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インセイン・テイルズ  作者: 銀色オウムガイ
『赤い靴』
9/18

赤い靴9

 絵理沙が起きて来たのは正午を少し過ぎたあたり。

 その後、彼女は寝ぼけた様子でいつも通りトーストを焼き、コーヒーを淹れて意識を覚醒させる。

 覚醒した、といっても瞼は今にも落ちそうで、血のめぐりが悪いのか頭もくらくらする。

 が、突如聞こえたシャッター音で完全に覚醒した。

「……」

「ふひひ」

 音のしたほうを向くと、スマートフォンを構えたシエルがいた。

「……フン!!」

 まだ中身が残っているマグカップをシエルめがけて投げつける。

 投げつけられたカップはシエルの顔面を直撃し、中身が彼女に振りかかる。

「あっつぅッ!?」

 そりゃあ湧きたてのお湯からほとんど温度が下げられないままのコーヒーがかかったのだ。熱くない訳がない。

 スマートフォンを放り投げ、慌ててシンクへ向かうと蛇口を全開にしてそこから掬った水を自分の身体にかける。

 その間に絵理沙はシエルのスマートフォンを手に取って画像データを確認。さっき撮られた自分の写真を削除した。

 ついでに『絵理沙画像集』と題されたフォルダを発見。中身を見て自分の画像で埋め尽くされていたのを確認すると、フォルダごと削除しておいた。

「何するのよ!?」

「プライバシーの侵害だ。そのくらいで済んで良かったと思え」

「本当……って、なんで私のスマホ持ってるの?」

「ん? いや、別に。ほら返すよ」

 絵理沙がシエル(自分)のスマートフォンを触っている。その状況に嫌な予感がしたシエルは即座に画像アルバムを開き、絵理沙が何をしたのか理解した瞬間。声にならない叫びを上げて膝から崩れ落ちた。

 そのまま両手をつき、丸まって震えだす。

 尋常な反応じゃない。

「どうしたのさ」

「何してくれてんのよぉぉ!! せっかく集めた絵理沙の盗撮画像がァッ! 出逢ってからこれまでの数ヶ月の記録のすべてがぁ!」

「よし。私は何も間違った事をしていない」

「パンチラ写真もあったのにぃッ!」

「お前は思春期男子か!」

 縋り付きながら泣きわめく歳上の女性の姿は流石に見ていてキツい。

 しかも泣き方が嘘泣きだとか、目にゴミが入ったとかそういうレベルじゃない。本気と書いてガチと読む泣き方だった。

 このままだと血涙すら流しかねない。

「とりあえず上着脱げ。コーヒーは染みになるぞ」

「えっ。昼間から大胆……」

「ふざけてないで、さっさと脱げ」

 シエルの服を無理やり剥ぎ、コーヒーでできた染みを台所用洗剤を付けて応急処置していく。

 台所洗剤を付けて軽く揉むだけでコーヒーの染みというのは結構落ちる。ただこの方法が万能と言うわけではなく、物によっては色落ちなどしてしまう事がある為要注意である。

 とりあえず今回は問題なく染みが取れたので、これを水で濯いでから洗濯機に放りこむ。

 この家の洗濯機は乾燥機としての機能もある所謂洗濯乾燥機であり、このまま放りこむだけで乾燥までやってくれる。あとは待つだけだ。

 その間、シエルは上半身裸の状態である。代りの服など用意してやらない。

「流石に寒いわ」

「もう一杯かけてやろうか」

「あ、いいです」

「とりあえず服が渇くまで少し話をしましょうか」

「上は……?」

「髪の毛でも巻きつけとけ」

 と、冗談半分で言ってみたが、本当にシエルが自身の髪を巻き付けて服の代りにしたのは予想外だった。

「結構暖かいわ」

「……何か情報は」

 いちいち反応していたらキリがないので話を進める事にした。

 シエルも真面目な顔になり、その場の空気も変わる。

「最初に言っておくけど、私には彼女を殺せないわ。身の上を知って同情しちゃったもの」

「同情したから殺せない、ね。随分と甘いことで」

「だってそうじゃない。私や絵理沙みたいに目的があって、覚悟があってこのゲームを続けている人間とは違って、赤井真理は自分の存在証明のために人を殺すんですもの」

「存在証明? えらく難しい事を考えてるものね」

「ま、推測だけど」

 そりゃあそうだろう。どうやったって他人の感情や思考は、その当人が口に出さなければ誰にも判らない。解る筈がない。

 だからこそ推測するしかない。

 赤井真理がどうして殺すのか。どうして戦うのか。

「貴女も知ってるでしょうけど、花蓮。相当やってた見たいよ。そしてその責任はすべて」

「妹の真理に押しつけられた、と」

「だから、殺し方を真似たのも姉への意趣返しみたいなところもあったんじゃない? でも、それをやったところで」

「花蓮の殺人を知っている人間が真理以外に居ない以上、意趣返しにもならない。むしろ花蓮の模倣をすることで自分で自分の存在を否定しているような気分になった、ってところかしら」

