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インセイン・テイルズ  作者: 銀色オウムガイ
『赤い靴』
2/18

赤い靴2

 ――さあ。ゲームを始めよう。

 私が配った呪い(手札)は行き渡っただろうか。

 ま。そもそもこの声が聞こえている時点で、君はゲームの参加者だ。

 そんなものに参加した覚えはない? そうだね。ないだろうね。私が勝手に君たちに呪いを振りまき、君たちは否応なくこのゲームに参加してもらう事になるんだから。良い迷惑だろう? ああいや、ただの迷惑か。

 とにかく、君たちは私の主催するゲームに強制参加してもらう。強制と言うからには、この声の聞こえている君たちにはその拒否権がないと思ってもらっていい。

 ルールは簡単。最後の一人になるまで殺し合う事。簡単だろう。手段は問わない。だが、私が君たちに配った『物語の呪い』を有効活用する事をお勧めするよ。

 自身の能力をすべて駆使し、他人の呪いを奪い、力を付けて最後の一人になるまで戦う。君たちがこれからやるのはそういうデスゲームなんだ。

 勿論命をベットしてもらうわけだから、生き残った一人の願いはなんでも叶えてあげよう。

 胡散臭い? 信用できない? ごもっとも。だが、君たちが聞いているこの声はどこから聞こえているか、少し考えてくれれば解るだろう。

 少しはやる気になったかな。そうだといいな。何せ以前のゲームはみんなお人好しで人殺しは嫌だーとかいってなかなかゲームが進まなかったんだ。

 でも安心してほしい。今回はそういう事を避けるために、期限を設けた。

 これから一週間に一度、能力者による殺人が行われなかった場合。参加者全員死んでもらう事にした。

 やる気のないプレイヤーはいらないんだよね。だからそうやって入れ替えるんだ。

 悪いとは思うよ。でも、そうしないとさ。ゲームマスターであるこの私が困るんだよねえ。

 あ。私の事情なんてどうでもいい? そりゃそうだ。

 じゃあ……世界中のありとあらゆる物語に由来する呪いを受け、異能を操る者たち同士の殺し合いを始めよう!

 ああ。忘れていた。最後に一つ。

 私の名前はテイルメイカー。物語を作るモノだ。



 声が聞こえた。男の声だったのか、女の声だったのか。あるいは第三の可能性として中世的な声色だったのか。どうも印象がぼやけている。

 まるで夢を見ていたかのようでもあり、それがどのような夢であったかと聞かれたら、悪夢の類だと即答できる。

 ある日突然勝手に現れて、勝手に呪いなんてものを与えておいて、自分は姿を見せないまま一ヶ月。その間、ずっと同じ夢を見せられていればそれはそれは不愉快な事極まりない。

 もしテイルメイカーなどと名乗る人物に会えたら絶対に殴り飛ばしてやろう。そう決めているくらいだ。

 繰り返される夢だけではない。何せ、その呪いのせいで、羽鳥(はとり)絵理沙(えりざ)は朝に起きると言う事が困難になってしまった。

 かといって夜は夜で寝るに寝つけず、眠ったとしても気付けばベッドとは違う場所で目を覚ます。酷い時には直立していた事もある。これではまるで夢遊病だ。

 日常生活にまで影響を出しているのは問題である。おかげでこの頃学校には遅刻気味。今日も時計を確認すると、三時間目が始まっていた。

「……」

 またやってしまった、とはっきりしない頭で絵理沙はキッチンに向かい、遅すぎる朝食の準備をする。

 呪いを受けてから新しく購入したポップアップ式トースターに食パンを突っ込み、電気ケトルに水を入れ湯を沸かす。

 口を大きく開けて欠伸をしつつ、冷蔵庫を開けて中身をみると、ものの見事に空っぽで、今すぐ口にできそうなものと言えば刺身を買ってきた時に持ってきたが使わなかったわさびくらいなもの。

 わさびを手に取り賞味期限が過ぎているのを確認しながらも、この眠気を払うのならばそれもありか、などと考えている辺りまともに思考が回っていない。

 しばらくしてケトルの湯が湧き、インスタントコーヒーの粉末を入れたカップに注ぎ、テーブルの上に置いたままの調味料の中から砂糖を手にとり適当に投入。よく混ぜてから口へと運んだ。

 ……直後、それを全部噴き出した。

「何、これ……しょっぱ」

 砂糖と思って手に取った瓶はどうやら塩の入ったものであったらしい。

 使いやすいから、と塩の瓶を砂糖入れに再利用した為に起きた事故であった。

 しかも問題なのはこのコーヒー。砂糖のつもりで結構な量の塩を投入してしまい、とても飲めたものではなくなってしまった。

 勿体無いが、こんなものを飲みきる自信もない。

「まあ、おかげで目は覚めた」

 シンクに大量の塩が入ったコーヒーを流し、軽く洗ってからもう一度コーヒーを用意する。今度は砂糖である事をしっかりと確認してから投入。丁度そのタイミングでトーストも焼き上がったのか、トースターから勢いよく飛び出してくる。

