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この子はあなたの娘です。  作者: 色川玉彩
第2章〜獅子と鼠〜
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そして父になる?

おかしい。寒い。

ここに何を書けばいいのかわかりません。

ツイッター▶︎飯倉九郎@E_cla_ss

「ほらよ」

 幸司郎は風呂場から持ってきたバスタオルを、子夜に向かって乱暴気味に投げた。

 しかし子夜はそれを受け取る動作を見せず、そのバスタオルがそのまま子夜の顔に直撃して落ちる。彼女はソファに座り、両手で赤ちゃんを抱いていた。だからバスタオルを受け取るために、手を伸ばせなかったのだ。

「悪い」

 幸司郎はそう謝って子夜に近づき、自らの手でバスタオルを子夜の濡れた頭にかけてやる。

「とにかく、その赤ちゃん俺が預かっとくから、お前は風呂場で身体拭いて来い。ていうか風呂入ってこい。その間に部屋、暖めとくから」

「……」

 幸司郎の気を利かせた言葉も、しかし子夜は赤ちゃんに視線を落として黙っているだけだった。離れたくない、そういうかのように。

「そうやって風邪ひいたお前が側にいると、その赤ちゃんも風邪ひくだろう」

「……うん」

 幸司郎が半ば強引に子夜から赤ん坊を受け取ると、子夜は離れ惜しそうに赤ん坊を見上げていたが、すぐに黙ってバスルームへと歩いていった。幸司郎の腕の中には、まだ生まれて半年も経っていないであろう赤ん坊。

「それにしても、誰なんだ、こいつ。あいつの妹とかか?」

 腕の中の赤ん坊は、身も知らぬ他人に抱かれているというのに、顔色一つ変えず、ただ黙って静かにしているだけだった。

「……ていうか臭いな……こいつも後で風呂に入れるか……つっ!」

 鼻をつんざくような猛烈な異臭に幸司郎は眉をひそめ、すぐに鋭い痛みが頭を過ぎった。

 その時、何かを思い出しそうな、そんな感覚に襲われた。

 奇妙な、吐きそうな、それでいて懐かしい、そんな臭いだ。

 その赤子からは、生ゴミのような、腐った生もののようなそんな臭いがしてくる。あまりの酷い臭いに、鼻に敏感なホットミルクの事が気になって探してみたが、どうやら他人の来客にあのシャイな白猫は逃げ出してしまったらしい。幸司郎は鼻を服で覆いながら、

「それにしても……マジで本当に俺が父親、ってことはないよな……?」

 なおさらに心配になった幸司郎だった。

 あり得ない、とは思いつつも、しかしこの状況がすでにあり得ないのだ。だとすればどんな答えが用意されている? それがわからなくて、怖い。

「あいつ確か『daughter』って言ってたから、女の子なんだろうな。それにしても、小さいな……赤ちゃんをこんな近くで見たのは初めてだ」

 どうすれば良いかわからず、幸司郎は身体を揺するようにして赤ちゃんの反応を試したが、それでも赤ん坊は無反応で、ただ静観を保っていた。他にもいろいろと試してあやしてみたものの、それは全て徒労と終わった。

 幸司郎は大丈夫だと判断して赤ん坊をソファに寝かし、自分は子夜のため暖房をつけて部屋を暖かくし、お湯を沸かしてインスタントのコーンスープを用意した。そこまでしてやる必要があるかと言われれば疑問であったが、幸司郎は意外とお節介なのであった。幸司郎がすべての準備を終えて、ソファで寝転がる赤ん坊を上から眺めていると、廊下とリビングを繋ぐ扉がゆっくりと開かれた。

「おう、暖まったか。悪いけど俺のパジャマくらしか貸せるのが無――」

 幸司郎は子夜を見て、絶句した。

 彼がシャワーを浴びた子夜の着替えにと置いておいた自分のパジャマ。それを彼女は着ていたのだが、着ていたのは上だけで、下のズボンを穿いていなかったのだ。幸司郎の服のサイズは華奢な彼女には大きすぎるため、ぶかぶかになった上着の裾でなんとか彼女の下腹部は隠れていたが、しかしひらひらと揺れる裾の間から、彼女の下着が見え隠れする。

