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インセイン・テイルズ  作者: 銀色オウムガイ
『赤い靴』
4/18

赤い靴4

 まだ眠気が残り、重たい瞼をこする。

 目のためを思えばあまりよろしくはない行為であるが、今絵理沙(えりざ)を襲う眠気は何かしていないと今にも眠りそうなほど強烈であった。

 とうに昼を過ぎ、学校へ向かう来も全く起こらなくなったタイミングで協力者(シエル)からの電話で行動を開始したまではよかった。

 ただ、日差しがきつい。時間は放課後くらいで、まだまだ日は高い位置にある。

 しかしこの日差しの強さ。絵理沙が特別そう感じているだけで、周囲の人間は涼しい顔をしている。

 今年は例年よりも涼しい日が続いているというのは、天気予報などで知ってはいたが、日差しの強さについては教えてくれない。

 あるいは絵理沙にとっては興味が湧かないものなのでまともに見ていないだけなのかもしれないが。

 今この苦しみをどうやって他人に伝えようか、と現実逃避ぎみに考え始めてみたが、思考もあまり纏まっていない。

 日差しに耐えかね、絵理沙は影の多い路地のほうへと足を運ぶ。

 この町は治安がいいほうであるとはいえ、人目が少なくなる路地の治安はというとよろしくない。

 何せここ最近は、ほぼ一週間に一回は路地という路地で死体が見つかっているのだ。尤も、絵理沙はその理由を知っているのだが。

「ふぅ……」

 家を出て少ししてから買ったペットボトルの蓋を開け、喉を潤す――というより身体を冷やす。

 身体が焼けるように痛い。燃えるように熱い。

 ペットボトルに入っていたレモンティーはあっという間に絵理沙の中に消え、身体に籠った熱を呼吸と共に一気に吐き出す。

 少し前までは外出がここまで辛いものではなかった。

 すべてはあの声が聞こえた時から始まった。

「本当、呪いなんてふざけてる」

 呪い。それによって劇的に体質が変化したせいで絵理沙の日常は悉く砕かれた。

 以前は、自他共に認める優等生。成績も悪いわけではなく、テストの点数だけで見れば上から数えた方が早かった。

 運動のほうは苦手ではあったが、それも不得手というほどではなく人並みにはこなせていたはず。

 当然、病欠や冠婚葬祭以外の理由で学校を休んだ事はない。

 それが今はどうだろう。

 午前の授業に顔を出している事のほうが珍しく、それでいてテストの成績は変わらず。

 運動能力は著しく向上したせいで周囲からは不自然に思われないように力をセーブして動かなければならない。

 欠席に関しても、今日のように無断欠席が多くなってしまった。

 とはいえどうやっても朝早く起きる事ができないのだから、絵理沙は優等生のまま卒業する事を諦めた。

 テストの点数は問題ないはず。提出物もしっかり出している。故に出席日数だけが気になるところである。

 だが、当然絵理沙のこの豹変ぶりに違和感を覚える人間は多く、生活指導担当や親しい友人達には、何か良からぬ事に巻き込まれていないか、と何度も訊ねられもした。

 まさにその通りである。

「……よし、行くか」

 今回わざわざ日の出ているタイミングで出て来たのにはしっかりとした理由と目的がある。

 その目的を果たせないうちは家に帰る訳にはいかない。

 目的地はカフェやファーストフード店。情報を集めるにはそういった場所が優れている。

 元を言えば半端な情報を寄こしたシエルが悪いのだ。

 つい最近、絵理沙が殺した呪い持ち――赤井(あかい)花蓮(かれん)についての情報で絵理沙の得られた情報というのはその名前のほかに何かあるかと言うと、彼女が学生である事と双子の妹がいるという事くらい。

