天の助けも太陽のせい
突然ドアが開いて、またまた幸美が顔を出した。
「そうそう、実家から、盆には帰ってこいって……ちょっと」
幸美の顔が再び悪鬼の形相に変わった。
「この子は何?」
この子?
腰に手を当ててじっとこちらを見ている幸美の視線を追ってみる。
それは明らかに俺と孝太の間を通りぬけていた。
振り向いてみた。
俺の後ろには、押入れしかないはず……だった。。
さっきまでそうだったが、もう一人いた。
黒髪の小さな女の子がひとり、俺のカッターシャツを着て、ちょこんと座っていた。
着ているというより、羽織っているというのが正しい。
俺は小柄なほうだが、それでも着ている服は子供には大きい。
女の子は、そんな服を一枚だけ、着ている。
幸美の怒りは意外に静かだった。
「何であんたの服着てるの、翔平」
こっちが聞きたい。
そう思いながらも、俺は先生に叱られる小学生のように正座して縮こまっていた。
怒りの矛先は孝太に向かう。
「詳しく説明してくれない? 九段君」
答えられるわけがない。
孝太も俺と同じ姿勢で縮こまった。
幸美の険しい表情が、ふっと緩む。
その目から涙が一筋流れた。
バックパックの側面ポケットから、携帯電話を取り出して言った。
「あんたたちをどうこうしようっていうんじゃないの。この子を保護しなくちゃいけないから」
言いたいことは分かる。補導員を委嘱されているわけだから、電話する先は警察だ。
冗談じゃない!
だが、幸美はそれ以上、何もしようとしなかった。
ただ、携帯電話を持った手をだらりと下げたまま、ぽつりとつぶやいただけである。
「友達だから言うの。本当のことを教えて」
教えようがないから困っているのに。
俺も孝太も俯いたまま。
重苦しい空気が4畳半の部屋一杯にたまり、時間だけが流れた。
幸美が深い溜息をついたのは、どれほど時間が経ってからだったろうか。
「わかった。言えないような事情なんだ」
そうじゃないんだって!
俺は再び孝太を見た。
孝太は再び首を横に振った。
何もかも諦めきったような、そんな表情だった。
幸美が震える手で携帯電話の画面を見た。
一つ、一つ、番号を押す。
そして、最後の一つ……。
「待ってください!」
俺のものでも孝太のものでもない、可愛らしい声が幸美を止めた。
「すぐ出て行きます! みんな私がいけないんです!」
黒髪の女の子が、白く細い素足を晒して駆け出し、戸口に立ち尽くす幸美の足に、しゃがみこんですがった。
無防備な、ふかふかのウサギのように。
助かった。
これも太陽のせいだろう、きっと。