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夏の太陽が去っていった

 俺は腹の上の足を掴んだ。

 自分でも信じられないような咆哮が、全身を震わせる。

 幸美の胸に気を取られていたのか、黒服はあっけなく倒れた。

 バタフライナイフを掲げた男と視線が合った。

 俺は遮二無二に突進する。

 幸美を捕らえていた2人が俺に向かってきた。

 たちまちのうちに跳び蹴りを食らい、床に倒されて散々に踏みつけられる。

 だが、俺の安全など、もはやどうでもよかった。

 幸美は……。

 一瞬で危機を脱していた。

 ナイフ男が、黒服の男2人と絡み合って床で伸びている。

 長い髪を振り乱したしおりが、ゆっくりと身体を起こすのが視界の隅に見えた。

取り囲んでいた黒服を、しおりが投げ飛ばしたのだと見当がついた。

ナイフ男は、刃を幸美の喉に突きつけようとした瞬間、宙を舞ってきた仲間と正面衝突したのだ。

 残りの連中も、拳や蹴りの一撃を食らって、床へと垂直に落ちる。

 俺を蹴り転がしていた男達が一斉に、しおりを抑えに走った。

そいつらは、ことごとく返り討ちに遭う。

 細くて華奢な脚が一閃するごとに、サッカーボールか何かのように吹き飛んでいった。

 袋叩きの痛みで朦朧としていく意識の中で、俺は幸美の姿を探した。

 切り裂かれた服を寄せて、その場にうずくまっている。

 そしてまた、男達の声が外から聞こえた。

「おい、ここだ!」

「誰だあいつ!」

「子供だぞ、おい!」

 新手らしい。何人いやがるんだ、こいつら……。

 しおりが闘っている。

 幸美は己を失って震えている。

 俺は……もうだめだ。立ち上がれない。

 意識が白紙に戻っていく。

 絶体絶命の危機。

 そのなかで、俺は必死で考えた。

 孝太……。 

 孝太はどうしたんだよ!

 最初に倒れて、それっきりかよ……!

 目の前の危機の全てを、孝太のせいにしたくなった、その時。

 遠くからパトカーのサイレンが聞こえたような気がした。

 俺はそのまま、意識を失った。


 俺が目を覚ましたのは、病室のベッドの上だった。

 ふと隣を見ると、孝太が寝ている。

 おい、と呼ぶ声に頭を横に転がすと、スーツ姿の幸美が花束を手に立っていた。

「気分はどう?」

 俺は答えもせず、幸美が左胸に抱えている花束を見つめていた。

 幸美は、俺の視線に気付いたらしい。

「あ、これ? きれいでしょう。奮発したんだから」

 ああ、と俺は曖昧に答えた。

 別に花束は見ていなかったから。

 俺の素っ気無い物言いが不満だったのか、ちょっと気落ちしたように見えた幸美だったが、その眉は急に吊り上がった。

「どこ見てたのよ」

「は?」

 図星だった。

 あの非常時にとんでもないことだが、俺の脳裏には幸美の露わな胸がしっかりと焼きついていた。

 幸美は花束を俺の顔面に二度三度と叩き付ける。

「もう、知らない! 事情はは自分で確かめて」

 そう言って、幸美は朝刊をつきつけた。

 朝刊の日付けが変わっていた。

 ということは、俺は一晩、病院で眠っていたことになる。

 じゃあ孝太は……。

「警察に通報したの、オレ」

 再び頭を転がすと、ベッドに横たわったまま、孝太がにやにや笑って言った。

「こっそりケイタイ拾ってな」

 人知れず目を覚まし、人知れず床を這って携帯電話を広い、気を失っているふりをして人知れず110番通報をしたのだった。

 要は、あのドサクサのなかで、いちばん美味しいところを持っていったのである。

 俺たちを助けようともせずに。

「てめえ……」

「まあ落ち着け、気持ちは分かるが」

「九段さんも、薬で意識不明になるかならないかのところだったんだから」

 幸美が孝太をフォローするのを聞いて、俺は泣きたくなった。

 孝太は調子に乗って、事件がどうなったかを真面目くさって幸美に尋ねた。

 俺は朝刊のページを孝太に開いて見せる。

 そこには、昨日の事件が小さく載っていた。

 脱法ドラッグを売りさばいていたグループが摘発された、と。

 麻薬取引ではないので、薬物に関する法律ではなく、俺たちに対する監禁の容疑で逮捕されたらしい。

 そこまで分かったところで、おれは病室を見渡した。

 いるべき者が、いない。

 俺は幸美に尋ねた。

「しおりは?」

 幸美は首を横に振った。

 何でも、しおりは幸美が川から連れて帰った後で、自分の家まで送ってほしいと急に言い出したらしい。

 幸美は言われるままに車を出した。

 着いたところで、しおりは車から飛び出し、倉庫へ突進していったのだという。

 何がなにやら分からぬままに後を追った幸美は、思わぬ危機に見舞われたというわけである。

「あの後、警察が踏み込んできたんだけど、その時はもう、いなかったみたい」

 幸美は事情聴取の中で警察官に尋ねたが、保護された子供はいなかったという。

 孝太がそこで口を挟んだ。

「それで? しおりちゃんについては何かしゃべった?」

 幸美はこっくりと頷いた。

「知ってるだけ、全部」

 孝太は頭を抱えた。

「捕まるよ、俺たち絶対捕まるよ」

 幸美は溜息一つついてから、はっきりと言い切った。

「危ない目に遭わせたんだもの、優先順位はどっちが高いか、分かるわよね」

 俺も自信を持って同意した。

「大人の責任ってヤツだ」

 孝太はすかさず突っ込んだ。

「お前が言うな、翔平」

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