 それを取り出して皿に載せ、テーブルへと運ぶ。

「ふう」

 今更学校へ行っても仕方ないという気持ちと、出席日数は大丈夫だっただろうかと焦る気持ちをコーヒーで抑える。

「……苦」

 絵理沙はコーヒーが苦手だ。だが、その苦みは寝ぼけた頭を早期に覚醒させるためには有用であった。

 問題は、絵理沙の体質的にコーヒーはあまり合っていないと言う事で、飲み過ぎると気持ち悪くなってしまう。

 まあ、この一杯を飲んでいる間もかなり不機嫌そうな顔にはなっているのだが。

 コーヒーを飲んだ事で少し落ち着いた絵理沙は、テレビのリモコンを操作する。

 このぐらいの時間、かならずどこかの局は情報バラエティないし報道番組をやっている。

 自分の住む町の情報は常に最新のものを。昔はそれほど気にもしていなかった事であるが、呪いを受けてからは情報というものが無視できないモノになってきた。

 特に――殺人事件は。

 ザッピングを繰り返してみるが、どうもタイミングが悪いのかバラエティ的なコーナーに入っている番組が多く、なんらかの事件について扱っている番組はほぼない。

 唯一、事件らしい事件といえば、高齢者ドライバーの逆走だとか、コンビニに突っ込んだとか、十年以上も前から問題となっていながら未だ解決できていない問題を扱った番組があったくらいか。

 そのチャンネルに合わせ、コメンテーターの発言を聞いているとどこかで聞いた事のあるような下らない言葉ばかりであった。

 都会と田舎では事情が違う。一概に免許を取りあげろという問題ではない。免許の自主返納を。大体このあたりは必ずと言っていいほど出てくるワードだ。

 トーストを齧りながら、チャンネルを切り替えようと一度テーブルに置いていたリモコンを手に取る。

『えー。また凄惨な事件が起きてしまいました』

 その言葉に手が止まる。

『また胸に大穴の開いた死体が発見されました。これで十一人目です』

「……何だって?」

 ――そんな筈はない。

 冒頭で被害者の数を聞いて、絵理沙は混乱した。

 そう。そんな筈がないのだ。その殺し方は『赤い靴』の呪いを持った少女が起こしたものだったはず。そしてその『赤い靴』の少女は、絵理沙が間違いなく殺した。

 死人が蘇った。そんな馬鹿なことはあるだろうか。第一、何らかの蘇生術を持った呪いがあったとして、死体すら残していないのにどうやって蘇らせたのだろう。

 カップの底に残った、粉末が完全に溶けきらなかった為に出来たどろっとしたコーヒーを飲み一端思考をリセットする。

 まずやるべき事がある。

 最初に考えるべきは、それが普通の人間の犯行であるかどうか。または普通の人間にも可能かどうか。

 引き続き番組で報道される情報からは、以前とまったく変わらず痕跡らしい痕跡が残っていない事が告げられる。

 夥しい量の血液が周囲に散らばっているというのに、足跡はおろか指紋や髪の毛一本すら見つからない。それ以前に、人間の身体を貫通するほどの大穴をあけようと思うとかなり大掛かりな作業となり、殺害方法としては適さない。少なくとも絵理沙はそんな殺し方をせず、心臓や肺を一突き。あるいは頸動脈の切断や絞殺といったもっと手軽な殺し方をする。

 よって、この十一人目を殺したのは普通の人間ではなく、なんらかの呪いを持った人間の仕業であると確信した。

 この作業。不必要に思えるが、呪いによる殺人は今回の幼に分かり易い(・・・・・)殺し方ばかりではない。それを確認する作業だ。

 何せ自分もそうだが他の呪い持ちも、自分以外の呪い持ちの事を探している。不必要に動いて姿をさらすリスクがある以上、ただのシリアルキラーやサイコキラー相手に動いても絵理沙にとって何の得もない。

 あいにくと絵理沙は、力ある者はなき者を救え、などというご立派な思想は持ち合わせておらず、自分の命を賭けてまで他人の為に動こうなどとは思えない。

 では、呪い持ちによる殺害であった場合はどうだ。

 ここではあえて、その呪いが何であるかは断定しない。何せこの町における『死人の出る都市伝説』の大半は『物語の呪い』によるものであると言いきれるほどで、死体の状況(結果)だけではどのような能力であるかなど推測するだけ無駄である。

 とはいえ現在絵理沙が実際に遭遇し、呪いの名前まで把握している『蜘蛛女』こと『ラプンツェル』、『不審火』こと『マッチ売りの少女』、『眠り病』こと『いばら姫』の三つはこの候補から外れる。

