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10・モフモフわんことミノタウロス

 最近は町中にゴーストを配置しているのでアパートから『転移』することはあまりなかったのだけど、今日はアパートから行ってアパートへ帰ることにした。

 なんか、どこにいてもソフィアさんが嗅ぎつけてきそうで怖かったのだ。

 ちゃんと紹介はされなかったが、葉山さんの呼びかけから考えるとソフィア・カロンさん? カロンって地獄の渡し守の名前だった気がする。


 ボス部屋から覗くダンジョンは閑散としていた。

 レッドボアのリポップ時間もマッドゴーレムのリポップ時間も過ぎているのだ。

 見回りをしている数人の自衛隊員以外は、外との出入り口を塞ぐように張られたテントの中で待機しているのだろう。そういえば、一昨日見た動画の隊員はどうなったのかな。


 などと考えながら待っていたが、四時間刻みの自衛隊員の交代時間が来てもアーサーさん達はダンジョンの中には入ってこなかった。

 今日は外から見るだけなのかもしれない。

 建物のほうで手続きしてるのかもね。


「タロ君、そろそろ帰ろうか」

「ん。吾お腹減ったのだ」

「大変! タロ君のお腹と背中がくっつく前に急いで帰るぞー」

「帰るのだ」


★ ★ ★ ★ ★


「今日はダンジョンには入らないのですか?」

「いきなり来て入れるのか? 日本(ジャパン)じゃなんでも面倒な手続きが必要なんだと思ってたぜ」

「ダンジョンに関しては融通を効かせられるようになっています。ましてやフォッグ氏は日本(こちら)がお願いして来ていただいている方なのですから、なるべくご希望に沿えるよう努力いたしますよ」

「ふーん。じゃあハル・ウヅキをモンスターブライドに……」

「民間人になにかを強制するようなことはできかねます」

「DSSSは民間企業だろ?」

「だからこそです」


 タカアキ・ハヤマは感情の読めない笑みを浮かべて会話を打ち切った。

 ここは『ダンジョン冒険者協会(ギルド)』の応接室だ。

 アーサーは前に出されたコーヒーのカップを手に取った。ソフィアはソファには座らず、彼の後ろに立っている。


(ハヤマの知人だから俺のことを知っていて、怖れなかったってことか?)


 まずは心地良い香りを楽しみながら、今日会ったハル・ウヅキのことを考える。


(いや、ハルは俺のことをニュースで見たと言っていたし、この警戒を隠そうともしていないハヤマが俺を良く言うとは思えない)


 ハルに近づいた瞬間、自分を取り巻く空気が変化した感覚をアーサーは思い返す。


(大統領閣下の前にいるような、いいや、それよりも遥かに強い畏怖を感じた。うちの国にはいないが、女王陛下とやらの前に立ったら、あんな気持ちになるんだろうか)


 ダンジョン域に入ったことで呪いが発動しモンスターに変身しかけたため、ダンジョンマスターである彼女に恐怖しただけである。

 だがアーサーは、それを知らない。

 前提が違っている以上、彼が出す結論は不正解にしかならない。


(つーか、あれって要するにひと目惚れだよな。ハルの側にいるといつもは呪いで重い体が軽くなったし、日本のとんでもない酷暑が気にならなくなったし……愛の力ってヤツか)


 呪いが軽くなったのは『弱体化』、酷暑が気にならなくなったのは闇の魔気、どちらもゴーストの力である。


(初めは十代(ティーン)かと思って日本(ジャパン)に来てHENTAIが移ったかとビビっちまったが、ハルは二十歳だと言ってたから全然問題ないよな。俺がモンスターだと聞いてもハルが怖れなかったのは、向こうも運命を感じてたからじゃねぇか?)


 ニヤケそうになる口元を隠すため、アーサーはコーヒーを口に含んだ。


「ミズ・カロンも座ってコーヒーをお飲みになりませんか?」

「結構です。私は常に動ける体勢でいなければなりません」

「護衛の方は大変ですね」


 アーサーから離れない(今日は少し撒けたが)ソフィアは護衛ではない。

 ダンジョン外ではモンスターに変身できなくても、軍属経験があり現在のトップ冒険者である彼なら自分で自分を守ることができる。

 ソフィアの役目は、『そのとき』が来たらアーサーを始末することだ。


 アーサーの呪い仲間達は、本当は寝たきりになどなっていなかった。

 彼らはモンスターにこそ変身していないものの、理性を失って暴れるので閉じ込められているのだ。


 アーサーを含めた彼らが生かされているのには、いくつかの理由があった。

 ひとつは政府主導で行われていた初期のダンジョン攻略が多くの犠牲を伴って失敗したと思われてはいけないこと、ふたつ目は呪いによるモンスター化を軍事利用できないかと国が考えていること、三つ目は仲間の無念を背負ってダンジョンを攻略する『モンスター』冒険者のアーサーが扱いやすいヒーローであることだ。

 人道的な理由などはない。


 ヒーローのアーサーが呪いに負けて暴れ出したとき、その事実を内々に収めるべく止めを刺すためにソフィアは存在している。

 ソフィアを雇ってアーサーを見張らせているのは国で、それはアーサー本人も受け入れていた。だからこういうとき、護衛でないと訂正したりはしない。

 話題になる人間に群がるタイプの女性の集団、モンスターブライド達もアーサーと関係を持った後の経過を国に観察されている。モンスターベイビーはまだ生まれていない、はずだ。


「ハヤマ、スマホを見てもいいですか?」

「どうぞ」


 モンスターの死刑執行人はスマホで動画を見始めた。

 アーサーは連絡もなしに突然やって来たので、DSSSの責任者はいなかった。

 日本の複雑な事情があり、DSSSの責任者を無視して自衛隊の人間と会うわけにはいかない。ダンジョンに入って偶然会ってしまうのなら別のようだが。


 とりあえず今日はコーヒーを楽しんだ後、ハヤマからハルの情報を聞き出せたらいいなとアーサーは思っていた。

 しかし四角四面な英語を操る、日本人にしては体格の良いアラサー男性はなかなか手ごわそうだった。


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