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太陽のせいで余計なオマケがついてくる

 それから2、3日ほどして、盆休みが来た。

 夜のバイトも、盆は客が来ないからという理由で休まされ、俺は幸美に引きずられるようにして田舎へ帰る羽目になった。

 問題はしおりである。

 警察からの事情聴取はおろか、両親からの電話ひとつない。

 しおりに聞いても、「大丈夫です」というばかりである。

 しおりが何らかの連絡を取って俺達に言わないのか、子供がいなくなっても心配しないような家庭なのかは分からない。

 とにかく、子供ひとりで置いていくわけにもいかなかった。

 そこで幸美は、「自分が面倒見るから連れて行く」と言い出した。

 どうも情が移ったらしい。

 

 俺の田舎は、現在住んでいる街中から車で2時間ほどのところにある山奥である。

 田畑と渓流のほかは、特に何もない。

 幸美の車で帰ったので、車も運転免許もない俺に行動の選択権はなかった。

 いつもとは違って、キャミソールにジーパンというラフな姿の幸美に言われるままに、俺は先に自分の実家に寄る羽目になった。

 おそらく幸美は俺一人だけ実家に残して、両親の小言を聞かせるつもりだったのだろう。

 だが、幸運なことに、しおりによってその目論見は打ち砕かれた。

 実家の前に車を止めた幸美だったが、俺が車から降りる前に、オヤジの手伝いの畑仕事から帰ったオフクロが先に声をかけてきたのだ。

 オフクロの第一声は、これである。

 「いつの間にそんな大きな子供を」

 しおりのことである。ヘタなボケはやめてほしい。

 んなわけないだろ、とぼやく俺は無視して、オフクロは幸美に尋ねた。

「どこのどういう子?」

「里親ボランティアで連れてきたんです」

 考えてあったことなのか、咄嗟に言ったのかは分からないが、幸美は何を言っても信用される。

「えらいわねえ、幸美ちゃん」

「いえ、好きでやってることなので」

「うちの翔平の面倒も」

 また下手な冗談を……。

 幸美も苦笑いした。

「あ、この子で手一杯なので」

 そういう言い方があるかな、と文句を言うと、オフクロが本音をポンと言った。

「ぶらぶらしてないでうちへ帰って働け」

「俺、畑仕事、性に合わないもん」

 俺は車から降りて、家とは反対の方向へ歩きだした。

 暑いが、それは家にいても同じだ。

 お互いに汗をダラダラ流しながら、両親に説教されるなどまっぴらゴメンである。

 俺の背中から、幸美が聞いた。

「どこ行くの」

 俺は振り向きもせずに答えた。

「川まで散歩」

 そう言ったとき、突然しおりが叫んだ。

「私も行きたい!」

 そこでオフクロの声がした。

「そうだ、幸美ちゃん、この子と魚釣りなんか行っといで」

 う~ん、と幸美は少し考えた。

「しおりちゃん、エサのミミズつけられる?」

 うん、と答えるしおり。

 幸美は俺に言った。

「家に車置いてくるから、先に淵の方行ってて」

 ちょっと待てちょっと待て。

 俺は幸美の車まで駆け戻った。

「何で俺が?」

 オフクロが横から口を挟んだ。

「働かないんなら子守ぐらいしろ」


 家の倉庫から、子供の頃に使った竿や糸、針を探し出して、俺は、しおりと共に川へ向かった。

 幸美の言った「淵」は、鬱蒼とした木陰の下にあり、夏の釣り場としてはもってこいだ。

 俺は倉庫にあった麦藁帽をしおりにかぶせた。

 知り合いに会って、「その子誰?」と聞かれるのが面倒くさかったからである。

 だが、運のいいことに誰に会うこともなく、俺達は淵までの田舎道を歩いた。

 川が近くなり、涼しい風が吹いてくるようになると、しおりは甲高い声をあげて喜んだ。

 やがて俺達は道を外れ、草いきれの中を歩いて川へ出た。

 流れは速い。山の天気は変わりやすいから、今朝にでも大雨が降ったのだろう。

