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28・モフモフわんこと招かざる客

「お客さん……」


 ダンジョンマスター生活四十二日目。


「うちを気に入ってくれたのは嬉しいし、あんたは若いから油ものが欲しい気持ちはわかるけど、ちょっと食べ過ぎなんじゃないかねえ」


 タロ君と商店街へお散歩に来ていたわたしは、お肉屋さんにしみじみと言われた。

 確かに少し食べ過ぎだったかもしれない。

 初めての日から今日まで、毎日コロッケと唐揚げを買いに来ている。ハマってしまったのだ。


 このお肉屋さんのコロッケは、いくつかバリエーションがある。

 曜日や仕入れの状況によってメニューは変わるのだった。

 昨日は初めて食べたカニクリームコロッケがあまりに美味しかったので、ダンジョン前に食べてから帰る前にも買って帰った。残念ながら今日は普通のポテトコロッケとかぼちゃコロッケだけだ。


 かぼちゃコロッケも好きなんだけど、ダンジョン前に食べたから涙を飲んで諦めよう。


「……今日はヘルシーな鶏肉にします」

「それがいいよ」


 チキンカレーを作ろう。

 じゃが芋ニンジン玉ネギは家にまだあるので、付け合せ用にカリフラワーとブロッコリーを買って帰る。カレー粉は前の買い出しで購入したのがまだひと箱あったはず。

 今朝大家さんにもらったナスもカレーに入れようかな。


(タロ君、今日はカレーだよ)

(やっとかあ……)


 そういえば前に、味見だけじゃなくカレーが食べたいっておねだりされてたっけ。

 コロッケと唐揚げのあまりの美味しさに、すっかり忘れてた。

 ……カレーは大目に作って、明日はコロッケ、明後日は唐揚げを載せて食べようか。


(もちろんタロ君も食べていいからね)

(ん)


 嬉しそうな念話が帰ってくる。

 わたしとタロ君と『隠密』で認識を阻害しているボタンは、幸せな気分で家路についた。

 ゴーストからレイスに進化したボタンは炭酸水などの飲料だけでなく、スープやカレーのようにドロッとした食べ物からも魔力を吸収できるようになっていた。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「わ!」


 ひとり暮らしには大き過ぎる、実家の不用品を押しつけられた大鍋いっぱいにカレーを作ったわたしは、振り返ろうとしてかかとにモフモフを感じた。


「タロ君」

「ん……」


 タロ君は寝ぼけ眼でアクビを漏らす。

 わたしが料理をしている間、背後にぴったりくっついていたのだ。真朝ちゃんが来る前にカレー作ってたときもそうだったんだよね。

 可愛いけど、危ないのでもうちょっと距離を取って欲しい。


「寝てたの?」

「寝てた……ふわあ……あ」


 わたしに答えて、タロ君はもう一度アクビを漏らした。

 それから怪訝そうに玄関を見る。

 だれか来たのかな、と思っていたらノックの音。


「はーい」


 扉を開けると長い黒髪の美女が立っていた。


「うふふ。来ちゃった」


 玲奈ちゃんである。

 雨崎玲奈ちゃん、わたしの親友だ。

 地元のかなり優秀な人しか入れない女子大学に通っている、大病院のお嬢様。十二歳歳の離れたお兄さんがいる。


「間に合ってます」


 わたしは玄関の扉を閉めた。


「ちょっとちょっと晴ー!」

「来るなら来るで、なんで昨日のメールででも言わないの!」

「驚かせようと思って」

「わたしが旅行でいなかったらどうする気よ」

「晴こそ旅行に行くのなら教えてほしいわ。というか、今のあなたがタロ君と離れて旅行に行くとは思えないわよ」

「わふ!」


 タロ君はドヤ顔だ。

 そりゃまあ、今の可愛い盛り(たぶん一生可愛い)のタロ君と別れて旅行なんて、一億円もらっても嫌だよ。……大学でタロ君連れ込み許可取れないかなあ。

 わたしは溜息をついて、再び玄関の扉を開けた。


「いらっしゃい。今日泊まるの?」

「ええ、いいかしら? それはそうと、この匂いはカレー? 真朝が晴のカレーを食べたと言っていたから、私も久しぶりに食べたいと思っていたのよ」


 泊められないと伝えたら、素直に隣町に住む伯父さん夫婦の家へ泊まりに行くだろう。

 伯父さん夫婦には実子がいないため、昔はお兄さんが結婚して跡取りが生まれたら、姪の玲奈ちゃんを引き取りたいと言っていたそうだ。

 お兄さんに結婚の気配がないので話は進んでいないが、心の中ではもう娘だと思っているようで、ご夫婦ともに玲奈ちゃんへの溺愛が激しい。わたしも何度か目撃していた。


「どうぞ。付け合せはカリフラワーとブロッコリーよ」

「ありがとう。真朝にお勧めされたケーキ屋さんでゼリーを買ってきたから、食後に食べましょう?」

「昨日言ってくれてたら客用布団(という名の冬場の掛け布団)洗って干しておいたのに」

「ごめんなさい。晴の驚く顔が見たくて」

「はいはい」

「わふわふ」


 タロ君とわたしは、玲奈ちゃんを迎え入れた。


 ──まさか彼女があんな話をするなんて、このときのわたしは想像もしていなかった。


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