「な、なにしてんだお前。下穿けよ」

「……大きくてずってくるの」

 子夜は手に持っていたズボンを持ち上げて見せた。

 どうやらサイズが大きすぎたらしく、ゴムバンドが彼女の腰回りにフィットせず、ずり落ちてくるらしかった。これは完全に幸司郎のミスだった。

「まぁそれはわかるけどさ。お前、恥ずかしくないのか?」

「……別に?」

「それは、女子として致命的だな」

 きょとんとして言った少女。それだけ無反応を見せられると、いささかやる気を失う。幸司郎はやはり女性に最も大事なのは恥じらいだと思った。

「とにかく、ほら」

 先ほど沸かしておいたお湯をマグカップに注ぎ、作ったコーンスープを子夜に手渡した。子夜はそれを受け取り口に運んだが、「熱い」と、言ってふうふうと口で冷まし始めた。必要以上にそうする様子を見て、どれだけ猫舌なんだ、と幸司郎は思った。

「ズボン、穿くか? 何か持ってこようか」

 少女は首を横に振る。

「そりゃありがたい」

 子夜はマグカップを持ちながらソファに横たわる赤ん坊の横に座った。子夜は特に気にしない様子で細く白いその脚をさらけ出していた。その脚はあまりにも細く華奢で、普通の女性とは皆こんなものなのだろうか、と少し心配になった。

 じっと見つめる幸司郎に、子夜が「何?」と言いたげに頭を傾げた。

「いや、なんでこんな状況になってるんだろうって、ふと我に返ってな」

「……」

「そう、それなんだ。えーっと、スガワラさんだったな」

鼠ヶ原(そがはら)

「そう、鼠ヶ原さん、いや鼠ヶ原。説明してくれるか? お前が何をしたかったのか。その子が俺とあんたの子供って言うのは、どういう意味だ?」

「そのままの、意味。この子は、私とあなたの子供」

 何も様子を変えず、ただ先ほどと同じように同じことを繰り返した子夜。

 幸司郎はやはりか、と言った様子であからさまな舌打ちをしてみせた。

「だーかーらー。俺はあんたとそんな関係になった覚えは無いって言ってんだよ。まさか俺が記憶喪失だなんて言うのか?」

「じゃあ、それで」

「じゃあそれでっ?!」

 なんとも適当である。しかしこれでいよいよ彼女の発言に信憑性が無くなってきた、と幸司郎は彼女へ質問を畳みかけることにした。

「その赤ん坊……えーっと、名前はなんて言うんだ?」

「……名前は、まだ無い」

「どっかで聞いたことがある一節だな。しかし何にせよ名前が無いっておかしいだろ」

「……」

 子夜は口を閉ざす。そんな彼女に幸司郎はさらに畳みかけるように質問を浴びせる。

「俺はお前といつ、どこで出会って、セックスをしたんだ? 赤ちゃんが生まれるまでにかかる時間は十月十日だって言うよな。ってことは高校が始まる前に俺とあんたは出会ってたってことだろ? どこで? 俺は知らないぞ」

「……」

「万が一この子が俺の子で俺がその記憶を失っていたとして、それであんたはどうして今まで黙っていた? 何故今になって俺の前に現れる? もう面倒だ、さっさと結論を訊こう。鼠ヶ原、お前はどうしたいんだ? 俺に、どうして欲しい?」

 矢継ぎ早にそう話して、幸司郎は言葉を終えた。彼はじっと子夜の心を確かめるように彼女の瞳を見つめた。それに対し、子夜も幸司郎を見つめ返した。

 ただ見つめ返すだけで、しかし子夜は何も言わない。

 沈黙の中、幸司郎はすっと立ち上がり、子夜へと近づいていって、彼女の持つマグカップを机の上に置き、ソファの上へと押し倒した。一回りも身体の大きな幸司郎の力に、華奢な子夜はなすすべ無く押し倒され、子夜の上に幸司郎が覆い被さる状態になった。

