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33・モフモフわんこのダンジョン接待散歩

「タロくーん」

「わふふふー」

「タロくーん」

「わふふふー」


 玲奈ちゃんの伯父さんのクルーザー(二十人乗り)を岸隊長が操縦して、港から三十分ほどでダンジョンのある島に着いた。

 クルーザー内で防具を装備していたわたし達は、封鎖している警官達に挨拶をしてダンジョン内に入った。

 一階層目はうちのダンジョンと同じでエントランスとボス部屋しかないが、レーダ探査での調査によると地下に二十九階層ある、全部で三十階層のダンジョンなのだという。以前調査したときは一階層のボス、ラタトスク(北欧神話に出てくるリスのモンスター、性質や特徴などが似ていたためその名前になったのだろう)を倒して二階層まで下りたが、二階層は迷路になっていたので引き返したそうだ。


 そのときの階段に今は結界が張られていて、二階層へは降りられなくなっている。


 このダンジョンにはモンスターどころかスライムもいなかった。

 まだ昼前だけど、出入り口の明かりだけではとても光を賄えない。エントランスは学校のグラウンドくらいあるからね。

 DSSSはもちろんそれを知っていて、持ち運び可能な大きなライトを用意していた。


 洞窟のような岩肌がライトの明かりに照らされる。

 ところどころに穴が開いているように見えた。

 モンスター同士の戦いで攻撃魔法が流れ弾になってできたようなものもあるが、去年ハル君ふー君にもらったドングリの表皮にあった虫の穴のようなものも多い。……虫型モンスターが隠れてたら調査で気づくから、民間人入れたりしないよねえ?


 わたしは虫が得意ではない。

 テントウムシは可愛いと思うし、アリとハチは見た目だけなら耐えられるけど動いてるのを見るのは嫌。芋虫は想像もしたくない。

 怯えが表に出ていたのだろう。


「晴さん、大丈夫ですか?」

「あ、はい。わたしは全然大丈夫なんですが、タロ君が……」

「かなりストレス溜まってますね」

「……ううう、監査員の方々のお世話係は私の役目なのに……」


 知人の鷹秋さんが気を配ってくれるのは有り難いのだけれど、役目を奪われた里見さんは相変わらず落ち込んでいるようだ。……そういうキャラ?


「それで? それで初ダンジョンのモンスターはどうやって倒したんですか、ミスター・フォッグ!」

「確かソイツがナックルダスターをドロップしたんですよねー。呪いにかかるまでは『ダンジョンボクサー』と呼ばれていたって聞いてます」

「ああ、うん。いや、ミス・アメザキは安全性の監査に来たんだろ? まあダンジョンの安全性ってなんだ、って感じだけど。ミスター・ヒラノはミス・アメザキの護衛だろ? 俺の話聞いても……」


 ダンジョン好きの玲奈ちゃんと、ネットでは知られたダンジョンオタクだという平野さんはアーサーさんを質問攻めにしている。

 平野さんはこれまで仕事相手ということで遠慮していたのだが、マシンガンのように質問する玲奈ちゃんに触発されてしまったようだ。

 わたしはこの一週間、コロッケや唐揚げを食べながら流していた海外ドラマや映画から学んだ聞き分け話分け術を発揮しようと頑張っている。でも玲奈ちゃんの英語がかなり自然なようで、ときどきどっちかわからなくなった。


「この前来たときの氷のようなソフィアさんはどこに行ったんだ。あの視線で睨みつけられるのが楽しみだったのにっ!」

「……」

「俺は犬好きで、リードを預けられて子どものように笑うソフィアさんも好きだな。ギャップいいよ、ギャップ」


 タロ君のリードを手に、DSSS七人とアーサーさん、わたしと玲奈ちゃんの周りをグルグル回っているソフィアさんのことを話しているふたりに囲まれて、高原さんは無言でアイテムコアのレンズを覗き込んでいる。

 彼の後ろに立ったボタンが『弱体化』を上手く使って、タロ君のステータスを読まれないようにしていた。まあ使わなくても、素早く動いている対象相手には『鑑定』が作動しにくいらしいけど。


