前からよ。だんだん視界が霞んできて、でも今お医者様が懸命に治療をなさってくださっているからこんなのすぐ治るわ!お父様もお母様もお姉様もお兄様もそう言ってたもの!」
「寂しくはないのですか?」
ライザは人差し指を口許に添えるとうーん、と熟考する。
最近気づいたことがもう一つ。
ライザは何かを考えるときには決まって口許に人差し指を添えるのだ。
「前は寂しかったけれど、お父様が目が見えない私のために広い部屋やたくさんのプレゼントを下さったし、平気よ。今は見えないけれど、素敵なお部屋だってお母様もおっしゃっていたから、目が見えるようになったときが楽しみだわ!」
アルはそうですか、とだけ相槌を打って静かに部屋を見回した。
ベットの脇に置かれたテーブルの上の花瓶の中の花は萎れ、原型を保っておらず、カーテンはびりびりに破れている。
床も天井も薄汚れていて、この部屋の中にはよほど素敵だと言える要素が何一つ見当たらなかった。
ライザは自分が要らない存在になったことに微塵も気づいていなかった。否、気づくはずもない。
盲目の彼女は見えていない現状よりも、見えていた過去を大事に手繰り寄せ、信じ続けていた。
それはとても健気で、胸が締め付けられそうなくらい、可哀想だった。
ライザはでもね、と続けた。
「今はあなたがいるから寂しくないわ」
そう言って微笑む彼女は。
荒れた部屋で信じたいものだけを信じている彼女は。
一切の疑いを知らず、見えない今日に臆することもなく、純真に、純粋に笑って見せた。
その表情を見てアルは何も言わなかった。言えなかった。
今この国が不安定であり、いつ隣国と戦争が始まってもおかしくないということ。
民から多額の税を搾り上げていること、それに伴い民からたくさんの反感を買っていること。ライザがもしかしたら隣国との戦争に利用されるかもしれないこと。ライザがこの国にとって要らない存在になったこと。本当はもう家族から見放されて、愛されていないこと。
そのどれもを口にすることなんて出来なかった。
何も知らない、知り得ない少女は今日も綺麗な歌声で歌う。
何かを祈るように。何かを願い訴えるように。
祈りに似たその歌が届くことはないと知っているのは、この荒れた部屋でただ一人、アルだけだった。
どうしようもない感情がアルを絡めとって、やがて眼球を伝ってその感情が零れ落ちる。
不謹慎にもライザの目が見えなくて良かったと思った。
こんな泣き顔を見られなくて良かった。
アルはライザの歌を静かに聴きながら肩を震わせた。
両手を胸の前で組み、澄んだ夜空に祈りを捧げた。
この少女がどうか幸せになりますように。