 俺はしおりを案内して、淵へ出た。

 子供との頃と変わらない。

 澄んだ淵の水はどこまでも青く深く、差し込む木漏れ日をいくらでも吸い込んでしまいそうだった。

 水面を小さな魚たちが泳ぎ、深いところには時々魚影の閃きが見える。

 しおりは歓声をあげて、淵へ駆け寄った。

 淵までの崖は苔むして、滑りやすくなっている。

 俺は慌てて止めに走った。

 だが、遅かった。

 苔に足をとられて、しおりは淵へ向かって転んだ。

「危ない!」

 手を伸ばして、しおりを抱きとめようとする。

 だが、俺の手は空を切った。

 しおりの姿は消えていた。

 俺は真っ逆さまに、淵へと転落した。

 水面に激突。

 鼻にツンとした痛みが走ったかと思うと、一気に水が流れ込んでくる。

 その水がノドの奥を通って、口の中を満たす。

 俺は必死でもがいた。

 上のほうに青空が揺らめいて見える。

 必死で水を蹴って浮上しようとしたが、身体は沈んでいく。

 どうして?

 何かが、後ろからしがみついている!

 訳が分からず暴れていると、何か強い力が急に俺を引っ張った。

 早瀬につかまったのだ。

 顔が水面の上に出て、水を吐くことができた。

 肩が、腰が岩に叩きつけられる。

 川の深さは腰ぐらいまでだろうが、流れが速い。

 立ち上がろうとしてもできない。

 とにかく、岩か何かにつかまるしかなかった。

 無我夢中で手足をばたつかせながら水面を目で追っていると、流されているのが俺だけではないことがわかった。

 岩に砕ける水飛沫に弄ばれる黒髪。

 見え隠れする、細く白い手足。

 しおりだ!

 俺は届くかどうかもわからないまま手を伸ばした。

 岩にぶつかるたび、体の向きが変わる。

 それでも俺はしおりの姿を探した。

 二度、三度と手を伸ばす。

 掴んだ!

 しおりの腕の感触を確かめたとき、身体が大きな岩にぶつかって止まった。

 抱き上げたしおりの身体はぐったりとしていたが、意識はうしなわれていなかった。

 すぐにむせ返って、しおりは俺にしがみついてきた。

 たっぷりと水を含んだ服が、俺の身体に叩きつけられる。

 だが、一度水から上がってしまえば、怯えるほどのことはない。

 すぐ目の前に、浅瀬がある。

 俺はしおりを背中におぶった。

 慎重に、川の中に足を下ろす。

 歩けることを確かめて、ゆっくりと足を踏み出した。


 浅瀬に上がると、どっと力が抜けた。

 しおりを下ろして、砂利の上で横になる。

 しおりも俺の隣に横たわった。

 空を見上げる。

 蝉時雨に燃えるような暑さの中で、入道雲が青空に浮かんでいた。

 ちらと横を見ると、しおりも空を見上げていた。

 濡れた服が透けて、素肌に貼りついているのにも気付いていない。

 俺は思わず顔を背けた。

 どれほど経ったろうか、疲れでうとうとしていた俺は、車のクラクションの音で目覚めた。

「翔平! お前子供相手になんちゅーハレンチなことを」

 孝太の声だった。

 身体を起こしてみると、川原沿いの空地に軽自動車が停まっている。

 その窓から、孝太が顔を出していた。

「大丈夫です、何でもないです」

 しおりが叫んだ。

「釣りをしていたら、川で転んじゃって」

 孝太はそれ以上、追及しなかった。 

 ずぶ濡れの俺達を車に乗せて、実家まで送ってくれた。

 幸美は心配したが、浅瀬で転んだというしおりの言葉を疑うことはなかった。

 オフクロは子供を叱るように俺を小突いた。

 こっちのほうが応えた。

 しおりを守れなかったのは、俺だから。

 幸美はそのまましおりを車に乗せて、自分の家に連れて行った。

 俺が服を着替えに家に入ると、孝太は勝手にお邪魔しますとついてきた。

 訳の分からない奴。

 これも太陽のせいだ。

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