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インセイン・テイルズ  作者: 銀色オウムガイ
『赤い靴』
5/18

赤い靴5

 獣の狩りというのは、大きく分けて二つ存在する。

 一つは奇襲。敵に見つからないように接近し、タイミングを見計らって相手が逃げに転ずる前に仕留めるというやり方。一般的に、肉食の生き物は、と聞かれて出てくるであろうメジャーな哺乳類がこの方法を取る。

 自然界においては最もポピュラーな手段であると同時に、その成功率はかなり低い。百獣の王と呼ばれるライオンですら二割から三割程度であるという。

 実際、動物番組などで流されるチーターやライオンの狩りは結構な頻度で失敗した時のものが使われているが、成功率が低いのだからそういう映像が多いのも頷けるというものだ。

 それでも、やはり成功した時のほうが映えるのは間違いないが。

 閑話休題。

 もう一つの狩りの方法は、待ち伏せである。この方法を使う生き物と言えば、イメージしやすいのはワニだろう。

 哺乳類ではヒョウが待ち伏せをし、ネコ科の動物の中では最も狩りの成功率が高いのだという。

 待ち伏せタイプの狩りは、相手からは見えない場所に潜み、相手から近づいてくるのを待つ。そして自分の間合いに入った瞬間襲いかかり、抵抗する間も与えずに息の根を止める。

 労力は最小限。しかし大抵の動物は前に進むことはできても後退することは苦手である故、一度噛みつけばよっぽどの事がない限りはまず仕留められる。

 奇襲と待ち伏せ。

 この二つは似ているようで決定的に違う。

 相手に近づくか、相手から近づいてくるか。その一点はすなわち、相手が警戒しているか否かの差でもある。

 が、ここに含まれない珍しい狩りをする動物もいる。

 その代表が――人間だ。

「……」

 獣を狩る為に相手の生態を把握し、行動範囲を推測し、行動を読み、罠を仕掛ける。

 あるいは、相手の気を引く匂いで誘導。仕掛けた捕獲器で捕獲する。

 あるいは、銃を使い、相手がこちらを認識できない距離から急所を撃ち抜き仕留める。

 人間だけが獲得した、道具を使うという手段だ。

 自然界にも道具を使ったり、自身の身体を使い釣りのような真似をする生き物もいるが、人間ほど複雑な構造をした道具を効率的に使用して狩りを行う生物はいないだろう。

 そしてその狩りの技術は、人を相手にする時にも発揮される。

 まさに今、絵理沙がそうしているように。

 思考を巡らせる。

 『赤い靴』はどう動く。

 血の繋がった姉に対する、あの冷たさを持った少女ならばどう動く。

 判り易い挑発に気付き、あちらも絵理沙が呪いの所有者であると言う事を認識し、自分が狙われていると言う事もあの時の一閃で印象付けたはずだ。

 ならば、ここでどう動く。

 このまま何事もなかったかのように友達と帰路を共にするのだろうか。

 否。それはまずない。

 攻撃的な能力の呪いの所有者ならば、二人程度の部外者は消してしまえる。周囲から孤立し、三人だけになった瞬間に三人纏めて襲われるリスクがある。

 当の本人だけならまだしも、何も知らない一般人を撒きこむのはあちらとて本望ではないだろう。

 むしろそういう状況になった時、他人を守りながら戦う余裕などあるはずがない。

 仮に守って戦い、守り抜いたとしても、後々になって面倒な事になるのは避けられない。

 友人の事を大事に思うのならば、ここで真理の採る選択は、友人たちと別れて一人で行動。その後で絵理沙を探す事だろう。

 喫茶店の入口を高い位置から見下ろしているだけでいい。

 どういう行動を取ったとしても、絵理沙のやることは変わらない。

 もう一つの『赤い靴』を狩る。それだけだ。

 だが問題が一つ。

「……暑い」

 未だ沈まぬ太陽。外で待機し続けるのは少々きつい。

 身体が焼けるような感覚が、常に付きまとう。

 カフェとは道を挟んだ向かい側にある小さめのビルの屋上。

 当然影になるようなものはなく、身を隠せるような場所は……一応ないこともないが、一日中直射日光を浴びて高熱と熱風を発する業務用室外機のみ。そんなところに近づきたくはない。

 一応、下の階へと降りる階段のほうへ向かえば日光だって避けれるが、それではカフェの入り口を見張る事ができなくなる。

 今度から外を出歩く時は日傘のひとつでも用意すべきだろうか。

 だが日傘が似合わないというのは自分でも解っている。何より絵理沙ほどの年齢の少女が日傘をさしているのは目立って仕方ない。よって却下だ。

「うん……?」

 奇妙な感覚を覚える。そう多くは経験したことのない感覚だ。

 違和感、とでも言うべきか。その感覚が近づいてくる(・・・・・・)

