22・モフモフわんこと帽子を配るよ!
「わふ!」
「大家さん」
「あら晴ちゃんタロ君、なぁに?」
いつものように家庭菜園の世話をしている大家さんに声をかける。
「いつも美味しいお野菜ありがとうございます」
「わふわふ!」
「あらあら、年寄りの趣味の押し付けを喜んでもらえて嬉しいわねえ」
「押し付けなんかじゃありませんよ」
「わふふう」
「うふふ。……あら晴ちゃん、新しい帽子?」
「あ、そうなんです。これ、自分で作った帽子で」
「晴ちゃんは本当に器用ねえ。春人君と冬人君、あのマントとっても気に入ってるみたいよ」
そう言ってもらえるのは嬉しいけれど、罪悪感も沸く。
針と糸を駆使して裁縫で作ったんじゃなくて、MPを注ぐだけの特殊スキルで作ったものなんだよね。
「えっと……そ、それでですね。あのマントを作ったときの素材が余ってたのを組み合わせて帽子を作ったんです。良かったら……」
「え、私に?」
「はい」
「わふ!」
紙バッグからモスグリーンの帽子を取り出して、大家さんに渡す。
わたしと同じデザインだが、付与効果は違う。
大家さんが前に好きだと言っていた深みのある緑にしようと悪戦苦闘していたら、植物属性の初級植物魔法が付与されてしまったのだ。苺を作るときに使っている腕輪と同じヤツである。
スズランが護衛しているとはいえ、意識的に使わなくてはいけない魔法スキルなので威力を発することはないと思う。
付与効果を発動しなくても、着用していると夏場は闇の魔気で涼しく冬場は大地の魔気でほんのり温かく感じるはずなので、帽子としての性能は高い。
「ありがとう、晴ちゃん、素敵な色合いだわ。被ってみてもいい?」
「あ、はい、どうぞ」
大家さんは麦わら帽子を脱いだ。
といってもついているゴムひもが首に引っかかって、麦わら帽子が背中にぶら下がってる状態だ。
緩くなったゴムひもだから大丈夫だとは思うけど、ちょっとドキドキする光景だなあ。
「あらあら」
わたしが渡した帽子を被って、大家さんが目を丸くした。
スズランがそっと近づいたので、帽子のサイズは大家さんにぴったりになっている。
「春人君達に聞いてたけど、本当に被るだけで涼しい素材なのねえ。……うふふ」
大家さんはイタズラな笑みを浮かべると、モスグリーンの帽子の上に麦わら帽子を被せた。
「日光で色褪せちゃったら悲しいから、夏の間はこうして使いましょうか。でもせっかくの素敵な色とデザインだから見せびらかしたいわねえ……町中の日差しが強くないところへ出かけるときに使わせてもらうわね」
「はい、使ってください」
「わふわふ♪」
大家さんに別れを告げて葉山家に向かう途中でタロ君が、
(大家、すごく喜んでる匂いがしたぞ。後ちょっと照れてた)
と教えてくれた。
気に入ってくれたなら嬉しいな。
まあ、百パーセントわたしの作品とは言い難いんだけどね。どこにMPを注入したかで勝手に変わってっちゃうから。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「卯月さん、どうぞ」
「いただきます」
葉山家に帽子を届けに来たら、梅サイダーと梅ゼリーをご馳走になることになりました。
毎年葉山家のお父さんが手作りしている梅のジュースで作ったもので、去年もなにかのときご馳走になったっけ。
どっちも美味しい。ゴーストの闇の冷気を浴びていても汗ばむ夏の体がすっきりする。
ヒマワリとアサガオは交代で葉山家のお父さんの護衛をして外出しているので、今葉山家にいるのはどちらか一体とわたしが連れて来たボタンの二体だけだ。
今日はアサガオが留守番かな?
