34・モフモフわんことひとりバベルの塔
本日(11月13日)は三回更新します。
これは3/3回目(本日ラスト)です。
ミドルポーションを配って家へ帰り、
「……うーん……」
ちゃぶ台の上のノートパソコンで開いたタロ君の配信動画を前に、わたしは溜息をついた。
膝の上のタロ君が、焦った顔で見上げてくる。
「どうしたのだ、マスター。吾の動画になにか問題が?」
「タロ君の動画にはなにも問題はないよ。カッコイイし」
「んふー」
ドヤ顔のタロ君の頭を撫で回す。
「ただね……世界中から寄せられたコメントが、全部読めちゃうんだよね」
読めるだけでなく日本語と同じレベルで意味が理解できる。
わたしはそんなに優秀な人間ではない。
というか各国の言語がペラペラなんて一芸持ちだったら、地元のすごく優秀な人しか入学できない共学の大学か、かなり優秀な人しか入れない女子大学に入学していた。この町に来たのは、それなりに頑張れば入れる共学の大学にしか受からなかったからだ。
「ん。ダンジョンマスターはすべての言語が理解できるからな。さすが吾のマスターなんだぞ!」
「やっぱりダンジョンマスターのスキルなの? ステータスボードの特殊スキルには『言語理解』なんて存在しないんだけど」
タロ君は目を閉じた。
ダンジョンマザーツリーのデータベースにアクセスしてくれているのだ。
うちのボスモンスター犬マジ有能!
「『言語理解』と『魔物使い』は『ダンジョンマスター』に付随するスキルなのだ。ちなみに『転移』が特殊スキルに記されているのは、本来は異世界の魔法使いがダンジョン外で学習して身につけるか、ダンジョンコアを利用して発動するものだからだな」
「わたしはダンジョンコアが心臓と融合していて、これまでのダンジョンマスターと違って強制的に『転移』を身に着けたから特殊スキル扱いってこと?……『アイテムコア作成』も?」
タロ君が頷く。
「異世界の魔法使いはダンジョンコアを利用してモンスターコアを改良するのだ。マスターの場合はダンジョンコアとの融合率が高まることでスキルを身に着けているのだな」
ダンジョンコアとの融合率が高まるって……あんまり嬉しくないなあ。
「そういえば『魔物使い』って?」
「吾やゴースト達に名前を付けてレベルアップさせたときに使ったスキルだ」
「名付けってスキルだったんだ」
「当たり前だ。『真の名前』を与えられるのは選ばれた存在だけだぞ」
中二病の香りがする。……ダンジョンマスターになってる時点で今さらか。
「ダンジョンマスターに『魔物使い』が必要なのはなんとなくわかるけど、『言語理解』って必要なの?」
「ダンジョンに来た人間に指示を与えたり誘導したりして、死亡事故を防ぐために使うのだ」
「ああ、そっか」
ダンジョンマザーツリーは、ダンジョンに招いた訪問者を殺したいわけじゃない。むしろドロップするアイテムコア目当てに何度も来訪して欲しいと望んでいる。
だからダンジョン内での呼びかけで安全に誘導して……ってテーマパークか!
訪問者が放出する魔力から得られる知識は断片的で、異なる時間異なる状況異なる人間から集めたかけらを組み合わせることで、やっとひとつの知識になるのだ、とタロ君は言う。
「人間がダンジョンに来やすいよう、ダンジョン内のモンスターはダンジョン外のモンスターを模しているのだ」
「異世界ってダンジョンの外にもモンスターがいるんだ」
「ん。入り口があるとはいえ、ダンジョンのような閉ざされた場所に見たこともないモンスターがいたのではだれも来ない。見知っていて倒し方もわかっているモンスターだからこそ来るのだ。……この世界ではそうは行かなかったがな」
「この世界はダンジョン外にモンスターはいないもんね」
ゲームやネット小説、漫画の中ならいるんだけどね。いや、元々は神話や伝承か。
「モンスターがいないのに、なんでダンジョンに出るのはこの世界でも知られているモンスターなの? うちのダンジョン以外は異世界のダンジョンの挿し木なんだよね? ダンジョンマザーツリーが調整した?」
「んーん。ダンジョンマザーツリーはそこまで干渉できない。ステータスボードの表記は見ている人間の知識を反映している。しかしモンスターは魔力から生まれるものだからか、どの世界でも形状は似通ったものになるようだ。この世界も活用されていないだけで魔力自体はあるから、場所や時代によっては何体か発生していたのかもしれないぞ」
タロ君がオルトロスという名称なのは、わたしがゲームやギリシア神話に出てくるオルトロスを知っていたからってことだね。
異世界ではべつの名称で呼ばれているのかな。
日本は魔力の濃い地域だとタロ君(というかダンジョンマザーツリー?)は言う。
「本来なら無数のモンスターが発生していてもおかしくないのに、それがないのは日本人のMPの多さと関係している可能性が高い。日本人は魔力を吸収することでモンスターの発生を抑えていたが、モンスターの発生は抑えられても濃過ぎる魔力による自然災害までは抑えられなかった……」
そういえば、ダンジョンができてから日本の自然災害が減ったというデータを見たことがあった。ダンジョンマスターになったので、最近はダンジョン関係のサイトをよく覗いているのだ。
これまでは日本語のサイトしか見てなかったけど、『言語理解』があるのなら世界中のサイトから情報収集できそうだ。
……訪問者に呼びかけるための力っていうことは、しゃべったり書いたりするほうも可能なのかな?
タロ君が言葉を続ける。
「というネット小説を読んでいた人間がダンジョンに来たことがある」
「え? 今のネット小説の話? どこから?」
「日本という国の魔力が濃いのは本当だが、日本人のMPの多さとの関係はこの世界の人間が研究しない限りわからないぞ。ダンジョンマザーツリーはダンジョン施設が吸収する人間の魔力経由でしか知識を得られないし、時空を超えて過去を知る能力は持ってないのだ」
「そっかー。さっき聞いたのって設定だけだったけど、そのネット小説ってどんな話なのかな? タイトルとかわかる?」
興味あるから読んでみたい。
日本語サイトの小説じゃなかったとしても、今のわたしなら読めるしね。
タロ君は首を横に振った。
「そこまでの知識はダンジョンマザーツリーも得てない。そもそもネット小説の知識を持ち込んだ人間も次のときにはブクマを外していたというからな」
「……そっかー」
そんな感じで中途半端な知識しか得られないのなら、少しでも多くの知識を手に入れて全体像を見たくなる気持ちもわかる気がした。
ダンジョンマザーツリーは原典を探して見ることができないんだもんね。
……それはそうと、わたしってばすべての言語が理解できるのかあ。バベルの塔みたいなことにならないといいんだけど。
お読みいただきありがとうございました。
次回、タロ君はオルトロス星人と会う!