「結果、一晩で二十人消えた」

 その数を聞いて、眼を見開く。

 不可能ではない。だが、一人の人間が一晩で行った殺人の数とはとても思えない。

 呪いの力があったとしても、真理の能力は『赤い靴』。花蓮のものと似た能力であったとするならば、一晩でそれだけ殺すのは不可能だ。

 ただ蹴り殺す。脚力を強化し、人を蹴り殺せるほどの一撃を放てるようにする。それが『赤い靴』の能力だ。

 絵理沙もその呪いを持っている(・・・・・)。だからこそ言い切れる事だ。

「……花蓮の『赤い靴』とは違うってことか」

「聞いた限りの『赤い靴』の能力ではこれだけの人数を短時間で殺すのは不可能よね。だから、何らかの能力があるものだと考えるのが妥当ね。最悪、他の呪いの能力も使っていると考えるべきかも」

「それでも、ねじ伏せるわ」

「じゃあ次の問題。『赤ずきん』と仮称・獣の存在よ」

 真理を見張っていた時に仕掛けて来た獣と『赤ずきん』。あの後もネット掲示板やSNSでは『赤ずきん』と思われる目撃情報が投降され続けている。

 少なくともあの爆発の後『赤ずきん』は生き残っていると言うことだろう。

 獣については消息不明。ネット掲示板やSNSにも投降がない。そういう能力の呪いであるという可能性もあるが、それならそれで何らかの違和感から噂話くらいにはなりそうなものだ。

 だが、噂話のひとつすら見当たらない。つまりはそれだけ慎重に動いている相手であるという事なのだろう。

 あるいは――既に誰かに殺されたか。

「絵理沙、貴女間違いなく『赤ずきん』に目を付けられてるわよ」

「それを言ったらシエルもでしょ。アレ、しつこいんでしょう?」

「髪をばっさりやられたのは一回や二回じゃないわ。けど、正直そろそろ鬱陶しくなってきてたのよね。だから、ちょっと相談なんだけど」

 にやり、とシエルが笑う。

 悪だくみをしている、といった風な顔だ。

「デートしましょう」

「断る」

「いけずー。まあ、それは二割冗談として」

 八割は本気だったらしい。

「ちょっと考えてみてほしいんだけど、絵理沙は『赤い靴』を始末したい。けど『赤ずきん』が邪魔をしてくる可能性がある。で、私は『赤ずきん』を始末したい。だから『赤ずきん』が寄ってくるような状況が欲しい」

