50・モフモフわんことダンジョンマスターの日々
本日(11月21日)は三回更新します。
これは2/3回目です。
正直実家は居心地が良くて、このまま大学の夏休みが終わるまで居座ろうかと思った。
ダンジョンには『転移』で行き来できるしね。
でもまあそれもどうかと思ったので、交通機関が繁忙期を迎えるお盆が来る前にアパートへ戻った。法事に出席しない代わり、お墓の掃除をしてきたよ。
そして──
「ああ……」
ダンジョンマスター生活二十七日目。
わたしは久しぶりに、外から自分のダンジョンを眺めていた。
元国有公園のダンジョンの周りにはビルやマンションが建っていたんだけど、それらがすべて消え失せて、ダンジョンを囲むコの字型の大きな建物の建設が始まっている。
ダンジョンを囲んで建設されているのは『ダンジョン冒険者協会』の建物だ。
中には自衛隊の事務所もあるらしい。
『ダンジョン冒険者協会』はDSSSが主となって管理していく民間団体ということになっている。民間ということにしておかないと難癖をつけてくる外国や組織があるからじゃないか、というのが玲奈ちゃんの説。
「卯月さん?」
「葉山さん」
早いもので、建物の一部はすでに完成して利用されている。
正真正銘の民間冒険者誕生の前に、自衛隊や警察官が育成されているのだ。
ダンジョン内での犯罪を取り締まる人員が必要だからね。実際海外ではダンジョン犯罪が大きな問題になっている。
完成された建物から出てきたのは、葉山さん(大人のほう・弟)だ。
おお、スーツ姿だ、カッコいい。
彼は笑顔で駆け寄ってきて、わたしの足もとを見て露骨に表情を曇らせた。……ブレない人だなあ。
「タロ君はいないんですね」
「今日は買い出しです。タロ君はハル君ふー君におまかせしてきました」
「そうですか。俺は仕事が終わったので、兄のアパートへ行こうと思っていたところなんです。ご一緒してもいいですか」
「同じ道ですもんね」
「荷物持ちます。……随分買い込まれたんですね」
「タロ君がお留守番嫌がるので、あまり買いに行かなくてもいいように大量に買い込んできたんです。……大学が始まったら嫌がってもお留守番なんですけどね」
「大学にペットを預かってくれる施設はないんですか?」
「……ないですねえ」
動物愛護にうるさい海外にだってないと思う。託児所ならともかく。
相変わらず犬バカ一代の葉山さん(大人のほう・弟)だが、お米を持ってくれたのはありがたかった。徒歩でお米は辛い。
自転車は放置しているうちにタイヤが溶けてパンクしてたんだよね。自分はタロ君とゴースト達のおかげで涼しいから、酷暑に気づいてなかったよ。
「そちらも持ちましょうか? 重いでしょう」
「大丈夫です。ありがとうございます」
全部持ってもらうほど甘えちゃ申し訳ない。
「遠慮しないでください。タロクンジャーイエローは力持ちなんですよ」
「っ! マントの代金はいただいたんですから、そんなに気にしないでください。……それよりダンジョンに着て行ったりしてませんよね? それだけはやめてくださいよ?」
「さすがに職場には着て行けません。でも」
「でも?」
「ヒーローショーのときに話した友人と陸の海へ行こうかと。あのマントはコスプレではありませんが、一応コスプレの許可を取ったほうがいいんですかね?」
「どうなんでしょう?」
実は、わたしは彼にも影のマントを作って販売していた。
色はイエロー、落ち着いたマスタード系だ。付与効果は光属性の『活性化』だけど、もちろんそんな効果があるなんて伝えてはいない。
ハル君ふー君に作ってあげたマントを見た彼に頼まれて拒みきれなかったのだ、材料費と手間賃を。
わたしのスイートハートなボスモンスター犬タロ君の動画は世界を席巻しているのだが、広告収入が振り込まれるのにはまだ時間がかかる。
お金が……お金が欲しかったのだ。
サクラの死のショックでシーズンアイテムを買わずにいたことで浮いていたお金は、気がつくとなくなっていた。まあ、タロ君関係でいろいろ使ったし、実家にいたときアパートに帰ってからタロ君に美味しいもの食べさせようと思って通販で料理本買い込んだりしてたから……当たり前だよね。
葉山家のみなさんにだけ作るのがなんか申し訳ない気がしたので、玲奈ちゃんにも真珠のような光沢のあるブルーのマントを作ってあげました。
付与効果は水属性の『弱体化』。
同じ魔法スキルでも属性によって効果が違うのは『活性化』と同じです。
闇属性の『弱体化』は単体を大きく弱らせるもの。
水属性の『弱体化』は霧を発して、集団を小さく弱らせるもの。
……まあ付与効果のことは話してないし、玲奈ちゃんはそんなものなくても周囲を威圧する眼力を持った美女なんだけどね。
マントのサイズについては、それぞれが着用する際に近くのゴーストを近づかせてダンジョン域に入れることで調整しました。
葉山さん(大人のほう・弟)はハル君ふー君のマント姿を見に来たときメールでマント作成依頼をしてきたので、彼がマントを着用するときまで、アパートで留守番していたモモ子を同行させていた。
ダンジョン外では発動しないとはいえ、付与効果があるものをこんなにポイポイばら撒いていいのか、という不安はある。ありはするものの──
わたしにはダンジョンマスターになったのが今、女子大生のときじゃなかったら良かったのになあ、という思いが前からあった。
女子中学生だったなら、独りよがりの正義感で世界の役に立ちそうなアイテムコアを作成してばら撒いてただろうし、女子高校生なら逆に自分の楽しみのためだけにアイテムコアを作成してたに違いない。
そして今より大人──就職した社会人の立場なら、もっと賢く立ち回るか世界なんて関係ないと割り切ることができたんじゃないかと考えずにはいられないからだ。
女子大生って一番吹っ切れないというか、微妙な位置じゃない?
