19・モフモフわんこ『えーごのおにく』を食べる。
本日(11月7日)は三回更新します。
これは3/3回目(本日ラスト)です。
やがて夕方になったので、アパートの駐車場でBBQが始まった。
アパートの前に広がる駐車場に停められた車は、大家さんのと葉山家の二台だけ。
その二台に囲まれるようにしてわたしの自転車が置いてある。しばらく乗ってないけど大丈夫かな。
駐車場の空いているスペースに置かれたBBQコンロが、辺り一面に美味しそうな匂いを漂わせている。
もらった焼きたてのお肉を口に入れて、思わず呟く。
「蕩けるー」
味付けは塩コショウだけなのに、ほっぺが落ちそうなほど美味しい。
『えーごのおにく』とは、『A5のお肉』のことだった。
食べやすいように切られたA5牛肉が、BBQコンロの上でどんどん焼かれていく。
「気に入っていただけたみたいで良かったです。……さっきはすみませんでした」
新しいお肉をお皿に載せて近づいてきたのは、葉山鷹秋さん。
ハル君ふー君の叔父さん、つまり葉山家のお父さんの弟だ。年齢は二十八歳。
普段は仕事で全国を飛び回っているらしい。A5牛肉はこの人が持って来た。
「いえ、大丈夫ですよ」
彼が謝ったのは、さっきハル君達と一緒に我が家を訪ねて来たことではない。
玄関の扉を開けたら知らない男性がいてびっくりしたけど、タロ君のお散歩に行くことを考えてちゃんとした格好をしていたから大丈夫。散歩前に着替えるのは面倒だったからね!
来たのが葉山家のお父さんだったとしても、だらしない恰好だったら扉は開けなかったし。
「うおー、すげーな」
後ろで歓声を上げているのが、葉山家のお父さんで葉山夏樹さん。奥さんと同じ三十代だそうだが老けて見える。
葉山兄弟(大人のほう)はどちらも大柄で筋肉質だけど、兄である夏樹さんはマッチョ、弟である鷹秋さんは細マッチョって感じである。
夏樹さんはマスチフか土佐犬で鷹秋さんはレトリバーやボーダーコリーって感じかな。鷹秋さん髪を短く刈ってるから短毛種のほうが似合うかも。
「がふっ!」
「タロくんカッコいいねえ」
「うん。ワ……ワ、えーっと?」
「野性的?」
「ありがとう、母ちゃん。そう、野性的だな、ふー!」
「わいるど!」
葉山家のみなさんに取り囲まれたタロ君は、小柄(黒い豆柴)な体とほとんど変わらない大きさのA5肉を噛み千切って食べている。
鷹秋さんの謝罪は、タロ君にあげたお肉が大き過ぎることについてだ。
まあ本当の姿は体育館のステージの半分を占める巨大なオルトロスだから、あれくらいのお肉ひと口なんだけどね。
「オヤツや明日のごはんで調整するから大丈夫ですよ」
「タロ君が体調を崩さないといいんですが。もしなにかあったら連絡してくださいね。責任は取ります」
「あんなに元気に食べてるんだから大丈夫ですって。でもほかの犬のときは気をつけてあげてくださいね」
「はい……本当に元気で可愛い犬ですね」
鷹秋さんはうっとりした顔でタロ君を見る。
彼は、動物好きなのに動物に好かれないタイプの人だった。
体が大きいから威圧感があるのかな? でもきちんとしゃがんでタロ君の目線に合わせてくれる良い人なのにな。
「元カ……以前親しくしていた知人の家にいたマルチーズは、いつも俺の顔を見るだけで怯えて漏らしていたんです。だけどタロ君は自分から寄って来てくれて」
「タロ君は人懐っこいんです。それにそのマルチーズも、怯えてたんじゃなくて嬉ションだったのかもしれませんよ」
「……漏らしながら逃げて家具の隙間に隠れたっきり、俺が帰るまで出て来ませんでした」
「えっと……」
知人と誤魔化していたが、元カノと言いかけていたのには気づいている。
それが原因で破局したのかもしれない。
犬飼いとしては、そういう相手とは長く付き合えないよね。犬の気持ち大事、絶対!
「わ、わたしは葉山さんのこと怖くないですよ」
「ありがとうございます。そうですね、幸い女性に怖がられたことはありません」
そう言って、鷹秋さんは爽やかな笑みを浮かべる。
大柄だし迫力はあるけれどイケメンなのだ。よく響く低い声もカッコいい。
お兄さんの夏樹さんはイケメンさより厳つさが勝っているけれど、妻の節子さんと相思相愛でラブラブだ。
「卯月さん、お肉のお代わりいかがですか?」
「ありがとうございます。あ、でも一、二枚でいいですよ。野菜も食べたので結構お腹いっぱいになって来ました」
「義姉さんと一緒で食が細いんですね。それではこれを卯月さんに。残りは大家さんと春人達に配って来ましょう」
鷹秋さんはわたしのお皿にトングで肉を入れてくれた後、少し離れたところで幸せそうに微笑んでいる大家さんに向かって歩き出した。
大家さんは、実はかなり食べる。
そうやって栄養を摂っているからアパートや駐車場の経営を頑張れるのだろう。
ふと、前にバイトしていたコンビニの店長さんのことを思い出す。
大家さんが紹介してくれたバイト先だ。
お友達の大家さんよりお若かったのに、今年の二月にお亡くなりになってコンビニは閉店した。子どもさんやお孫さんはべつのお仕事をされていたから。
うちは父方の祖父母も母方の祖父母も元気なので、大往生を遂げられたといっても身近な人の死は衝撃的だった。
そのショックから立ち直って新しいバイトを探そうかと思い始めたころにサクラの訃報……でもそろそろ元気出さなくちゃね。
タロ君も来てくれたし、わたしの五倍くらいの量のお肉を平らげている大家さんはこれからもお元気でいてくれるに違いないし。
改めてバイトを……って、ダンジョン運営とバイトって両立できるのかな?
実は、今日もすでに訪問者が来ている。レベルアップバーが満杯にならなかったのか、昨日のようにダンジョンマスターのレベルは上がらなかった。
ダンジョン内のことは察知できるとタロ君が言うのでBBQを優先したのだ。
今日はいいけど、これからも絶対になにも起こらない保証はないよね?
ポーションをドロップさせているとはいえ、ポーションで欠損は治らない。
タロ君の魔法スキル『大地の祝福』なら治せるんだけど、わたしがいないと転移はできないんだよね。わたしが召喚で呼び出すのは可能。
自分のダンジョンで人が死ぬのは嫌だなあ。
バイトが見つかったら、タロ君にはダンジョンでお留守番してもらうしかない?
その場合タロ君が家にいないこと、大家さんやハル君達になんて説明しよう。
「むー……」
結論の出ないまま時間が過ぎて、BBQは終わりを告げた。
A5のお肉は最高でした! 葉山鷹秋さん、ありがとう!
……そういえばあの低い声どこかで聞いた気がするな? お兄さんの夏樹さんに似てるのかな?
お読みいただきありがとうございました。
次回、晴はタロ君の可愛さに大それた行動に出る?