 そこで気付いた。迂闊すぎた。

 いつから自分が狩人だと錯覚していたのだろう。いつから自分は狩る側だと思い込んでいたのだろう。

 自分だって、このふざけたゲームの参加者に過ぎない。ならば、自分だって狙われる事があるはずなのに、それを失念していた。

 違和感の正体が殺気と呪いの気配だと気付けた頃には既に遅かった。

「aaaaaaaaaa――!!」

 獣のような叫び。見るだけで暑さを感じるほどの厚着をしている何かが、絵理沙の背後から跳びかかってきた。

 それを振り向きながらの回し蹴りで迎え撃つ。攻撃を受ける前に迎え撃つ。カウンターだ。

 だが獣は着地すらせずに方向を変え、その蹴りを避ける。

「Uuuuuu……!」

 着地と同時にその四肢を屋上の床にめり込ませ、それを引きちぎる。

 経年劣化で浮いた防水塗料だけではなく、その下のコンクリートすら抉り取る。

 疑いようもなく、呪いの所有者ではあるが、初めて見る相手だ。その能力がわからない。

 継ぎ接ぎだらけの毛皮のフード付きコート。不自然な毛の並びをしたそれを纏った人間。

 せめてどんな物語の呪いなのかさえ判れば、多少は対処のしようがあるのだがそれすら思いつかない。

 否、考える暇を与えてくれはしない。

 コンクリートの床を砕きながら、獣が爆ぜる。

 風のようにしなやかで、暴風のように荒々しい獣が駆ける。

 こちらも応戦せねば()られる。

 瞬時に漆黒のドレスを纏い、向かってくる獣に左手を横薙ぎに一閃。触れれば必殺。人外の領域にまで強化された肉体が放つ、断頭の一撃である。

 野性の勘、とでもいうのだろうか。絵理沙が構えた時点で獣は姿勢を低くして必殺の一撃を回避する。が、直後にその踵を衝撃が穿ち、大きく身を仰け反らせる。

 それが蹴られたのだと獣が気付くのは、直射日光で焼けた床に背を付け、空を見上げてからのことであった。

「硬いッ」

 蹴りあげた感触。普通の人間ならば顎が砕けるほどの力で蹴りあげたはずだが、何事もなかったかのように獣は起き上がる。

 とはいえ頭は十分に揺れたのか、ややふらついている。

「Uuuuuu……」

 文字通りの唸り声。そして、フードの端から覗く眼光は明確な敵意と殺意。

 まだやる気だ。

 予定ではここで戦うのは『赤い靴』だけだったはずだが、相手から仕掛けられては仕方ない。

「言葉は通じるかな」

「Aaaaaaaa――!!」

「よし、無理そう」

 今度は二人同時に動いた。

 互いに手刀を突き出し、その切っ先は相手の心臓を穿たんとするも、互いに身を反らした為に衣服を裂くのみにとどまる。

 初撃は互いに不発。絵理沙はすれ違い様に脚を踏み出しその場で回転。後回し蹴りを獣の後頭部めがけて放つ。

 その一撃は獣に命中。だが狙った場所からは外れ、左肩の付近に踵が触れた。

 触れさえすれば、あとは押し込むだけである。

「ハァッ!」

 踵を全力で振り下ろす。肩を中心にし、獣を床に叩きつける。

 その衝撃でコンクリートが罅割れ、砕け、粉末が舞う。

「Gyaaaaaaa!!」

 獣の叫び。獣は右手で床を叩いて起き上がると、左肩を押さえながら絵理沙を睨む。

 獣の左肩はだらりと垂れ下がっている。どうやら今の一撃で肩が外れたようだ。

 が、それを強引に押し込んで肩をはめる。かなりの痛みが伴うはずだが、獣は短く唸るだけでその痛みに耐え、腕が動くかどうかを軽く確認すると再び絵理沙めがけて駆け出す。

「チッ」

 姿勢が低く、かつ四肢をすべて使った獣の動き。一挙手一投足ごとに、コンクリートがひび割れて行く。

 手を、足を叩きつける度に砕かれたコンクリートの粉が舞う。

「Uaaaa!!」

 絵理沙まであと数メートル、というところで獣は両手を組んで床に叩きつけた。

 その衝撃は床全体に広がり、広範囲のコンクリートを砕いただけでなく、叩きつけられた場所を力点として床がめくれあがった。

 ただそれだけ、では済まない。

 めくれ上がった床――否、巨大なコンクリートの塊が絵理沙めがけて飛んでくる。

 それを横一線に薙いだ手で斬りはらう。

「!?」

 だがそこに獣の姿は見えない。

 なるほど。派手な動きと派手な攻撃。フェイントとしては有用だ。では、獣はどこに消えた。

 背中に受けた衝撃がその答えだった。