 そう、どこの学校に通っている学生か、という情報が抜けているのだ。

 結果。調べ歩く必要ができてしまった。

 しばらく歩く。

 その間にも日差しが照りつけ、絵理沙の体力を奪う。

「あっ、そうか……あれだ。RPGの毒沼進んでる奴だ」

 いい例えを思いついた、と顔をあげるとカフェの看板が目に入った。

「確かここは……」

 最近ラテアートのクオリティが高いと話題になっている店だ。

 流行りなどにはあまり興味はないが、流行りに敏感な年頃の女子が集まりそうだ。

 何より、日陰で休んだとはいえ日の照る道を歩き続けて限界が近い。

 絵理沙は迷う事なく、そのカフェに入った。

「いらっしゃいませー。一名様でしょうか。空いている席へどうぞ」

 対応してくれた店員に指で人数を伝え、言われた通り空いている席へと座る。

 ――空調が心地いい。

 座ってからそう待たずに運ばれてきた水を一気に飲み干し、メニューを開く。

 といっても、ちゃんと眺めている訳ではない。

 店内の様子を窺い、学生がいないかを探す。

 そこまで広い店ではないが、学生らしい姿は見られない。

 どうしたものか、と少し考えてからある事に気付く。

「すいません」

「ご注文ですか?」

「注文もですけど、ちょっと聞きたい事が」

「はい?」

 スマートフォンを取り出し、シエルから送られてきた赤井花蓮の写真を店員に見せる。

「この子は確か……」

「行方不明になった学生の一人らしいんですけど、この制服の学校、どこの学校かわかりますか?」

 そう。写真に写った花蓮は制服姿。制服さえ判れば、そこからその制服を採用している学校を割り出せる。

「堂和高校の制服ですけど。それがどうしたんですか?」

「探偵助手をしていまして。彼女の知人から捜査依頼を受けたものの、先生は多忙な方。そこでこういった調査は助手の私が担当する事になってるんです」

「そうなんですか。大変ですね」

 どうやら店員の女性は絵理沙の言葉を信じたようだ。

「ご協力感謝します。あ、注文はフルーツサンドとレモンティーで」

「かしこまりました」

 一礼してから下がった店員がオーダーを厨房へ通す。

 あとは注文を待つだけ。

 その間にもスマートフォンを操作し、情報を集めようと画面を切り替えた。が、そこで手が止まる。

 呪いの気配が近づいてきている。今なら相手と接触する前に離れられるか。

 否。席を立つのは拙い。相手もこちらの気配に気付いているはずだ。もし、ここで絵理沙が店を出れば気配が離れた事でこちらを特定されてしまう。

 早くなる鼓動を落ち着かせながら、スマートフォンをポケットに突っ込み、メニューを開いて顔を隠す。

「いらっしゃいませー。三名様ですね。空いている席へどうぞー」

 直後にカフェの自動ドアが開き、新しい客が店内へと入ってきた。

 人数は三人。そのうちの一人に、写真で見た少女とよくにた少女がいた。

「……見つけた」

 間違いない。彼女たちが入店した途端、呪い持ち特有の気配が強くなった。

 今だ消えない『赤い靴』。その答えに限りなく近いものが、今目の前にいる。

 相手も気付いていない訳がない。

 今この場のアドバンテージは絵理沙のほうにある。

 何せ絵理沙のほうは誰が呪い所有者であるか、という大体の目星がついている。

 一方で相手はこの店内にいる誰が呪い所有者なのかまでは、ここまでの至近距離では絞り込めていないはずだ。

 シエルのように遠距離から攻撃できる手段があるのならばここで仕掛けるのもいいだろう。だが、絵理沙の攻撃手段は近接攻撃のみ。どうしても仕掛ければ目立つ。

 今は機会を窺い、大人しくしている事にした。

「お待たせしました。フルーツサンドとレモンティーです。ご注文は以上でよろしかったでしょうか」

「はい」

「ではごゆっくり」

 運ばれてきたフルーツサンドを一つ口へ運ぶ。

 この緊張感の中では、多少の甘味は感じても大した味などしない。

「真理、まだお姉さん見つからないの?」

「うん。また悪い男に引っ掛かってないといいんだけどね」

「あー。花蓮さん派手だもんねえ、男関係」

「おかげで迷惑してるんだけどね。ほら、双子で顔そっくりじゃない。だから変な男に声かけられたりしてさ。本当、迷惑な人。だけど……」

「いなくなると、やっぱり寂しいんだ」

「うん。あんな人でも双子の姉だからね」

 赤井真理。

 『赤い靴』の呪いを持っていた赤井花蓮の双子の妹。

 行方不明になった姉について心配しているようには見える。

 だが、どうしてだろう。

 絵理沙には、友人に対して困ったように笑うその顔がまるで仮面のように見える。

「見つかるといいね。花蓮さん」

「そう、だね……」

 答える声に冷たさを感じた。まるで、そう。もう姉は見つからない(・・・・・・)のだと確信しているかのような雰囲気だ。

 それだけではない。姉の存在を迷惑だと言った時、心の底からの本心のように聞こえたし、寂しいのかと尋ねられて答えた言葉は空々しい。

 ここまで嘘と偽りを重ねて、彼女の友人たちはそれに気付かないのだろうか。

 あまりじろじろと見つめるものではない。だが反応を確かめるべく、フルーツサンドを食べ終えたタイミングでメニューを開いて顔を隠しながら様子を窺ってみたが、赤井真理の友人たちは真理の言動が嘘で塗り固められたものであるとは気付いていないようで、突如姉を失った真理を――否。喪ったと確信している彼女を慰めるように優しく微笑みかけている。