「……ああ、なるほどな。私達二人は『赤ずきん』を誘う為のエサって訳」

「そ。で、釣れたら私が相手する。これで少なくとも『赤ずきん』は邪魔しにこれないわ。獣のほうは……まあ、仕掛けてくるかどうかは判らないけど、その時はその時よ」

「あれについては情報がなさすぎる。くる可能性はあるけど『赤ずきん』ほどじゃない。覚悟はしておくべきだけど」

「最大の問題は『赤い靴』――赤井真理をどうやって見つけるか、ね」

「何か情報ないの?」

「そうねー」

 情報収集用のスマートフォンを操作し、新しい情報が舞い込んできていないかと送られてきたメールに目を通して行く。

 これといって新しい情報はない。そう思ってポケットに戻そうとした瞬間、メールを受信した。それも一斉に、だ。

「……何か動きがあったみたいね」

 まずは最後に受信したメールに目を通した。瞬間、シエルはテレビのリモコンに手を伸ばし、チャンネルをローカルニュース番組にあわせる。

『――で火災が発生しました。既に炎は隣の家に燃え移っており、大変危険な状況です。近隣の方は慌てず落ち着いて避難の準備をしてください』

「火事のニュース?」

「火元の家が、赤井真理の家らしいわ」

「は?」

 言われて絵理沙はテレビで流れる火災現場の映像のほうに視線を向けた。

 空撮された映像の中、ひときわ燃える家があった。恐らくそれが火元となった家――赤井家だ。

 全体が炎に包まれており今にも燃え尽きるのではないかという風に見えた。

 事実、直後に屋根が焼けおちて崩れた。

『なお、この火元と思われる家に住んでいる一家との連絡が取れてていないとのことです。またこの家の長女、赤井花蓮さんは数日前から行方不明となっており――』

 そこでシエルはテレビを消した。

 これ以上の情報は必要ない。

「どう思う?」

 シエルはそう訊ねた。

「可能性でいえば『マッチ売りの少女』。けどあれは夜しか動かないから違う。これ速報でしょ?」

「そうね。出火時刻は推測で二時間前。報道が現場についたのが十数分前だろうから」

「じゃあ間違いなく違う。他に火を起こせるような呪い持ち知らない?」

「うーん。『かちかち山』とか?」

 確かにそれならば、と思ったが『かちかち山』の呪いを持った人間と遭遇した事はない。

 やはり可能性として考えられる『マッチ売りの少女』がどうしても頭を過る。

「じゃあこの火は、ただの火事か放火犯によるものか……」

「あるいは、真理自身によるものか」

「え? 絵理沙それマジで言ってる?」

「マジ。知ってる? 『赤い靴』ってね。三足あるのよ」

 一番有名なのは、最後の三足目。主人公の少女が踊り続ける事になり、足を切断してもなお動き続けた赤い靴。

 きっと多くの人がそれが童話『赤い靴』に通して登場するものだと誤認していることだろう。

「最初に主人公の少女が履いていたラシャ革の赤い靴。旅行中の王女が履いていたモロッコ革の赤い靴。そして踊り続ける事になるエナメルの赤い靴。赤井花蓮の呪いはこの三つめの靴を元にした能力だった」

「でも、それだけ聞くと火事とは結びつかないのだけど」

「……最初の赤い靴。ラシャ革の赤い靴はね、母を亡くした少女と彼女を引き取る老夫婦を結びつけた少女にとっては幸運の靴。けれど、少女と老夫婦が出会ったのは少女の母の葬儀。だから老夫婦にとっては縁起が悪いもので、焼き捨てられてしまうのよ」

「ちょっと。それじゃあまさかこの火事は……」

「焼き捨てられた、という話の拡大解釈。あるいは改変。赤井真理の『赤い靴』は、炎を纏う『赤い靴』になった。そういう可能性があっても不思議じゃない」

「そういえば……!」

 シエルは情報収集用のスマートフォンから、あるメールを探す。

 それは一晩にして二十人も消えたという情報の書かれたメールだ。

 初めて見た時は気にしていなかったが、今の絵理沙の言葉を聞いて思い出した。

「あった! これ、これ読んで」

「身元が判明している遺体の周辺には人骨と思われる白い欠片が転がっており、周囲には大量の灰が落ちていた……まさか」

「この時の私は二十人殺したという事実だけしか見ていなかった。その殺し方が花蓮の模倣から、彼女自身のものに変化した事しか理解していなかった」

 絵理沙に渡していたスマートフォンを受け取りながら、シエルは頭を抱えた。

「そりゃあ一晩で二十人も消えるはずよ。死体が残っていない人間はみんな燃やされたんだもの」

 常軌を逸した殺し方だ。いくら呪いによって攻撃的になり、殺人に抵抗がなくなっているとはいえ、死体が残らないように証拠隠滅を図ろうとしているのは理性的で、冷徹だ。

 そして一人だけ殺し方が異なった死体にあった傷口を焼いた痕。その理由も理解した。

 呪いの力で傷付け、呪いの力で焼いたのだ。

 赤井真理の『赤い靴』は炎または熱を操る能力を持った呪いであるというのは間違いない。

「シエル」

「……何」

「彼女のこの後の行動、大体予想できるでしょ」

 その言葉に、黙って頷いた。

「また、殺すと思う。犯行時刻は夜。人通りの多い場所で人を誘い、そのあと人気のない場所まで誘導して、惨殺する。それが自己証明になると、彼女は思ってしまっているから」

「推測でしょう」

「違うわ。妄想よ」

 妙な沈黙が流れる。それを裂くように、洗濯乾燥機がすべての作業を終えた事を告げた。

「今夜決行でいいかしら」

「そうね。じゃあ役割は、私は『赤ずきん』に備える。絵理沙は『赤い靴』を仕留める。それでいい?」

「ええ。最初から決めてたでしょ。『赤い靴』は、私の獲物だって」

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