34・モフモフわんことダンジョンカラス
(マスター、これは『睡眠』の魔法スキルなのだ!)
鷹秋さんに抱き上げられるより早く、腕の中に飛び込んできたタロ君を抱き締める。
周囲の人々も出入り口で待機していた六人も、ダンジョンの外で封鎖していた警官達の影までも崩れ落ちていく。
タロ君を抱っこしているからか、ダンジョンマスターだからか、眠らないわたしにカラスが念話を送ってくる。
(お前はだれ? ダンジョンコアを心臓と融合させるとは、なんと愚かな。お前は禁術を使うのか?)
好きで融合したわけじゃないと、小一時間説明したい。
ダンジョンカラスは短い足で、テコテコとわたしの周りを歩く。……ヤバイ、ちょっと可愛い。体は巨大なんだけどね。
しばらく歩いて止まり、カラスはわたしの顔を覗き込んでくる。
(新たなダンジョンコア……ワタシを狙って、マスターを害したのではあるまいな。五年前から行方不明になったマスターのこと、知っていれば話せ。知らねば……死ね!)
カラスは両翼を広げ、大きな嘴を開く。
口の奥に青みを帯びた光が宿る。
「くわあっ!」
「がるっ!」
オルトロスモードに戻ったタロ君が、わたしの前に立ち、カラスが放った氷の礫を前足ひとつで叩き落とした。
カラスに焦る様子はない。
最初からタロ君が防ぐことを計算した上での脅しだったのだろう。
「「……オォオぃオオ……」」
ボタンとウメ子がわたしに語りかけてくる。
相変わらず念話は使わない彼女達(無性だけど)だが、声を聞くとなんとなく言いたいことはわかる。
──この世界にダンジョンが出現したのは五年前だ。
「あなた……えっと……カラスさん?」
(なんだ?)
「あなたのマスターがいなくなったときのことを教えてくれる? なにか話せることがあるかもしれない」
(命乞いの時間稼ぎか? 価値のある言葉でなければ転がっているヤツらを殺していくぞ)
納得してくれるかどうかはわからないし、ダンジョンコアだという彼女と敵対することになった後タロ君が倒したら、このダンジョンがどうなるのかもわからない。
それでも説明するしかないだろう。
この世界のダンジョンは、ダンジョンマザーツリーによる異世界のダンジョンの挿し木なのだということを。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
五年前、一緒にこのダンジョンで暮らしていた魔女のマスターがいなくなり、マスターが使っていた家具や保存していた食糧品類も消えたというカラスの話を聞いた後で、わたしは自分の知っていることと予想を語った。
知っていることとはこの世界とダンジョンについてのこと、予想とはダンジョンマザーツリーの挿し木でこちらの世界に出現したのはダンジョンだけなのではないかということだ。
異世界の人間であるマスターや異世界で作られた家具や食料品までは複製されなかったのではないか。複製されたのはダンジョン施設とモンスター、そしてダンジョン運営のシステムが設定されたダンジョンコアだけ──
(ワタシは複製? 本当のワタシは今もマスターのお側にいる?)
「じゃないかと思うんだけど」
オルトロスモードでわたしのソファをしてくれているタロ君が、カラスの念話を聞いて悲しげな溜息をついた。
わたし達の周囲には、カラスの『睡眠』で眠りに就いた人々が転がっている。
ちょっとどうしたらいいかわからないので放置しているのだ。
「わふー。半日お留守番するだけでも寂しいのに、マスターとずっと会えなくなったら……吾、どうしたらいいのだ」
家具や食料品、ダンジョンへやって来た訪問者達の遺留品なども消えていることを訝しく思いつつ、カラスは自分のマスターの帰りを待ち続けた。
やがて滅多に訪問者が来ないことに気づき、DPを節約するために一体を残してモンスターを消してしまったのだという。
(このダンジョンは世界の北端、凍土の森にありました。寒い地域でしたが炎の魔脈が地下を流れていたために、ときどき火山が噴火することもあったのです。火山の噴火は忌まわしい炎の化け物ファヴニールを生み出します)
ファヴニール。
ラタトスクと同じ北欧神話に出てくる、火を吐く竜のモンスターだったかな。
元々ゲームは好きだったし、最近はダンジョンの情報を集めるためにネットを漁ってるから、結構モンスターの知識はあるのだ。
(マスターは戦いには向かない方でしたが、優れたアイテムコアを作る能力に長けていました。マスターはファヴニールを倒すための氷の剣を作り、実力のないものが武器を手に入れただけで死地に赴かないよう、このダンジョンのボスモンスターであるフェンリルを倒したものにのみ氷の剣を与える仕組みを設定したのです)
氷の剣。
ねんがんの……いやいや、それを言ったら変なフラグが立ってしまう。
でもフェンリルかあ。狼のモンスターだよね、タロ君みたいにモフモフなのかなあ。
「……マスター?」
背後のタロ君に呼びかけられて、わたしは背筋を伸ばした。
べ、べ、べつにモフモフハーレムとか夢見てないし!
(そして、いきなりフェンリルと戦って命を無駄にしないよう、この三十階層のダンジョンで、徐々に力を鍛えられるようにしていました)
「そっか」
名前が同じでも異世界のモンスターは、この世界の神話のように一度倒せばいいわけではない。
ファヴニールは自然現象が魔力と結びついて生まれるモンスターだ。
カラスのマスターは、止めを刺せば溶けてしまう氷の剣をファヴニールが出現するたびに作り続けた。わたしのドロップ品設定とは仕組みが違うんだろうな。
(ワタシは、これからどうしたら良いのでしょう?)
もっと混乱して、わたしの言うことなどウソだと(単なる予想で確証はない。タロ君にダンジョンマザーツリーにアクセスしてもらっても確認できる権限を越えていた)否定されるかと思ったが、なにか心当たりがあったのか、カラスはすべてを受け入れた。
ショックが大き過ぎて現実感がないのかもしれない。
しばらくしたら悲しみや虚無感が一斉に襲ってくるのだろうか。サクラの死の後のわたしのように。
……大切な存在を失うと、心に穴が空いちゃうんだよね。
わたしの心の穴はタロ君が埋めてくれたけど──
「ひゃうううぅぅんっ!」
突然、苦痛に満ちた犬の声が地の底から響いてきた。