2・モフモフわんこはナビゲーター!
本日(11月1日)は三回更新します。
これは2/3回目です。
──ツンツン。
なにかがわたしをつついている。
──ツンツンツン。
少し湿ったそれは柔らかくて小さくて、犬の鼻を思わせた。
サクラ……じゃあない。だってサクラはもういない。
鼻の奥がツーンとするのを感じながら、わたしは目を開けた。
どうやら気を失っていたらしい。
アパートでも公園でも感じていた蒸し暑さがないところをみると、クーラーの効いた管理事務所にでも運ばれたのかな。
まだ視界がぼんやりしていて、辺りの様子を確認できない。
わたしは自分の胸に手を当てた。
心臓に溶け込んだ八面体はどうなったのか……もしかして熱中症による幻覚だった?
少しずつ視界がはっきりしていく。
「わふわふ」
わたしをつついていたのは、真っ黒い豆柴だった。
サクラがミニチュアダックスフントだったからミニチュアダックスフント派だったけど、豆柴も嫌いじゃない。
というか可愛い! 超可愛い!
「こんにちは! あなたは迷子で保護されてるの?」
「あ、マスター起きたのだ!」
一瞬で起き上がって豆柴を覗き込んだわたしに、犬が言う。
腹話術? 近くにだれかいるのかな。
わたしは辺りを見回した。
高校のときの体育館と同じくらいの広さの空間だ。
体育館のステージのような場所にわたしは寝かせられていたらしい。
空間を構成するのは木材やコンクリートなどではなく土だった。
……なんだかまるでダンジョンみたい。
しかしここは人工的な空間だと思う。
洞窟のような見かけだけれど、明るいしクーラーも効いている。
光源を確認しようと顔を上げて、
「うぎゃあああぁぁっ!」
わたしは二十歳のJDに相応しくない叫び声を上げてしまった。
ああ、とっさのときにこんな声出すから彼氏いない歴=年齢なんだろうな。
それはさておき、
「ななな、なにあれ、なにあれっ! 細胞? 脈打つ細胞? ここって巨大生物の体内なの?」
クッションくらいの大きさの丸くて半透明のものが広い天井を覆っている。
色は白いのと緑のが半々で、白いのは光を発していた。
どちらも脈打っていて、生物もしくは生物の一部であることは疑いようがない。
「あれはスライムだぞ、マスター」
「スライム?」
「ストレスを与えて変異させない限り無害な存在だ。ダンジョンの魔力属性が偏り過ぎないよう調整してくれる大切な存在でもある」
「へー……って!」
「ん? どうした、マスター」
「腹話術じゃなくて、あなたがしゃべってるの?」
「ん。吾はダンジョンマザーツリーが用意した、マスターのためのナビゲーターなのだ」
「そのマスターってわたしのこと?」
「そうだ。マスターはこのダンジョンのマスターだからな」
そんなものになった覚えはない。
もしかして死んじゃって異世界に転生したの?
ネット小説で読んだことはあるけれど、まさか自分の身に起こるなんて。
「マスター、異世界転生ではない。ここはマスターが生まれ育った世界なのだ」
「あ、そうなの?」
「この世界の人間はそういう誤解をしそうだから、ちゃんと説明しておくように、とダンジョンマザーツリーに注意を受けたのだ」
「そのダンジョンマザーツリーって?」
「ダンジョンマザーツリーは……」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
黒い豆柴に教えられたことを簡単にいうとこうなる。
ダンジョンマザーツリーは次元の狭間に存在する樹木。
知識を求めて数多の世界に種や挿し木(ほかの世界のダンジョンのコピー)を送っている。
この世界に五年前から出現しているダンジョンも彼女? が送り込んできたものだ。
人間がダンジョンに入って来るだけで彼らが放つ魔力から知識を得ることができるのだが、人間のほうにも得がなければ入って来るわけがない。
ダンジョンマザーツリーが人間のために用意した『得』がドロップ品だ。
彼女の力をもってしても、モンスターなしでドロップ品を与えられるようにはできないのだという。
そうしてダンジョンマザーツリーは、さまざまな世界の知識を得ていった。
知識の吸収に終わりはない。
人間は生きている限り思考し、行動し、経験し、学習し、新たな知識を生み出していくのだから。
しかし、この世界では彼女のダンジョンシステムは上手く稼働しなかった。
魔法でなく科学が発展していたからである。
この世界の人間も魔力を持っているのだが使い方を知らないため、魔力の結晶でもあるモンスターコアを活用できない。アイテムコアに付与された魔法の力もダンジョン外では発動できていない。
役に立たないものを欲しがるのは一部の物好きだけだ。
ダンジョンマザーツリーはもっと多くの人間から多様な知識を得たい。
そこで彼女は考えた。
──この世界の人間が作ったダンジョンなら人間が押し寄せるのでは?
とはいえそれができるのなら最初からやっていただろう。
魔法のないこの世界の人間にダンジョンコアを与えても発動させることすらできない。
悩んだ末、彼女は強硬手段に出た。
次元の狭間からこの世界に向けて、種を投げ入れたのだ。
ほかの世界ではこんな無茶をしたことはない。
ちゃんと力を持つ魔法使いに呼びかけて託してきた。
魔法が発展していない=世界を流れる魔力が整えられていない世界で、ダンジョンコアは自分を維持するための強い魔力を探し回った。
強いだけではダメだ、相性が悪ければ自分は枯れてしまう。
そんなわけで、この世界に投げ入れられた種が見つけ出した強く相性の良い魔力の持ち主がわたしだった、というわけらしい。
……わたしって植木鉢?
お読みいただきありがとうございました。
次回は主人公のステータス紹介です。