 アーサーさん達がこのダンジョンへ来るのは二度目だという。

 彼は呪いが解けた状態でレベル20だったので、階段の結界が解けるかどうか試しに来てくれたのだ。

 今回は普通の民間人が初めてダンジョンに入るということで、レベルを公表している冒険者の中では一番レベルが高い彼に護衛してもらいたいと、玲奈ちゃんの伯父さんが例の県会議員やらもっと上の国会議員やらを動かして依頼したのである。DSSSは民間企業だけど専門家だしね。


「卯月さん、緊張感がなくてすみません」

「いえ、本当に全然モンスターがいませんものね」

「……監査員の方にお詫びする役目すら隊長に取られた……」


 岸隊長に謝罪されて首を横に振る。

 うちのダンジョンで真剣に戦ってらしたのを見てますし、そもそも玲奈ちゃんはダンジョンに入りたかっただけですから。

 今度なにかのときに玲奈ちゃんの伯父さんに会ったら、失礼ながら玲奈ちゃんを甘やかすのはほどほどにしたほうがいいんじゃないですか、と意見させてもらおう。


「タロくーん」

「わふふふー」

「タロくーん」

「わふふふー」


 タロ君とソフィアさんの間のリードはピンと張っている。

 ちょっとだけふざけて走り出す振りをするときもあるけれど、普段のタロ君はわたしの隣を歩いてくれるα症候群とは無縁の(わんこ)だ。

 距離が近付くと興奮して抱きつこうとするソフィアさんに辟易しているのだろう。走っているのに無表情だし。


 せっかく玲奈ちゃんの護衛として伯父さんが頼み込んだアーサーさんがソフィアさんの拘束で動けなかったら意味がないと思って考えた案なんだけど、ちょっとタロ君の負担が大き過ぎたかな。

 ソフィアさんは玲奈ちゃんの護衛ではないが、本国との契約でアーサーさんから離れられないのだという。

 玲奈ちゃんの伯父さんとDSSSは、アーサーさんがいないことよりもソフィアさん込みのアーサーさんがいることを選んだのだ。


 DSSSの残りの六人は、うちのダンジョンに初めて来たときのように出入り口をキープして不慮の事態に備えている。

 今はタロ君のストレス以外の問題はないので、多少の無駄話くらいなら──


「っ?」

「晴さん?」


 わたしは胸を抑えてその場にしゃがみ込んだ。


「わふっ!」

「ああ、タロくーん!」


 リードを引いてソフィアさんの手を振りほどき、タロ君がわたしに駆け寄ってくる。


「晴?」

「卯月さん?」

「ハルッ?……ウソだろ?」


 わたしに近づこうとしていたアーサーさんが気配を感じたのか振り返る。

 モンスターがいないはずのダンジョンで、さっき見学してなにもないこと、アーサーさんが近付いても階段の結界が解けないことを確認(以前も試してダメだった話を聞かされただけで、さすがに今回は試さなかった)して退出したボス部屋から現れた存在がいた。──カラス、巨大な黒いカラスだ。

 オルトロスモードのタロ君と同じくらい、学校の体育館のステージの半分ほどの大きさがある。


 わたしの心臓に融合したダンジョンコアが激しく震える。


「全員撤退! 平野と里見は先行して退路を確保!」

「ミスター・キシ! コイツは俺が食い止める!」

「ありがとうございます、フォッグ氏! 葉山は卯月さんに負担のない体勢で運んで差し上げろ! 残り三人は雨崎さんを守れ!」

「隊長、ソフィアさんは?」

「俺の指揮下にある人じゃないし話しかけたら睨まれるから怖い! じゃなくて俺らのほうが足手纏いだ!」

「……タロ君との甘い時間邪魔しましたネー? 許しまセーン!」


 心臓と融合したダンジョンコアが振動して動けないでいたわたしに、鷹秋さんの大きな手が触れた。その瞬間、


「くあああぁぁああっ!」


 カラスが吠えた。


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