「……なに?」

「何って、あんたは俺と過去にヤッたことがあるんだろ? それでその子が生まれた。そうなんだよな?」

「……うん」

「だったら、今ここでもう一回しよう」

「……い、今は、嫌」

 子夜はその華奢な腕で幸司郎の胸を押すように抵抗した。幸司郎はその手を掴み、

「どうした? そんな処女みたいな反応見せて。今更恥ずかしがるなよ。それにヤレば俺も何か思い出すかもしれないだろ?」

 子夜はずっと見つめていたその目を、幸司郎から反らして逃げた。それを見て幸司郎は彼女のパジャマのボタンを上から二つほど外してはだけさせ、服の上からその小ぶりな胸に自分の手を添えた。

「っ……」

 ぴくり、と子夜の身体が反応する。

「どうした? 怖いか? 恥ずかしいのか?」

 彼女は何も答えない。

 幸司郎は胸に添えていた手を離し、それをそのまま彼女の身体を伝うようにずらしていき、彼女の一糸纏わぬ白い脚をさすった。するとまた彼女はびくり、と身体を震わせる。身体が小刻みに震えているのがわかる。そしてそれが寒さのせいではない事も。幸司郎は太ももを少し撫でた後、ついにその手を彼女の下腹部へと運んでいった。

 ギュッ――子夜はその目を閉じ、ソファのクッションを力強く握った。そして――

「泣くんだったら、初めからくだらない嘘つくんじゃねぇよ」

 ぽん、と子夜の頭を優しく幸司郎ははたいた。

幸司郎は身体を起こして彼女から離れ、さっき座っていたところに座り直した。

 その際自分が羽織っていたカーディガンを、子夜の脚に掛けた。

「はぁ」

 ため息をつく幸司郎を子夜はぽかんと口を開けて見ていた。

「なんだよ。もしかして、そのまま襲って欲しかったのか? お望みなら喜んで襲うぞ」

「……私……」

「直に確かめるまでも無く、あんたが男なんて何も知らない生娘だって事はわかった。それでその子が少なくともあんたの子でないこともな」

「それ、は……」

「もういいよ。あんたの言葉は何も期待していない。自分で勝手に納得する事にする」

「……」

「じゃあ俺が今あんたとのやり取りでわかったことを挙げていこうか? まず第一に、この子はあんたの子供じゃない。そして俺のでもな。そこだけ綺麗に記憶喪失なんて都合のいい話は無い」

 子夜は幸司郎の言葉を何も言わず黙って聞いていた。もはや今更言い訳をしたところで幸司郎はそれを聞き入れないだろうから。

「じゃあどうしてあんたがその子を俺たちの子だと言い張るのか、それは全くわからないが、でも、それは金銭目的とか、俺の家が目的だとかいったやましいことでないことはわかった。あんたは少なくともそんな非道な事をできる人間じゃあなさそうだしな。とりあえずは、そこだけは信用する」

「……ありが、とう」

「そんでだ、そんな良心的なあんたが、どうしてこんな真似をしたのか。何かしら、事情があるんだろ?」

「……」

「無回答はイエスと同じだ。つまり、何かしら止ん事無き事情があるんだろう。それは俺には話せないことか?」

「……」

「話せないなら仕方が無い。悪いけどすぐに出て行ってもらえるか?」

 問い詰める幸司郎に、子夜は口を強く結んだ。

「じゃあ仕方が無いな。悪いけど出てっ――」

「話す」

 幸司郎が彼女を追い出そうと立ち上がった瞬間、子夜はついにその口を開いた。

 じっと、その大きな瞳で幸司郎を捉える。何かを決めた、強い眼差しだった。

「は、話すから、その代わり、一つだけお願いが、あるの」

 震える声で、子夜がそう言った。

「交換条件を持ち出せた立場かよ……でもまぁ少し興味も無くもない。で、そのお願いってのは何だ?」

「この子を、この家においてあげて、欲しいの」

「この家にって、預かって欲しいってことか? それくらいだったら――」

「違う」

「は?」


「この子の父親になって欲しいの」

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