『隠密』で姿を消して(認識を阻害してるだけ?)いても、なんとなく気配でわかる。
「わんわん!」
「わんわん!」
「わふわふ!」
ハル君ふー君は帽子を被って、タロ君と一緒にわたしの周りを走っている。
ふたりの帽子の色と付与効果はマントのときと同じ、ハル君は赤みの強いオレンジでふー君は淡いパステルグリーン、ふたりとも付与効果は光属性の『活性化』だ。
タロクンジャーレッドとグリーンというわけである。
「ふたりとも、お家の中で走り回っちゃダメよ」
「タロ君もだよ」
「「はーい」」
「わふー」
ふたりの帽子は最初に作ったデザインのまま、犬の頭そのものだ。
「わんわん」
「わんわん」
「わふわふ」
走るのを止めて座ったふたりと一匹は、楽しそうに鼻を突き合わせている。
ふたりは脱いだ帽子の鼻、タロ君は自前の鼻だ。
「ありがとう、卯月さん。私も羽織ってみたから、あのマントが涼しいのはわかってるんだけど、やっぱり見た目で暑そうに思う人もいるみたいで」
夕飯の買い物やちょっと遠くの公園へ遊びに行ったとき、怪訝そうな顔をされていたのだという。
「考えなしに渡しちゃってすいませんでした」
「卯月さんが悪いわけじゃないわ。すごく気に入って、毎日どこへ行くときにも着たがるのはうちの子達なんだから。……あの、今回は私までもらっちゃっていいの?」
葉山家のお母さんにもわたしや大家さんと同じデザインの帽子をプレゼントした。
クリーム色で、付与効果は葉山兄弟(小さいほう)と同じ光属性の『活性化』。
「もちろんです。いつもパンの試作品をいただいてるお礼……あ、お父さんの分はないんですけど」
「いいのよ。本当は被ってもらいたいけど、夏樹さん帽子は好きじゃないの」
「そうなんですか?」
「小まめに水分は取ってるし、今まで熱中症になったこともないんだから心配するなって言われてるんだけどね」
それでも心配なのだろう。
葉山家のお母さんは溜息を漏らした。
それから、ちょっと申し訳なさそうな顔でわたしを見る。
「材料費や手間賃は……」
「いいですいいです。わたしが勝手に持って来たんですし、いつもパンの試作品をもらってるんですから。マントの代金だって、本当はいただくようなものじゃ……」
もらえて、すごくありがたかったですが。
今から鷹秋さんに返そうにも、かなり使っちゃってるんですが。
「あら、そういうのはきちんとしなくっちゃ」
「今回は本当にいいんです。前の材料の残りで作ったので」
「そうなの? じゃあ今回は甘えておくわね。……あの、図々しいとは思うのだけど、鷹秋君の分を作る材料は残ってないのかしら?」
「あ、鷹秋さんの帽子はもう作りました」
「え?」
葉山家のお母さんの顔がぱあっと明るくなる。
「なに卯月さん。鷹秋君のこと名前で呼んでるの? いつから?」
「この前お電話をいただいて、そのときからです」
「あらまあ、そうなの。ふーん、そうなんだー」
わたしが鷹秋さんと電話していたときフヨウから感じた楽しげな気配が、葉山家のお母さんからも漂ってくる。
「鷹秋君も卯月さんのこと名前で呼んでるの?」
「はい」
「ふふふ、そうなのねー。鷹秋君は無口で無愛想に見えるけど実際は天然でぼーっとしてるだけで、家事もできるし春人達にも優しい良い子なのよ」
葉山家のお母さんとお父さんは幼なじみなので、節子さんは義弟の鷹秋さんのことを子どものころから知っているのだという。
でも鷹秋さんが無口で無愛想だという印象はないな。
もしかして、葉山家の隣人であるわたしには無理してフレンドリーに接してくれてたのかもね。
……いや、葉山家じゃなくてタロ君のためかな。
可愛い犬をなでなでしたければ、まず飼い主に挨拶しろってヤツ。