3・モフモフわんこの野望が潰える。
スライム動画の後は、ハル君ふー君お勧めの動物動画を見た。
といっても五歳と二歳、正確なチャンネル名やアドレスなどわからない。
内容を聞いて検索したのだった。
──お散歩が終わるのが嫌で死んだ振りをする犬やイタズラを誤魔化す猫など、楽しい動画を堪能した。
タロ君は犬のフリスビー大会の映像が気に入ったようで、葉山さんの膝から降りて飛び跳ねていた。捨てられた彼は最初こそ悲しげだったものの、最後は楽しそうなタロ君を見て微笑んでいた。
本当に犬好きな人だ。
時刻は夕方だが夏のことでまだ外は明るいころ、葉山家ご夫婦が兄弟を迎えに来た。
九十五体のゴーストをダンジョン外に召喚したとき、葉山さんご夫婦にも護衛のゴースト、アサガオをつけている。
ハル君の幼稚園が始まったら、もう一体護衛につけようかとも考えていた。数が増えたからといって、闇の魔気が強くなり過ぎるということはないみたいだからね。
「じゃあね、タロくん」
「ハルちゃん、今日はありがとう」
ハル君の言葉を聞いて、お母さんの腕の中のふー君も頭を下げる。
「今日は楽しかったよ。また遊びに来てね」
「わふわふ!」
手を振って、葉山家ご一同がお隣の部屋に入るのを見送る。
タロ君も尻尾を振って──
「あ」
声の位置が高いと思ったら、タロ君は葉山さん(大人のほう・弟)に抱っこされていた。
そういえばフリスビー大会の映像の後で、タロ君は葉山さんの膝に戻ったんだった。
あのときの彼、嬉しそうだったなあ。
「長らくお邪魔して申し訳ありませんでした。そろそろ俺もお暇します」
言いながら差し出してくるタロ君を受け取る。
「明日もお仕事ですか?」
「はい。お盆休みはずれ込むことになりそうです」
招致した冒険者の案内役が終わったら終わったで、今度は同盟国に民間冒険者管理のシステムについて研修に行くのだという。
これもDSSSやダンジョン情報を発信する国のHPで公表されている。
「大変ですねえ」
他人事のように言っているが、わたしだって一応気にしているのである。
ここ一カ月ばかりのダンジョン関係の急激な変化って、わたしがダンジョンマスターになってポーションをドロップさせたせいだよね?
「ありがとうございます。でもこの町にダンジョンができたおかげで、タロ君に会えましたから」
タロ君はドヤ顔である。
「兄一家のお隣さんだから、ダンジョンがなくても会えてたかもしれませんけどね」
葉山さんは笑うが、実はそれはない。
あのダンジョンがなかったら、この世界で一番可愛いわたしの天使はここにいなかったのだ。
いろいろ悩みはあるけれど、タロ君に会えただけでもダンジョンマスターになって良かったと思う。
「卯月さんにも会えて良かったです」
「ありがとうございます」
「こちらに訪ねてきたのは久しぶりだったんですが、お休みのときとかに俺の家へ遊びに来てくれた春人から、あなたの話を聞いていたんです」
「ほ、ほう……」
ハル君とは漢字は違えどハルハルコンビということで仲良くしてきたつもりだけど、子どもってなにを言うかわからないからなあ。
二十歳女子大生にあるまじき行為をして見せたことはない……よね?
「あの……」
「はい、なんですか?」
ハル君情報がどんなものか不安で、ついつい食い気味になってしまう。
「卯月さんが良かったら、でいいんですが、いつかサクラさんの写真を見せていただけませんか? 春人が可愛かったと言ってましたよ。もちろん今はタロ君が一番でしょうけど」
「ええ、まあ今度お会いしたときにでも」
「ありがとうございます」
映画や動画を鑑賞している間、わたしの部屋には『隠密』で姿を隠した四体のゴーストがいた。
ハル君ふー君を護衛しているヒマワリと、新しく名前をつけた九十五体から選んだ二体、我が家を守るフヨウとボタン。
そして、影のマントのサイズを合わせるために同行して、その後葉山さん(大人のほう・弟)の護衛をお願いすることになったモモ子。
乙女ちゃんから葉山さんに護衛対象を変更したのは、彼が長期滞在中のホテルで筋トレしているとき以外は動物の出てくる動画や映画を見てばかりだとモモ子に聞いたからだ。ゴーストとはいえ、趣味の合う人間を護衛するほうが楽しいだろう。
乙女ちゃんのところには、フヨウかボタンのどちらかに行ってもらうつもりだ。
彼女はメイド喫茶のバイトが忙しいとのことで、なかなか会う機会がない。
同僚が数人熱中症で倒れたからシフトがきつくなったらしいけど……お客として行って、フヨウかボタンを置いて帰ろうかな。ゴースト達の放つ闇の魔気は酷暑を和らげてくれるからね。
仕事場で着ていたスーツを入れたリュックを背負った葉山さんが、別れを告げてくる。
「今日は本当にありがとうございました。……まだ明るいから走って帰れるかな」
「タロ君も心配するので、無理はしないでください」
「わふふ!」
「そうですね。すみません。走るのは近くの駅までにしておきます」
……どうしてそんなに走りたがるんだ。
インドア派ヌルゲーマーのわたしには、まったく理解できなかった。
でも犬好きだし、どことなく犬っぽいから、葉山さんは良い人だと思うよ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
夕飯を食べた後、タロ君のリクエストでもう一度フリスビー大会の映像を観る。
ノートパソコンは畳の上、タロ君はうつ伏せになったわたしの胸の間にいた。
なんかちょうどいいらしい。もちろん押し潰したりはしないよう気をつけている。
「うおー。よく取ったのだ」
「明日ペット用品店にフリスビー買いに行く?」
「いいのか?」
「うん」
タロ君は、以前買ったキリンのぬいぐるみではあまり遊ぼうとしない。
たぶん遊び用のぬいぐるみじゃなくて、お友達のぬいぐるみなんだろう。
冷酷なぬいぐるみキラーだったサクラも、お昼寝のお供のゴリラだけはボロボロにしなかった。
「やったー! 嬉しいのだ。吾、いっぱい練習して大会で優勝するのだ。賞金でマスターの好きなもの、なんでも買ってあげるのだ」
「タロ君……タロ君はモンスターだから犬の大会には出られないよ」
わたしが言うと、タロ君は絶望に満ちた顔をした。
「……吾、この姿のときの物理ステータスは普通の犬と同じだぞ?」
「力の違いもあるけど、タロ君が行くと普通の犬は怯えてお漏らししちゃうでしょ? 大会どころじゃなくなっちゃうと思うな」
「……確かに」
しょぼんと項垂れたタロ君の頭をなでなでする。
「気持ちは嬉しかったよ、ありがとう。明日はジャーキーも買おうね」
「買うのだ!……吾、動画のCMで見たお芋味のオヤツも食べてみたいのだー」
上目遣いのおねだりが犯罪的に可愛い。
ギルティ! タロ君はギルティです。罰として明日お芋味のオヤツを買ってあげます。
というか、野望(フリスビー大会での優勝)が潰えてがっかりしているタロ君を慰めるためなら、なんだって買ってあげるよ! 影のマント代として葉山さんにもらったお金はまだ残ってるしね!