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30・モフモフわんこと恋する季節

 ダンジョン生活四十三日目。


 寝起きの悪い玲奈ちゃんを叩き起こし、一緒に朝食を摂った後でアパートを出る。

 といっても敷地までは出ていない。玲奈ちゃんが呼んだタクシーを待つのだ。

 彼女が泊まりに来たことは、昨夜のうちに大家さんに伝えている。


「……晴。眠いわ……寝てもいい?」

「いいわけないでしょ! 伯父さん達とパンケーキ食べた後は、DSSSとも会って明日の予定を詰めるんでしょ?」

「ん……晴も来る?」

「玲奈ちゃんの伯父さんや伯母さんってすっごくセレブで緊張するから、やめておく」

「……ぐー……」

「わふう」


 困ったもんだと溜息をついて、玲奈ちゃんの体をそっとアパートの壁に預ける。

 軽いから寄りかかられててもダメージ少ないんだけどね。

 昨日八人分のカレーの七人半分くらい食べたのはどこに行ったんだろう?


 ……キイ……


 わたしも壁にもたれてタクシーを待っていると、お隣の扉が開いた。

 ふー君が顔を出す。


「おはよー」

「おはよう、うるさかった?」


 ふー君はぷるぷると首を横に振り、玲奈ちゃんを見て首を傾げた。


「……だぁれ?」

「玲奈ちゃんだよ。去年も泊まりに来たんだけど、覚えてないかな?」

「んー」

「わふ!」


 玄関から足を踏み出そうとしたふー君に、慌ててタロ君が駆け寄る。

 わたしも彼に近寄った。


「勝手にお外出ちゃダメでしょ」

「だってー、かあちゃんとにいちゃん、あらいものしててタイクツなの。ふーもおてつだいしたいのにー」


 なるほど、とわたしは頷く。

 このアパートの流し台は子どもに合わせた高さじゃないし、濡れた食器は危ないもんね。

 ときどきわたしも洗い物の途中で食器を落とすことを知っているタロ君が、優しい表情で見上げてくる。さ、最近は割ってないよ? ひとり暮らしを始めたとき、実家から割れにくいぶ厚い食器を持ってきたのだ。


「んんー? タクシー来た?」

「まだだけど起きなよ。ほら、ふー君だよ。覚えてない?」

「ふー君? なんか聞いたような……」


 わたしやタロ君が離れたからか、玲奈ちゃんが瞼を擦りながらこちらを向く。

 彼女と視線が合った途端、ふー君はもの凄い速度で自宅へ入っていった。

 開いたままだった玄関の扉が閉められる。


「え? 怯えられた? 私、なにか悪いことしたっけ」

「人見知りでしょ。去年は一歳だったから覚えてなかったんだよ」

「わふわふ」


 生まれて一年も経たないタロ君が兄貴顔で頷いている。


 ……てってけてってってー。


「ん?」

「あれ?」

「わふ?」


 お隣から軽快な足音が響いたと思ったら、もう一度玄関の扉が開いた。

 お兄ちゃんのハル君でも連れて来たのかな?

 たったひとりで現れたふー君は、(シャドウ)のマントと帽子を身に着けていた。


「タロクンジャーみろり! じゃなくてグリーン!」

「え? 私、退治されちゃうのかしら」

「そうなの、ふー君?」

「わふわふ(玲奈は悪い人間ではないのだ)」


 わたし達の質問に首を傾げ、しばらく考えてからふー君は言った。


「ふーカッコイイ!」

「ああ、うん。そうね、カッコいいわよ。……うふふ」


 玲奈ちゃんは含み笑いを漏らし、持っていたポーチから青いものを取り出した。

 真珠のような光沢を放つそれを羽織る。

 彼女はふー君と視線を合わせ、両手で小さくポーズを取った。


「タロクンジャーブルーよ!」

「おー」

「ふー、なにしてんだ?……あ、ハルちゃん、おはよう。それと……玲奈ちゃんだっけ? えっと、お久しぶりです」


 洗い物が終わって現れたハル君のほうは、玲奈ちゃんを覚えていたようだ。

 五歳児だから、去年ももう四歳だったものね。

 でもよく「お久しぶりです」なんて出てきたな。


「玲奈ちゃんブルーなんだ」

「にいちゃん、だまって!」


 普段はお兄ちゃん大好きな弟の突然の反抗に、ハル君は目を丸くする。

 ふー君は玲奈ちゃんのところまで歩いてきた。

 いつもはひとりだと玄関から顔を出すくらいで、お兄ちゃんのハル君やお母さんの節子さんが一緒じゃないとここまで飛び出さない良い子なのにな。ふー君は玲奈ちゃんを見上げて言う。


「ふーは、ふーです!」

「ご挨拶ありがとう。雨崎玲奈、晴の親友よ。よろしくね」

「はい!……レナちゃん?」

「なにかしら?」

「ふーのおよめになって!」


 そう叫んだふー君は、彼に合わせて屈んでいた玲奈ちゃんの膝に抱きついた。

 玲奈ちゃんが困惑した表情でわたしを見る。


「……晴。どうしよう」

「わたしは玲奈ちゃんの意思を尊重するよ」

「わふ」

「……えー、母ちゃんのほうが美人なのに……」


 ぼそっと呟いたハル君はマザコンだ。もっとも五歳児がマザコンじゃないほうが珍しい気もする。


「ふー君?」

「はい!」

「えーっと……晴ぅー」


 いつもの押しの強い玲奈ちゃんとは思えないほど困っている。

 中高時代に告白されてたときは、すぐに一蹴してたのにね。

 まあふー君は可愛いし、そんなに真っ直ぐ見つめられたら否定的なことは言えないよね。


「冬人春人なにしてるの? あら、卯月さんおはよう。……雨崎さんだったわね。今年も泊まりに来たの?」

「これから帰るところなんです。昨夜ご挨拶に伺わなくて申し訳ありませんでした」

「いいのよ。うちは寝るのが早いからね」

「かあちゃん、レナちゃん、ふーのおよめになるの」

「え? なに言ってるの、冬人。雨崎さんとは歳が違うでしょ」

「アイがあればトシのサなんてなのー!」


 ふー君がどこで覚えたかわからない(たぶんテレビ)言葉を使って愛を訴え始めたとき、運良くタクシーが来たので玲奈ちゃんは逃げた。

 ハル君や葉山さんはうるさくしてごめんと謝りながらも、子どもだからすぐに忘れると微笑んでいた。

 そうかなあ。ふー君にはどこか底知れないガッツを感じるんだよねえ。(シャドウ)のマントと帽子着てきたのって、彼なりのオシャレだったんじゃないかなあ。


 ……明日は玲奈ちゃんとダンジョンか。


「たぶん明日も起きないと思うから、エサ用にチョコとバナナのパウンドケーキ作ろうと思うの。一緒に商店街まで材料買いに行こうか」

「わふ!」


 わたしは男の子に告白されたことがない。ハル君ふー君とは仲良しのつもりだけど冗談でもそういうことを言われた覚えがない。

 ちょっと切なく思いながら、わたしとタロ君は家に入ってリードをつけたのだった。

 パウンドケーキも作れるホットケーキの粉は通販で買ったのがあるし、チョコはいつも買い置きしてるから、後はバナナでも買って来ようかな。


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