正義感で突っ走るほど純粋じゃないし、娯楽に熱中するほど元気でもないし、だからって上手くやれるほどの知恵も経験もない。
まあどの世代だったとしてもタロ君を可愛いと思う気持ちは変わらなかったけどね。
そんなわけで、ダンジョン運営で好き放題やれないストレスや面白げなアイテムコアを作りたいという欲望が、今回の影のマントばら撒き事件につながったのだと卯月晴容疑者(20)は供述しており……
「今日も真夏日かと思っていたら、案外涼しいですね」
隣を歩く葉山さんの低い声に顔を上げる。
「そうですね」
わたしのすぐ側にモモ子がいて闇の魔気を放っているからです。
昨日実家から戻ったばかりなので、まだ乙女ちゃんには会っていない。
とはいえゴーストのいない生活なんてもう考えられないので、モモ子に残ってもらうか、べつのゴーストに護衛してもらおうと思っている。吾がいるからマスターの護衛は大丈夫だと、タロ君は拗ねるだろうけど。
「……卯月さん」
曲がればアパートが見えてくる角の前で、葉山さんが足を止めた。
「はい?」
「今度、一緒に映画行きませんか?」
「いいですねえ。ハル君とふー君も喜びますよ」
「……春人と冬人?」
「え? この前行ったヒーローショーのヒーローの夏映画じゃないんですか?」
「……え、ええ。そ、そうです」
「でも映画館だとお留守番になっちゃうからタロ君が嫌がるかな」
「それはいけませんね。車で待たせると熱中症になるし……ドライブインシアターが近くにないか調べておきます」
「ありがとうございます」
一緒に行けたらタロ君喜ぶだろうなあ。
実家でもネットチャンネルで歌音とヒーロードラマ観てたもんね。
わたし達は再び歩き出した。
……映画の話、アパートに着いてからでも良かっただろうに、なんであそこで言い出したんだろ?
隣を歩く葉山さんを見上げてみたが、優しい横顔からはなにも読み取れなかった。
そういえばこの人、大柄で迫力あるけどイケメンだよね。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「わふ!」
「あ、ハルちゃんだ!」
「ハルちゃん。……アキちゃんもいる」
アパートに戻って葉山家の扉をノックすると、ふたりと一匹が現れた。
タロ君はわたしに飛びついてくる。
体勢を崩したわたしを支え、葉山さんが買い込んだスーパーの袋を受け取ってくれた。
「わふわふ!」
「タロ君ねえ、気がつくと扉の前に行ってハルちゃん待ってたんだよ」
「まってた」
「そっかー。葉山さん、タロ君をあずかってくれてありがとうございました」
「いいのよ。すごく良い子だったもの。でも春人達が言ってたように、卯月さんがいないと寂しそうだったわ」
懐いてくれて嬉しいような、これからが心配なような……
「あら、鷹秋君も来てたのね。……ふーん」
「なんですか、義姉さん」
「卯月さん、夏樹さんが作ってくれたパウンドケーキがあるから、お部屋に荷物を置いたらまたいらっしゃいよ」
「ありがとうございます。わたしもお礼にアイスを買って来たので、みんなで食べましょう」
タロ君を降ろしたわたしは、葉山さんに荷物をもらって自室へ向かった。
「晴ちゃん、お帰りなさい」
「ただいま帰りました。大家さんもアイス食べますか?」
六本入りなので一本余裕がある。
葉山家のお父さんはお仕事だからね。
大家さんに小豆のアイスを渡して、自分の部屋に入った。
「マスター! 吾、お留守番できたぞ!」
「偉いねえ」
うちのダンジョンは褒めて伸ばす方針です。
今後もいろいろあるだろうけど、DPは先日10000000を越えたし、ダンジョンの民間開放も決まっている。悩んでたって仕方がない。
可愛いボスモンスター犬タロ君と一緒に、これからもダンジョンマスター生活を頑張るよ!
お読みいただきありがとうございました。
本編最終話でした。
次回はタロ君日記のラストです。