8・モフモフわんこ、『モンスター』と会う。
「ああ、あの! ニュースで見ました」
まだ実家にいたころだったので、テレビの画面で見た。
アパートに帰って来てからもネットに流れていた動画を見たっけ。
「やっとダンジョンへ行かれるんですね。日本観光は楽しめましたか?」
これで葉山さん(大人のほう・弟)も不規則な生活から解放される。
もっとも彼は早めに退勤する日はする日で隣町までジョギングで帰ったりして、今の状況をエンジョイしているようだけど。
わたしから体を離した『モンスター』さんは、なんだか困惑したような表情で答えてくる。
「あ、ああ、楽しかったよ。噂には聞いていたが、日本のコンビニサンドイッチは美味いな」
「美味しいですよねー。あそこのチェーンだとフルーツサンドが美味しいですよ」
「お、おう」
「甘いものはお嫌いですか?」
海外の人──特に日本と同盟を結んでいるこの人の国は甘いの大好きだと思ってたけど、やっぱり個人差があるんだろうな。
「つーか、あんた、俺のこと怖くないのか? 『モンスター』だぞ?」
「ええ、『モンスター』さんですよね」
普通は怖がるところなのかな?
わたしが持っているリードの先にいるのは『ボス』モンスターです。
「俺は呪いで変身するんだぜ? この科学の時代、二十一世紀にだ!」
「ダンジョン外では変身しませんよね。……あ!」
わたしの半径一メートル以内はダンジョン域だった。
見下ろすと、タロ君がドヤ顔で念話を送ってくる。
(フヨウとボタンがその人間の呪いを弱体化しているのだ)
(そんなこともできるんだ)
(そもそもその人間がモンスターになったところで、吾がぺちってやればイチコロだがな)
「タロ君すごいねー」
「え?」
『モンスター』さんが、ぽかんと口を開ける。
「今の話の流れで、その犬を褒める要素があったか?……日本人の思考回路は理解不能だぜ」
あー……念話のつもりで口に出てたか。失敗失敗。
「ごめんなさい。ずっと待たせていたので、ちゃんと褒めてやらないと可哀相だと思って」
「ああ、この炎天下で……なんか涼しいな。太陽が雲に隠れたわけでもないみたいだが……立ち話もなんだな。あんたさえ良かったら、ダンジョンまで案内してくれ」
「いいですよ、ちょうど帰り道です」
ちなみに涼しく感じるのは、『隠密』で姿を隠したフヨウとボタンがモンスターさんの呪いを弱体化するために近くにいるせいで、彼女達の闇の魔気を浴びているからだと思います。
ぽろっと口に出しちゃうと困るから、これは念話でも言わないでおくことにした。
そしてわたし達は……うわー、今ここにいるの、わたし以外全部モンスターだ!……それはともかく、ダンジョンに向かって歩き出した。
「……なあ、俺が言うのもなんだが、怪しい外国人男の道案内なんかしないほうがいいぞ。俺は顔知られてて悪さはできないから大丈夫だが」
「ご心配ありがとうございます」
今日はあの、護衛か通訳らしき金髪女性は一緒でないようだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
彼の名前はアーサー・フォッグ。
テレビのニュースでも言っていた。
外国人特有のフレンドリーさで名前のアーサーで呼んでくれと言われたので、アーサーさんと呼ぶことにした。二十代後半か三十代前半くらいかな。
さっきわたしがいろいろ考えていたときに軍人ぽいと思ったのは間違いではなかったようで、元々は日本の同盟国の軍人だった。
国の命令でダンジョン攻略に行ったとき呪いを受け、除隊してソロの冒険者になったのだという。
民間企業に所属して冒険者をしているという話だが、日本とDSSSと自衛隊のような感じで、裏には複雑なつながりがあるんだろう。ダンジョン大好き玲奈ちゃんに聞いたら、一時間くらいトークして説明してくれると思われる。
呪いでモンスターに変身すると、アーサーさんのステータスは大幅に上昇する。
世界一高いと言われるレベルの秘密はそこにある。
ステータスボードに表示されるレベルは経験値で上がるわけではなく、本人が上げたステータス値をダンジョンで戦うという観点で見た評価なのだから。……だれが見た評価なんだろ、ダンジョンマザーツリーかな?
アーサーさんが変身するのは牛頭人身のモンスター、ミノタウロスだ。
変身すると頭も体も燃えるように熱くなり、冷静な思考ができなくなっていく。
最終的には目の前の敵と戦って打ち倒すことしか考えられなくなるのだ。もちろん、だれの命令も聞かない、聞こえない。
ダンジョンの外に出て変身が解除されても、呪い自体が解けるわけではない。
呪いは徐々に心身を蝕んでいく。
アーサーさんと同じ隊にいて呪いを受けた人々の多くは寝たきり生活を送っている。呪いを受けてからダンジョンに入らなかった人のほうが衰弱は早いという。
タロ君の『大地の祝福』なら呪いは解けるが、小まめにダンジョンに入っているアーサーさんは元気そうだし、冒険者として『モンスター』という売りをいきなり失うわけにもいかないだろう。
こちらの事情も話せないしね。
ミノタウロス(牛は食材)かあ。アーサーさんには悪いけど、人狼や犬頭人ならカッコイイのにね。
とはいえ寝たきり生活って大変だよね。
たぶんこの世界の普通の治療は効果ないだろうし。
アーサーさんがうちのダンジョンに来たときタイミングが合えば、ミドルポーション+を放出しようかな。身内用にって思ってたけど、タロ君の『大地の祝福』があるから三千瓶全部放出しちゃってもいいや。