 『ラプンツェル』ならば不可能ではないが、絞殺のほうがより手っ取り早い。何よりあの『ラプンツェル』が髪の毛を落とさないのは無理がある。

 では『マッチ売りの少女』はどうか。当然これも違う。こちらは相手を焼き殺す類の呪いだ。

 最後の『いばら姫』。これは能力が直接戦闘向きではない。相手を昏倒させる事に特化した能力である。

「『赤い靴』……」

 やはり一度遭遇し、実際に手を下している相手である為か、頭からどうも離れてくれない。

 『赤い靴』の呪い持ちはもう殺したはずだ。だから『赤い靴』は対象から外してもいいはずだろう。

 では他に何がある。胸を貫通する、というイメージから吸血鬼の最期を連想するが、そういった類の『物語の呪い』は基本的に異形側の能力が発現する為これはない。

 そもそも『赤い靴』自体も、あの殺し方よりかは、首を撥ねたり折ったりだとか、脚を使った攻撃による殺害を行うのが本来の使い方であるはずだ。まさか突き貫くとは、呪いを配った神様気どり(テイルメイカー)も思いもしなかっただろう。

「ああ、駄目だ。分からない」

 『物語の呪い』は、ようはなんでもありな殺人ツールだ。一つの呪いが、複数の殺害方法を持っているなんて事もあるだろう。

 一度考え出すと止まらない。それは絵理沙の悪い癖のようなものだ。故に結論で言えば『呪い持ちの犯行であること以外は判らない』で済むような事を延々と考え続けてしまった。

 急に冷静になった絵理沙がテレビを見ると、番組はエンディングテーマが流れており、出演者一同が頭を下げて締め括る所であった。

 画面左上の時刻表示は既に四時間目の授業が終わりかけている事を示す時間になっており、それに気付き青ざめた。

「またやっちゃった……」

 結局、遅すぎる朝食はそのまま昼食になり、今更学校に行けるような時間でもなくなってしまった絵理沙は使用した食器を片づけ、スマートフォンを手にしたが反応しない。

 調べ物をしようとした矢先のことで、首をかしげたがすぐにその理由を察した。

 充電器から外していた状態で、通話やメール、SNSアプリなどの受信がこれでもかと繰り返されたのだろう。それでバッテリーを使いきってしまっていたのだ。

 仕方ない、とスマートフォンを充電器にセットし、パソコンの電源を点けて立ち上がるのを待つ。

 その間もお昼のバラエティ番組が流れたままで、芸人たちが今話題のスイーツ店とやらをめぐるという企画が行われていた。

 割と近所の店も紹介されており、今度機会があれば行ってみようと考えている間にモニターにはディスクトップが表示され、即時にブラウザを起動する。

 向かうサイトはオカルト掲示板。あとは情報収集用に使っているSNS。

 SNSのほうはやはり十一人目の殺人が起きた事で持ち切り。こちらはしばらくこの話題ばかりで碌な情報が得られない。情報が早く入手できるという点では便利だが、不特定多数が一斉に発信しあっという間に重要な情報が流れてしまったり、情報の混線が起きるのがSNSの欠点である。

 一方でオカルト掲示板は都市伝説ごとにスレッドが分けられており、雑多具合でいうならばSNS以上であるにも関わらず、ピンポイントでの情報収集が可能である分まだソースとしては有用であった。

「『男女十名が神隠し。毎回決まって十人いなくなるこの話なんて名前にする』か。これも何かの呪いの力? あとは……」

 呪いが起こした事件を元にした都市伝説というのは、当然ながら全く新しいものであり名前がない。それ故にまずはこういったスレッド内で名前を付けると言う事がよく行われている。

「『夜中にバイオリンの音が聞こえるんだが』。いや、それはただ練習してるだけじゃ」

 中にはこういったオカルトとは関係ないようなスレッドも多々ある。確かに夜中にバイオリンが聞こえたら不気味かもしれないが、それは近所迷惑を顧みない迷惑な人間の仕業ではないだろうか、と絵理沙は考えてスルーする事にした。

 その後もしばらくスレッドを見て回ったが、得られた事は殆どなかった。

 最後に。都市伝説『赤い靴』についてのスレッドを開く。

 当然の如く、十一人目の被害者についての議論が行われていた。

 十人目までの犯人が既に死んでいるなどと知らない人々によって書きこまれた内容は、十一人目までを同一犯によるものだという前提で進んでいく。

 だが、とあるレスポンスにこんな事が書かれていた。

 ――穴の位置が違う、と。

 それに引っかかりを覚えた絵理沙はその書き込みをした人物の書き込みを追い続けた。

 曰く、これまでの十人はすべて同じ場所を貫かれていたのだという。だが、今回の十一人目はその位置がやや下にずれていた。

 十人も正確に同じ場所を貫いて来た犯人が、なぜ十一人目では下にずれたのか。その点を疑問に思ったのだという。

 だからといってなんだ、とい話でもある。

 実際。その書き込みをした人物も、これだけでは模倣犯の犯行であるとは言い切れないとしている。

 だがしかし。絵理沙にとってはこれ以上にない収穫であった。

「『赤い靴』はまだ終わってない」

 その犯人が誰であろうと、都市伝説の『赤い靴』はまだ終わっていない。

 そしてそれが呪いによる殺人であるのならば、動く理由としては十分だ。

 思わず笑みがこぼれる。

 だがその笑みは、決して柔和なものではなく、若干の狂気を孕んだ凶暴なものであった。

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