 一瞬息が止まる。次に肺が新しい空気を取り込んだ時、絵理沙は落下防止の為に取りつけられたフェンスにもたれかかっていた。

「けほっ、やられた」

 迂闊だった。見た目と言動に惑わされ、こういった絡めては使ってこないなどと勝手な思い込みをしていた。

 下手をすれば今の一撃で殺されていたかもしれない。たまたま、相手にその一撃で仕留める気がなく、攻撃することが目的であった為命を拾ったようなものだ。

 とはいえ、絵理沙はそう簡単に死ねないのだが。

「どうするかな……」

 カフェのほうに視線を向ける。だが既に赤井真理の放つ呪いの気配は薄まってしまっている。既にこの場から離れたのだろう。どの方向へ行ったかというのは何となくで感じることができるが、そんな事を確認していられる状況ではない。

 何より。この照りつける日光が絵理沙の体力を奪う。

 呪いの力をフルで発揮できてはいるが、それもいつもより燃費の悪い方法で無理やり出力しているだけ。そう長く続くものではない。

 どうするものか、と思考を巡らせようとした時、新しい呪いの気配を感じ戦慄する。獣も反応している様子である為、勘違いと言う事はない。

 シエルの気配ではない。ましてや今まで遭遇し、その呪いの正体を把握している呪いの気配でもない。

 全く新しい、第三者の接近だ。

「き、きひひひ、ひひひひひひ!」

 ――またおかしい奴が現れた。それが絵理沙の素直な感想だ。

 ただこちらは今対峙している獣と異なり非常に判り易い外見をしていた。

「……『赤ずきん』か」

 疑いようはない。赤いフードをかぶった少女が、不気味な笑みを浮かべてビルの屋上を伝い、真っ直ぐこちらへと向かってくる。

 『赤ずきん』は何もない空間から巨大な(はさみ)を出現させそれを大きく開くと、絵理沙の首めがけて突き出してきた。

 その鋏の刃の部分を両手で受け止め、力任せに投げ飛ばす。

 その先に居るのは、あの獣だ。

 獣も新たな敵あるいは獲物の出現に、狂暴な笑みを見せ、宙を舞う『赤ずきん』に向かって跳びかかる。

 が、『赤ずきん』は鋏を消すと、今度は猟銃を取り出しそれで獣めがけて発砲した。

 放たれた弾丸は獣へと向かうが、獣はその弾丸を歯で受け止め吐き捨て、なおも接近。その爪を振りかぶっての攻撃を行う。

「きひっ」

 これは避けきれないはずだ、と思っていたが今度はボトルのようなものを取り出しそれを獣へと投げつけた。

「Aaaaaa!!」

 ボトルと獣の爪がぶつかる。その瞬間、ボトルが爆発した。

「おいおいおいおい……! 冗談じゃないぞ」

 白昼堂々響き渡る銃声に爆発。流石にこれはよろしくない。

 絵理沙はフェンスを飛び越え(・・・・)、一気に地上へ向かう。

 あのままあの場にいたところで状況は好転しない。漁夫の利を狙うと言う事も考えたが、銃声や爆発といった音は直ぐに騒ぎになる。

 すぐに人が集まってきてしまうことだろう。そうなると顔が割れる可能性すらあり、呪いの所有者としてそれは致命的である。故の離脱である。

「あいつ等、まともじゃない……」

 着地はふわりと、まるで落ち葉が水面に落ちるかのように静かに行われた。ドレスを纏っている間は、常に浮いている為当然と言えば当然の着地である。

 音もなく、静かに。そのままバトルコスチュームでもある漆黒のドレスを焼失させ、しっかりと自分の足で地面を踏み締める。

 踏みしめて、予定がすべて狂わされた苛立ちを目に付いた空き缶を踏みつけて発散する。尤も、その程度で晴れるほど軽いものではなかったが。

 もしここで襲撃されてなければ、今頃『赤い靴』を仕留められていたかもしれない。そう考えると腹立たしいが、起きてしまった事は今更どうこう言ったところで建設的ではない。

「とにかく離れないと」

 すぐに銃声と爆発音を聞いた野次馬が集まってきて身動きがとれなくなる。

 その前にこの場から離れたい。あのおかしな連中のことだ。例え人が集まっていても呪いの所有者が近くにいれば皆殺しにしてでも探し出しかねない。

 無用な被害をわざわざ作り出す必要もないし、何より直射日光を浴び続けた絵理沙の体力は限界に近かった。

 今はただ身体を休めたい。今絵理沙の考える事はそれだけである。

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