太陽のせいじゃないかも
こうして俺は幸美の自転車でバイト先の店に戻り、給料分の仕事をしていくことになった。
不可抗力とはいえ道草食った分、ゴミ出しやトイレ掃除など、わき目もふらずにやらなければ、今後の立場がない。
だが、そんな苦労など考えもしない孝太は、雑用を黙々とこなしたい俺に、余計なことをのべつ幕なしにまくし立てた。
「話を聞く限りでは、少なくとも、お前に危害を加えようとしている奴がいる」
自分でもそんな気がしていた。
だが、他人から指摘されると、それが現実だとは認めたくなくなるものだ。
俺は、厨房の生ゴミを片付けながら、まさか、とトボけた。
だが、孝太は真顔で食い下がってくる。
「恨みを買うような覚えはないか」
自慢じゃないが俺は、恨みを買うほどの深い付き合いのある知り合いはいない。強いて付き合いが深いといえば幸美ぐらいだが、恨みを買うような覚えは全くない。
しばし考えて、孝太は、ぽんと手を叩いた。
「幸美との関係、誰かに誤解されてるんじゃないか」
関係というほどのものはない。
「別にそんなんじゃ」
そう言っても、孝太はニヤニヤ笑いながら突っ込んでくる。
「どこまで行ったんだよ」
「正月に田舎まで」
しれっとボケてかわしたつもりだったが、孝太は俺と漫才をするつもりはなかったらしい。
俺の胸ぐらを掴まんばかりに豹変した。
「しっぽり田舎まで行って何しやがったオイ!」
何でムキになっているのか、よく分からない。だいたい、しっぽりってなんだよ、しっぽりって。
だが、「問いかける孝太の息は、妙に荒かった。
「彼女の田舎まで行ったんだろ」
俺は極めて冷静に返す。
「幼馴染だし」
俺が店の裏口からゴミ出しに行こうとすると、孝太は額に人差し指を当てて考え込みはじめた。
戻ってきたところで、重々しく口を開く。
「話を戻そう」
こんなに疲れる奴だとは思わなかった。俺が力なく頷いて、やっと本題に戻ることができた。
「で、幸美との関係だが」
全然戻ってない。
俺は店の方から下がってきたグラスを洗いながら、全部お前の妄想だろ、と突っ込んだ。
孝太は厨房の壁をイライラと叩く。
「お前が人から恨み買うとしたらそのくらいだろ」
なぜ幸美にこだわる。
だいたい、それじゃ朝のアレの説明がつかない。俺は実際、死ぬ思いをした。
俺は洗い物の手を止めた。
辺りの様子を伺う。
店の方からは男女の嬌声が聞こえてくるが、皿やグラスが下がってくる気配はない。
俺は手短に、今朝、孝太がやってきたときの状況を説明した。
タダの二日酔いじゃないかという答が簡単に返ってくる。
仕方なく、俺は朝起きたときの状況や、意識が遠のいた瞬間に感じたことを話した。
裸の背中に貼りついた、あのしっとりとした感触。
首に絡みついた細い腕……。
「お前やっぱロリコン変態犯罪者」
そういう孝太は鼻血を出している。人のことが言えるか。
俺が出してやったキッチンペーパーで顔を拭きながら、目をそらして孝太は答えた。
「それマジメに考えたらあの子が絞めたんだろ」
考えたくなかったが、それしか答はない。
だが、何で?
聞いてみると、孝太は俺の方を横目でちらっと見た。
「過激な愛情表現」
俺は相手にしないで、再び洗い物を始めた。目を合わせないで言ってやる。
「代わるか? 俺と」
その時だった。
店の裏口から、夜だというのにサングラスをかけた男がひとり入ってきた。
よれよれのTシャツに半ズボンとサンダル履きという、なんだかチンピラ風の若者だった。
あの、ここは、と俺が言いかけると、孝太が手で制する。
孝太は男に促されるまま、すぐ戻る、と小声で言って一緒に出て行った。
太陽のせいにしては、不吉な予感がした。