1・モフモフわんこで開いた穴はモフモフわんこでしか埋められない!
本日(11月1日)は三回更新します。
これは1/3回目です。
──ミーンミーンミーン。
セミの声が耳朶を打つ大学二年生二十歳の夏のお昼過ぎ、わたしはひとり暮らし中のアパートの部屋で畳に転がっていた。
わたしの部屋にはあまり物がない。
大学の教科書以外の娯楽書籍はスマホで読むし、趣味のゲーム(ヌルゲーマー)もスマホか携帯機でプレイするからだ。ノートパソコンはあるがテレビはない。
……暑い。熱中症が怖い。
クーラーつけようかな。
でもクーラーつけてると鼻水が出るんだよね。
近くのコンビニで鼻水が出ない程度に涼んで、店前に置いてあるバイトの情報誌でももらって来ようか。
帰りに公園の木陰でベンチに座って食べるのはなにがいいかな。
アイスと……チョコは溶けるからダメだ。
なんてことを思いながら立ち上がって服を着替える。
デニムとTシャツはそのままだけど、妙齢女性の端くれとして外出時は下着をつけなくちゃね。
わたしの部屋はアパートの一階。窓の外はブロック塀で部屋の隣は大家さんと四人家族、大学に入学してからの二年間で特に困ったことは起きてない。
部屋の外へ出ると大家さんと目が合った。
大家さんは小柄なおばあちゃん。もう七十歳を越えてるんだったかな?
駐車場の隅にある家庭菜園に水をやりながら、麦わら帽子の下で微笑む。
「晴ちゃん、お出かけ? 熱中症には気をつけてね」
「はい、気をつけます。大家さんも水分補給してくださいね」
手を振ってコンビニへ向かう。
歩くだけで疲れてしまいアイスが溶ける前に食べきる自信が持てなかったので、炭酸水を買うだけにした。
袋をもらわなかったから、バイトの情報誌は今度にしよう。
アパートのある住宅地と繁華街の中間にある公園には人影がない。
……暑いもんね。
わたしも炭酸水を飲んだらアパートに帰ろう。
木陰でベンチに座り、炭酸水のキャップを外す。
梢を揺らす風が心地いい。
目の前の風景が実家近くの公園のものと重なって見えた。
「はあ……寂しいよ、サクラ」
実家で飼っていたサクラ(享年二十歳・ミニチュアダックスフント)が亡くなったのは今年のゴールデンウィーク、今はペット霊園で眠っている。
サクラは母が大好きで、わたしのことは雑用係としか思ってなかったみたいだけど、わたしはサクラが大好きだった。
大切な家族を失って、胸にぽっかりと開いた穴はなかなか塞がりそうに──
「ええぇぇぇっ?」
違和感を覚えて視線を落とすと、わたしの胸元に拳程度の八面体がめり込んでいる。
ネットやニュースで見たモンスターコアに似ているが、それより大きい気もした。
八面体は、ぐいぐいと体に入り込んでくる。
血も出てないし肉も割れてない、シャツだって破れてない。
次元が違う? のだろうか。
痛くない。痛くはないのだけれど、
「そういう問題じゃない! ちょ、なんで……あ……」
完全に体内へ入り込んだ八面体が心臓に触れたのがわかった。
サクラを失った胸の穴を埋めたいとは思っていたけれど、こんなもので埋めるつもりはなかった。
可愛いモフモフわんこを失った穴は、可愛いモフモフわんこでしか埋められないのだ。
「……っ」
八面体が心臓に溶け込んでいく。
そこから血液を通って全身に、感じたことのない力が流れていった。
その強い力を受け止めきれなくて、わたしは──
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ダンジョンは、ある日突然、出現した。──世界の各地に。
ゲームやファンタジーで語られていたように、中には大量のモンスター。
モンスターを倒すと現れるのは、現代技術では傷ひとつつけられない物質でできたモンスターコア、あるいは魔法の力を付与されたアイテムコア。
世界の人々はダンジョンに熱狂した。
日本以外の多くの国々が、自国に出現したダンジョンを民間に開放した。
今はモンスター退治のトロフィーとしての価値しかないモンスターコアは、いずれどこかが活用法を見つけ出すだろうと思われていた。
ダンジョンは新たな時代を夢見る希望の源となった。
そして五年。
人々は以前ほどの情熱をダンジョンに抱いていない。
たった数年でモンスターコアの活用法が見つからないのは仕方ないとしても、アイテムコアの付与効果がダンジョン外で利用できないのは痛かった。
重火器が効かないダンジョンのモンスターに対して必須なアイテムコアは、ダンジョン外ではファンタジーな感じのインテリアでしかない。
モンスターを倒したからって特別能力が上がるわけではなかった。
ダンジョンでしか見られないステータスボードに記されるレベルは、自力でステータスを高めることで上昇する。
ステータスはダンジョンの中で訓練しても外で訓練しても上昇値に大きな違いはない。
ダンジョンは大体二十から三十階層あり、最下層にはボスモンスターがいることが確認されている。
だれかがどこかのボスモンスターを倒したら、この現象の理由が明かされるのだろうか。
そんな期待を胸に挑み続けた冒険者の多くは無残に命を散らしていた。
これまでにドロップしたアイテムコアの中に、回復と蘇生の魔法が付与されているものはなかった。
消耗品──いわゆるポーションなどの消耗品もドロップされたことはない。
なのにダンジョン内で受けた状態異常は、ダンジョンを出ても持続する。
ダンジョンなんてマニア向けのテーマパークだ。
命の危険がある分タチが悪いじゃないか。
自衛隊に調査させた後は封鎖して警官に警備させている日本が一番賢かったのかもしれない。
今の世論は大体そんな感じ。
ダンジョンに潜る人間の数は、全盛期の百万分の一にも満たないだろう。
むしろモンスターコアやアイテムコアの保管場所、調査と警備にかかる費用などが問題視され始めている。
わたしがダンジョンマスターになったのは、そんな風に世界がダンジョンに飽きていたころだった。
お読みいただきありがとうございました。
モフモフわんこは次回から登場です。