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これは太陽のせいじゃない

 俺が紹介されたのは、薬の試供品を配る仕事だった。

 この仕事をやり抜けば、試供品の配布元に頼まれた関係者が、連絡ひとつでやってきて、俺の身を守ってくれるらしい。

 なんだかうますぎる話だったが、実際に起こっていることを考えてみると、飛びつかないわけにはいかなかった。

 それに、守らなければならないのは自分の安全だけではなかった。

 俺の留守中に、しおりに何かあったら……。

 ただし、、この仕事を受けるのには、ひとつハードルがあった。

 いわゆる「一見さんお断り」。

 不特定多数ではなく、指定されたモニターとアポを取って、薬を渡すわけである。

 それほど難しい仕事ではない。

 孝太も、店の従業員から声をかけられたということだった。

 だが、俺達はまず、その薬の配布元と会わなければならなかった。


 時間と場所は、孝太に指定されていた。

 所番地は俺の住んでいる街のものだったが、行ったことのない場所だった。

 さんざん探してたどりついてみれば、そこは俺の田舎とそう変わらない、田畑と空地しかないところだった。

 夏の夕暮れに、廃工場の倉庫の影がススキの原の中に浮かんでいる。

 俺は車の中で、孝太を横目で見た。

「場所間違えたんじゃないのか?」

「いや、地図見てもここなんだけど……」

 地図を逆さまにしたり裏返したりの孝太とガタガタ議論していると、車の窓が軽く叩かれた。

 黒のスーツを着こなした身なりのいい若者が、俺達を窓越しに覗きこんでいる。

 孝太が車の中から倉庫を指差すと、にっこり微笑んで頷いた。

 どうしようかと孝太の顔を見ると、正面を見たまま口を歪めて笑っていた。

 黒服の若者が2人、歩いて来るのが見えた。

 俺は諦めて車を降りた。

 孝太は何も言わず、車を降りてドアに鍵をかけた。

 それを確かめると、若者たちはついてこいとも言わずに、俺達の前を横一列にならんで歩き始めた。

 

 倉庫の中へ通されると、そこでは何やら立食パーティっぽいものが行われていた。

 案内してきた連中がどこかへ行ってしまうと、そこには異様な光景が広がっていた。

 埃っぽい木の床の上に足のガタピシいう折り畳み式の机が10台ほど並んで、ビール瓶やらチューハイの缶などが置かれている。

 ツマミは残らず、ポテトチップやらフライドチキンやらの、いわゆるジャンクフードばかりだ。

 客を見れば、黒い髪をした者は誰一人としていない。皆、同じようにヨレたシャツは穴だらけのズボンを履いている。

 何よりも気になるのは、机のあちこちで細く揺れる煙があることだった。

 その煙は、香炉のような形をした、小さな白い磁器から出ている

 辺り一面、その煙がたちこめているのに、全然ヤニ臭くないのである。

 孝太がオレの耳元で囁いた。

「ヤバくねえ?」

 俺もそんな気がし始めていた。

 そういわれてみると、どいつもこいつも目が半開きで、正気とはとても思えない。

 もしかして……。

 ひとつだけ、思い当たることがあった。

「もしかして、幸美の言ってたアレか?」

 孝太が頷いて答えた。

「脱法ドラッグ」

 幸美から、しつこく聞かされたことがある。

 大麻に成分が似ているが、今のところは麻薬取締法の対象外となっている。

 薬事法などを適用した取締りの輪が狭まっているが、製造者や売人はあの手この手ですり抜けているという。

 俺は孝太の肩に手を回した。

「こういうのって、モロに犯罪じゃないか?」

 孝太は首を振る。

「煙草みたいに巻いて吸うと薬事法違反になるらしいが……。」

 なってもならなくても、こんなところで、こんな連中と危険な遊びをしている暇はない。

俺たちは互いに目配せして、そろそろと後ずさった。

 幸い、どいつもこいつも目がうつろで、誰がやってきて誰が帰っていくのかなど気にしている風もない。

 チャンスだ。

 俺たちは退く足の歩幅を広げ、一刻も早くこの場をおさらばしようとした。

 一歩、二歩。

「散歩かい?」

 背後から呼びかけられた。

 再び孝太と顔を見合わせた。

 振り向く気はなかった。

 どんな奴が声をかけたのかは分かりきっている。

 俺たちをここに連れてきたのと似たような連中だ。

 恐らく同一人物じゃないだろう。ローテーション組んでないと、ラリッてしまう。

 だが、俺たちの相手になるのは、正気の連中だけではなさそうだった。

 視界一杯に広がる、正気を失った連中の群れの中から、まだ自分の意思で立って歩けるのが数名、ぞろぞろとやってきた。

 数名、というのは、俺も数が数えられなくなってきていたからである。

 隣で棒立ちになってきた孝太が、真っ直ぐ地べたに落ちた。

 俺も目が回る。

 足がもつれる。

 立っていられない。

 腰が抜けた。

 その場にへたりこむ。

 これも太陽のせいだという気はない。

 自業自得というものだ。

 俺は流石に観念して、これまでのちゃらんぽらんな人生を悔いた。

 世間一般び反省と呼ばれているであろう感情が、生まれて初めて心の中に芽生えた。

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