13・モフモフわんこと呪われた男
掃除を終えてオヤツを食べてたらクーラーのフィルターも乾いていたので、少し早いけどダンジョンへ『転移』する。
これはほぼ日課。
今日はアーサーさんが気になるから、彼が来るまでボス部屋でゴロゴロしたり自衛隊員の会話を盗み聞いたりしていようと思っていたのだが、ちょうど良く来たところだった。モンスターのリポップ時間には、まだ間があるんだけどな。
自衛隊のテントから出てきたアーサーさんは、上半身裸で荒い息を漏らしていた。
エントランスは学校のグラウンドくらいあるので、タロ君の聴覚を借りて感知している。
でもそれがなくてもダンジョンマスターとして、自分のダンジョン内で異常なことが起こっているのはわかったんじゃないかと思う。
ダンジョンの地面に一歩踏み出すごとにアーサーさんの赤毛がすごい勢いで伸び、全身を覆っていく。
どういう仕組みかわからないが、彼は上半身が赤い毛で覆われた牛に変化した。
頭には二本の角も生えている。普通なら距離があるから、ぼんやりしたイメージしかつかめないのに、彼の青い瞳が銀に変わって光を放っているのがはっきりと感じられた。
『フォッグ氏、大丈夫ですか?』
『だーい丈夫だよ。大丈夫に決まってんだろ? こんなに狭いダンジョンなんだから、俺が完全に理性を失って暴れ出したら外に連れ出してくれりゃいい。あんたらもそれっくらいならできるだろ?』
鷹秋さんとアーサーさんが会話を交わす横で、ソフィアさんが静かにふたりを……ん? ソフィアさんこっち見てない?
まさかボス部屋にタロ君がいることに気づいてる?
ないよね? ボス部屋の入り口には結界が張ってあるんだから。
赤いミノタウロスに変身したアーサーさんが、こちらに向かって歩いてくる。
ダンジョンでドロップしたアイテムコアを装備したDSSSや自衛隊員が彼の周りを取り囲んでいた。
そっか、公表されている中では一番レベルの高い彼にうちの結界が破れるかどうか試してもらうんだね。レベル40結界だから無理だと思うけど。
わたしはダンジョンマスターだが、自分の配下にないモンスターのステータスまでは確認できない。
それでもネットや玲奈ちゃん情報で知っていた。
アーサーさんがミノタウロスに変身している状態でのレベルは23のはずだ。
ミノタウロスには大地属性と炎属性がいて、アーサーさんが変身しているのは中級モンスターのレッドミノタウロス(炎属性)。
うちの赤い猪と重なる部分が多く、特殊スキルの『突進』や魔法スキルの『火球』などが共通している。
そう思って見るせいか、アーサーさんの荒い息に炎が混じっているような気がした。
「かなり呪いが進行しているのだ。この分だと一カ月もしたら完全なモンスターになってしまうな」
「そうなの。……え、そうなの?」
オルトロスモードでわたしと一緒にエントランスを覗いていたタロ君が教えてくれる。
ダンジョンマザーツリーが種を与えた異世界の魔法使い達は、善悪を基準に選ばれていない。
中には禁呪を使って悪行を成すようなものもいたというのだ。
「あの人間が呪われたダンジョンのマスターは、入って来る人間をモンスターに変えることでDPを節約しようとしていたのだろう。魔法の使い方を知る異世界の魔法使いにとっては、DPはダンジョン運営を維持するためだけのものではない。自分の研究に利用できる特殊で貴重な魔力でもあるのだ」
ダンジョンマザーツリーが挿し木してこの世界にもたらしたダンジョンにマスターはいない。
しかしコピーされたダンジョンコアは、異世界のマスターに設定されたままのダンジョン運営を引き継いでいる。
入ってきた人間に呪いをかけてモンスターにすることでDPを節約する、そんな方法もあるのか。……じゃなくて。
「タロ君の『大地の祝福』ならアーサーさんの呪いも解けるんだよね」
タロ君はドヤ顔で答えてくれる。
「ん。吾はレベル4だからな。同じ魔法スキルを使っても、レベルが高いもののほうが効果は大きくなるのだ」
とはいえ、やっぱり勝手に解呪していいものかどうか不安になる。
うちの結界を破れるかどうか確認した後でアーサーさんはどうするんだろうか。
レッドボアのリポップ時間までいるのなら、それに乗じてミドルポーション+を放出したほうがいいかもしれない。それならアーサーさんの意思で呪いを解くかどうか決められるし、臨床実験と称して彼の仲間にもミドルポーション+が投与される可能性がある。
聖人君子を気取るつもりは毛頭ないが、どうせなら知り合った人には幸せでいて欲しい。
レッドボアの変異種が出現したら一番都合がいいんだけど、変異種はその名の通り突然変異種でダンジョンマスターのわたしにも制御できないから、リポップ時に出現してくれることを祈るしかなかった。
基本のレッドボアがマッドゴーレムキングのドロップした(ことになっている)ミドルポーションより上位のミドルポーション+をドロップするのっておかしいよね。まあ、うちのダンジョンがおかしいのは最初からと言われればそれまでなんだけど。
アーサーさんが近づいて来る。
エントランスからはボス部屋の入り口の位置さえわからないはずなのに、モンスター化しているからか、真っ直ぐに結界の前に立つ。
最近見慣れたスーツ姿ではなく防具を身につけた鷹秋さんが、仮面舞踏会で着けるような棒付きのマスクを持ったDSSSメンバーに視線を送る。視線を送られた男性が頷く。
もうボス部屋のすぐ外に集まっているので、彼らの様子は結界越しにはっきりと見えた。
ソフィアさんがこちらを睨みつけているのは護衛として(ここまで来ているんだから通訳ではないと思う。鷹秋さんは英語で話してるみたいだし)アーサーさんを見守っているからで、タロ君に気づいているのではないと信じたい。
攻撃して結界を破るつもりなのか、アーサーさんがボス部屋の入り口に向けて腕を振り上げたとき、
ぴらりらりーん♪
わたしのスマホが着信音を響かせた。
我ながら気の抜ける着信音だ。
今度タロ君の声を録音して着信音に設定しようっと。