 一方で真理のほうはというと、そんな友人たちを冷たい目で見ていた。

 ここで絵理沙は確信した。やはり赤井真理がもう一つの『赤い靴』所有者だ。

 と、なれば後はもうやる事など決まっている。

 店の内装や席の配置をさっと見渡して把握。真理達の座った席がトイレに近い事を確認する。

 レモンティーをわざと残して立ち上がり、トイレのほうへ向かう。

 そして、真理達の後を通る際に一閃。

 殺しはしない。だが痛みすら与えない。

 人間には見切れない高速の一撃。その一撃を以って挨拶代り(・・・・)とする。

「あれ、真理。そのほっぺたどうしたの?」

「え……?」

「ほら、右のほう。血が出てるよ」

 友人にそう言われ、真理は右の頬に触れ、触れた指を見る。

 確かにその指先は赤く濡れている。

 一体何が起きたのか、と慌てふためく友人に対し、真理は酷く冷静にその血を眺めていた。

 彼女も感じていたのだ。呪いを宿すが故に、自分のそばに居た呪い所有者の気配を。

 全く気付けず一撃を入れられた。それの意味する事を考えると、背筋が凍る。

 はっとした真理は先ほど横を通った人物の過ぎた方を向く。

「あの人……」

「……」

 絵理沙と真理の目線が重なる。

 その瞬間、絵理沙は先ほど真理の頬を一閃し血のついた指を舐めて見せる。

 分かり易い挑発だ。

 ここでは仕掛けられないと知っての挑発。

 絵理沙からすれば、相手の能力の想定も出来ている上に単独行動中という絶対的なアドバンテージを得た状態。

 一方真理からすれば、相手の素性も呪いの持つ力も判らない状態であるにも関わらず、相手にはこちらを攻撃する意思がある上に、無関係の人間を連れているというディスアドバンテージ。

 挑発的な笑みを浮かべる絵理沙はそのままトイレのドアノブを掴み、開かないフリをして席に戻る。

 今度は、さっき通った真理の傍ではなく遠回りで。

 席に着くなり残ったレモンティーを口へ運び、カップを空にすると絵理沙はメニューを開く。

 真理はそんな絵理沙の様子をじっと見つめるが、今は友人と共に居る事を思い出す。

 あまりじっくり見つめていては不自然に見える。

「とりあえず絆創膏」

「ありがとう」

 渡された絆創膏を頬に張り付け、友達との談笑する。

 だがその笑みは仮面のように無機質なもので、その仮面の奥には今まさにこの頬に傷を付けた、名も知らぬ敵対者(絵理沙)に対する警戒心で満ちていた。

 一方の絵理沙もそんな真理の様子に気付いているのか、スマートフォンを弄り、シエル経由で入手した赤井花蓮の写真を加工し始める。

 色はモノクロ。そしてその顔に赤いバツ印。その画像を視線を向けて来た真理に見せつける。

 ――お前の姉を殺したのは私だ。

 そう、案に宣言する。

 瞬間、真理が反応し立ち上がるも周囲の眼を気にしてかすぐに席につく。

 反応は十分すぎるほど得た。これ以上この場に居る必要性はない。

「さて、と」

 メニューをたたみ、元の位置に戻すと伝票を手にとって立ち上がる。

「お会計お願いします」

「少々お待ちください」

 あまりしつこく挑発を繰り返すと自分が安っぽくなる。というか、二回目の挑発はあまりにも子供じみている。

 しかし、これで乗ってくるならそれに越したことはない。

「ありがとうございましたー」

 会計を済ませ店を出た絵理沙はすぐにシエルに電話をかける。二回目のコールで繋がる。

『そっちから連絡してくれるなんて嬉しいわね! デートのお誘いかしら? ホテルならスイートルームを用意するわよ』

「違う。ていうか、お前。私に手を出したら捕まるぞ」

『親の同意があれば未成年でも結婚できるわよ?』

「私が同意してないんですけどねえ!」

 調子が狂わされる。

「……近くに居る(・・)から手短に伝える。ビンゴだ」

『へえ。よかったじゃない。で、それだけを伝えるための電話かしら?』

「いいや。お礼をしなくちゃと思って。ありがとう、シエル」

『……もう一回言って。今度はちゃんと録音するから』

「お前怖いよ……」

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