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17・モフモフわんこと恋する男(鷹秋視点)

 やっと待機生活から解放されると思っていたのに、『モンスター』ことアーサー・フォッグが二日続けてダンジョンに来ることはなかった。

 どうやら体調が悪いらしい。

 昨日のダンジョンでの様子から考えて、アーサーのモンスター化はかなり進行しているようだ、と葉山鷹秋は思った。


 同盟国は公表していないが、日本も独自に情報を入手している。

 モンスター化の呪いにかかったものは、最終的に理性を失い暴れ回る狂人になる。北欧神話に出てくるバーサーカーのように。

 それを防ぐ方法はまだ見つかっていなかった。


 同盟国には研究用としてポーションやミドルポーションを送っているが、数が限られた貴重な消耗品だ。

 ダンジョンでドロップされた品物はこの世界の科学では測定できないとわかっていても、ひと通りの検査をしているのだろう。

 実際に呪われた人間に投与されるのは、まだ先の話に違いない。むしろ効果が証明されたら、作られたヒーローである『モンスター』ではなく金と権力を持つ上流層に流れてしまう可能性も大きかった。


「アキー、帰りに居酒屋でも行かない? 俺の仕事手伝ってくれたお礼に奢るよ」


 高校時代からの親友平野風太に言われて、鷹秋は首を横に振った。

 アーサーはDSSSと同じホテルに泊まっている。

 朝、ホテルの部屋に迎えに行って、彼を監視しているソフィア・カロンに事情を告げられたので、今日は連絡を待つこともなく同僚の風太の仕事を手伝っていたのだ。


「さっき義姉さんからメールが来た。兄と出かけている間、甥っ子達を見ていてくれとのことだ」

「へーえ。そんな急に頼んでくるなんて珍しいね。もしかしてお兄さん事故に巻き込まれた?」

「……晴さん絡みかも……」

「ん?」

「いや、兄が事故に遭ったというわけではないと思う」

「ハルさんって、一昨日ギルドにフォッグさんを案内してきた女の子のこと? 前にアキが早帰りしてたとき、ギルドの前で会って一緒に歩いてたのもあの子だよね」

「フータ、なんで……」

「窓から見てた」


 民間開放に向けてDSSSは忙しい。

 今日もアーサーが来ないとわかった時点で、このふたり以外のメンバーはほかの仕事で『ダンジョン冒険者協会(ギルド)』を離れていた。

 今はある事情があって、過疎化して無人となった島にできたダンジョンの調査に多くの人員が割り振られている。


 定時は近く、今日の仕事は終わっている。

 仲の良いふたりが無駄話をするのには良い時間だ。

 昼休みも一緒に近くの定食屋に行ったのだが、そのときはお互い食べるのに夢中だった。大盛りでお代わり自由なのが売りの店なのだ。


「んーまあ、そうだ。兄夫婦の隣人なんだが、義姉さんが俺とくっつけようとしてお節介してくるんだ」

「俺らアラサーだもんね。うちの弟も見合いでもなんでもして早く結婚しろってせっついて来るよ。俺は魔法使いになるために、三十過ぎるまでは二次元の嫁しかいらないって前から言ってるのに」


 そういうことを言うから余計に弟が心配するのではないかと鷹秋は思った。考えてみると自分が心配される理由にも心当たりがある。

 鷹秋は女運が悪い。

 大体向こうから交際を申し込まれ、興味がないと断っても粘られ、根負けしてつき合い出すと数週間か数ヶ月で浮気され、理由を聞くと「私を放置したあなたが悪いのよー」と逆切れされて破局にいたる。それが高校時代からの黄金パターンだ。


「DSSSに転職してからだから一年半くらい? そんなに長期間アキがフリーなのって初めてじゃない?」

「そうだな。DSSSだと合コンに誘われたりしないからな」


 前の職場(自衛隊)では興味がなくても先輩後輩のしがらみなどから断れず、何度か合コンに足を運ぶことになってしまった。


「公務員は人気だったよね。それにアキは天然でぼーっとしてるから、強引に行けば思い通りになるだろうなんて思うヤバイ女子に目をつけられやすかったんだよ。アキが最後につき合った子が乗り換えた相手が当時の上官だったのには驚いたけどねー」

「もう別れたらしい。この前元上官がお中元でA5牛肉を送ってくれた」


 などと話している間に定時を告げるチャイムが鳴り響いた。

 本格的に民間開放が始まったら、おそらく定時では帰れない。

 予想外のさまざまな問題がDSSSに襲いかかり、帰宅時間を伸ばすだろう。


「じゃあ帰りますか。今のうちにのんびりしとかないと」

「また誘ってくれ」

「うん。フォッグさんの案内が終わって上手く休みが取れたら、アキも一緒に陸の海へ行こうねー」


 風太の言葉に鷹秋は頷いた。

 同人誌即売会は嫌いではない。

 動物の出てくる動画や映画を流しながら、買い込んだ犬飼い猫飼いの描いたエッセイを読むのは至福のひとときだ。今回は晴に作ってもらったマントを着て行くという楽しみもある。


(……晴さん……)


 兄夫婦の隣人である女子大生の顔を思い浮かべながら、鷹秋は帰路に就いた。

 彼女のことは出会う前から知っていた。

 甥の春人が教えてくれたのだ。かなりのんびりしていて天然らしいが、悪人ではなさそうだった。


 BBQのときに初めて会い、自分に怯えないタロ君のこともあって良い第一印象を持った。

 タロ君の可愛い仕草に見とれていても「私を見て」などと怒り出さないのが嬉しかった。

 甥っ子達と一緒にヒーローショーに行って帰りの車で寝顔を見たとき、とても幸せな気持ちになったのを今でも鮮やかに思い出せる。


 この前一緒に歩いたときは映画に誘ってしまった。

 女性に対して自分から積極的に動くなんて生まれて初めてだったかもしれない。

 彼女は甥っ子達込みでOKしてくれたのだが、残念なことにタロ君も同行できるドライブインシアターが見つからなかった。ほかに良いイベントがあるといいのだが。


 義姉がお節介をしてくるなどと恰好をつけたものの、実際は鷹秋自身が晴に好意を持っていて親しくなりたいと望んでいるのだった。


「……義姉さん? 春人冬人? 兄貴?」


 兄一家のアパートに着き、玄関の扉を叩いても返事がない。

 渡されている合い鍵を使おうかと思ったとき、隣室の扉が開く音がした。

 晴の部屋だ。


「アキちゃーん」

「こっちだよ」

「わふ」


 振り返ると、甥っ子達の顔がある。

 下の冬人はタロ君を抱っこしていた。ちょっと羨ましい鷹秋だった。

 子ども達の後ろから、晴も姿を現した。


「鷹秋さん、こんにちは。今日はすみません」

「え?」

「ハルちゃんねえ、お友達が来るからってカレー作り過ぎたんだぞ」

「ふーがたべてあげるの」

「わふ!」

「葉山さんに相談したら、ちょうどご夫婦で出かける用事があるから鷹秋さんとハル君ふー君の夕食にしてくれないかって言われたんです」

「そうでしたか。ええ、喜んでごちそうになります。兄達はもう出かけたんですね」


 晴は頷いて、鷹秋を部屋に招き入れてくれた。

 先日甥っ子達と一緒にヒーロー映画を観に来ているので、今回で訪問二回目だ。

 晴のカレーは鷹秋好みの味で、食べている間タロ君が膝にいてくれた。この幸せが永遠に続けばいいと思う鷹秋だった。

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