44・モフモフわんこ電話
ダンジョンマスター生活四十九日目です。
「むー」
「……」
アパートの前の外廊下で、ニコちゃんを抱き締めたふー君がお兄ちゃんのハル君を睨んでいる。
一方ハル君は、タロ君を抱き締めてふー君を睨み返していた。『隠密』を発動して辺りに漂っているレイスのおかげで涼しいものの、夏の陽光は激しいので、ふたりはちゃんと帽子を被っている。
しばらく見つめ合って、ふー君の顔から緊張が消えた。可愛らしく首を傾げてハル君に尋ねる。
「にいちゃん、ふーのてれぱし、きこえた?」
「んーっと……ニコちゃんはフワフワで可愛い?」
「おしいの。ニコちゃんはフワフワでかわいくてキョーボーっててれぱし、したの」
「そうかー」
今朝、というか日付が今日になった時点で、日本政府は全世界に向けてサンゴのダンジョンで録画された映像を配信した。
テレビやラジオなどの報道機関は経由していない。政府の動画チャンネルから直接だ。
国も人種も超えて伝わる言葉に人類は驚愕した。……が、それでも葉山家のお父さんは普通に出勤していった。
DSSSがサンゴのダンジョンの映像を持ち帰ってから、まだ一週間も経っていない。
早い。日本政府なのに仕事が早過ぎる!
まあ帰りのクルーザーで玲奈ちゃんが言っていたように、早く発信しないと日本に核ミサイルを撃ち込まれるかもしれなかったので、全速力で手配したのだろう。
陰謀主義者の玲奈ちゃんは、どっかの独裁者からお金をもらって日本の足を引っ張ってた勢力が、ポーション目当てに沈黙してるから上手く進んだんじゃないかとも言っていた。
映像が日本政府の作った偽造だと考えるものは、今のところいないんじゃないかと思う。
だって世界中の人間に伝わる言葉なんて、この世界にはなかったからね。
それだけでも一大事なのに、ドロップ品に関するダンジョンからの見解、そのダンジョンを制覇したら代表者と交渉するという約束、そして──昨日階段結界が解かれたサンゴのダンジョンでもドロップしたことから、政府はついにポーションの存在を公表した。騒ぎにならないわけがない。
サンゴのダンジョンはもうちょっと手を加えてからの開放でもいいんじゃないかと思っていたんだけど、サンゴはニコちゃんを襲っていたダンジョンイーターがトラウマになっているらしい。
モンスターを作る→スライムが自然発生する、モンスターがスライムを食べたり殺したりする前に訪問者にモンスターを倒させる、とやりたいようだ。
今度は前よりリアルラックの高い訪問者が来ているみたいで、サンゴのダンジョンのポーションドロップ率は十五パーセントだと言われている。うちと一緒で下級モンスターのポーションドロップ率は二十五パーセントなんだけどなあ。
「それじゃあねえ、こんどはにいちゃんがてれぱし、して」
「わかった」
「ねえねえ、それが終わったらタロ君とニコちゃん返してね。お散歩に行くから」
「えー」
「ワガママ言っちゃダメだぞ、ふー。……てか、なんでタロ君とニコちゃん抱っこしてテレパシーするんだ?」
おお、さすがお兄ちゃんのハル君、いいことを聞く。
わたしも不思議だったんだよね。
「んーとね、タロくんとニコちゃんがいつもてれぱし、してるからなの」
「わふ?」
「きゃふ?」
「犬語でしゃべってるってことか?」
「んーん。てれぱし、なの。だからタロくんとニコちゃんをだっこしててれぱし、したら、てれぱし、できるの」
「……そうかー」
二匹が念話で会話してるのに気づいてるのかな。
ふー君はどこか鋭いところがあって油断できないんだよね。歯茎を剥き出した姿を見てもいないのに、ニコちゃんが狂暴だと評するところとか普通じゃない。
いやまあ、ふー君にダンジョンマスターだと知られても秘密にしてもらえばいいし、二歳児の言うことだから周りも本気にしないだろうけど。
「じゃあ行くぞ。んー」
「……」
しばらく弟を睨みつけて、ハル君が緊張を解いた。
「ふー、俺のテレパシー聞こえたか?」
「えーっとねー、きょーのゆーしょくはハンバーグがいいっておもってた?」
「……当たりだ」
「ふふふのふー」
葉山家兄弟(小さいほう)によるテレパシー実験が終わったので、わたしは洗濯物を干していた葉山家のお母さんのところへふたりを戻し、二匹と一緒に散歩に出た。
今日は神社から転移してサンゴのダンジョンへ行き、状況を確認後、二匹をサンゴに預けて乙女ちゃんのメイド喫茶へ行こうと思っている。
……ハル君がハンバーグを食べたがってるのは、いつものことじゃないかな。