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この子はあなたの娘です。  作者: 色川玉彩
第2章〜獅子と鼠〜
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はじまりは雨の日で

雨の日が好きです。

ツイッター▶︎飯倉九郎@E_cla_ss

 

 その日は雨が降っていた。


 昨日、幸司郎の飼う白猫、ホットミルクが顔を洗っていたのが的中したらしい。ちなみに何故ホットミルクという呼びにくい名前がついたかというと、幸司郎にもわからない。適当につけたのだ。普通の名前が嫌だったが、しかし彼には気の利いた綺麗な名前をつけるセンスも無かったため、ストーブの前にいるのが好きな暖かい白猫と言うことで初めに思いついたその名前にしたのだ。初めは呼びにくいからやめようと思った幸司郎だったが、初めに思いついた名前で決める、と心に決めていたのでそのルールに従った。変なところで頑固なのであった。

 今その白猫ホットミルクは、幸司郎の寝転ぶコの字型ソファの幸司郎とは反対の一辺で丸くなって寝ている。一人暮らしと共に飼い始めたのだったが、いかんせん、未だホットミルクは幸司郎と距離を取っているようだった。

 居眠りするホットミルクから視線を外し、もう一度窓の外を見上げた。

 幸四郎は雨が嫌いではない。どちらかと言えば好きである。雨の日は、外の景色が遮断され、自分が外の世界と隔離されたような、そんな不思議な気分になれるから。

 だから幸四郎はソファに寝転がりながら窓の外を眺めていた。

 今日は休日である。学校も無く、朝から幸四郎は家のなかでゆったりと過ごしていた。まだ学校も始まったばかりで、宿題やら復習やらをする必要もあまりなく、というか彼は基本的に家で勉強はしないタイプだっため、やることがなかった。

 この時間にツバサは来ない。幸四郎はツバサに命令していた。そこまでしつこく言うのならば世話をするのは勝手だが、それは一日に一度。来たいのであれば昼過ぎに家に来て、したいのであれば掃除や片づけを行うなりして、作りたいのであれば晩飯なりなんなりを作って夜には帰る、ということだった。

 それはツバサのためを考えた提案ではなく、幸四郎自身のためであった。

 せっかく一人暮らしをしているのに、ずっと家にいられたのでは実家にいた時と変わらないと思ったのだ。本音を言えば、ツバサに家に来て欲しくもないのだが、彼女は意外と頑固なため、それは言っても無駄だと判断した。家に入ることを止められれば、不法侵入をしてでも部屋に入るだろう。というより既にそうしている。だって幸司郎は彼女に合い鍵を渡してはいないのだ。だからおそらくもう既に勝手に合い鍵は作ってあるはずだ。

 であればギリギリのところで対処しようということだった。互いに納得できる範囲、それで手をうつことにした。

 故に彼は休日、彼女が家に来てしまう前の朝の時間を大事にしていた。昼過ぎ、とあえて曖昧にしたのに、ツバサは十二時ちょうどにやってくる。夜には帰れ、と忠告したのに、彼女は命令されるまで帰らない。だから幸四郎の一人の時間は、今しかなかった。


 テレビも電気も点けずに、ただぼうっと雨空を見上げていた幸四郎だったが、その時、目の前で寝ていたホットミルクが、ぴくりと顔を上げ、玄関の方を睨み付けた。

 そしてその数秒後、家のチャイムが鳴った。

「……嘘だろ?」

 まさか、ツバサが来たのだろうか。

 あれは確かに病的に幸四郎の世話をしたがる傾向があるが、しかしそれにしても一度了承した命令を破る人間ではない。それでももしかしたらあり得るかな、と半ば諦め気味に幸四郎が立ち上がって廊下を進み、扉を開けた。

 そこに立っていたのは、ずぶ濡れになった小さな少女だった。

 幸四郎は訳が分からずそのずぶ濡れの彼女をただ見下ろした。そしてすぐに気付く。そのずぶ濡れの少女は、先日、幸四郎と学校でぶつかった陰鬱な少女だと。今回は頭だけでなく全身が雨に濡れていた。そんな彼女はその大きな瞳で何かを訴えかけるように、幸四郎を見上げていた。

「……何か、用か? 家、間違えてないか?」

「……」

 それでも何も答えない彼女は、すっと自分の両腕に抱えていた何かを幸四郎に向かって差し出した。

 それはたくさんの布にくるまれた、何か。そのたくさんの布の隙間、そこから見えたのは、大きな瞳だった。目の前の少女ほどではないにしろ、その瞳はくるりと大きく、もじもじと両手を動かしながら、しっかりと幸四郎を見つめていた。

 それは生後間もないであろう赤ちゃんだった。

 少女は、自分は濡れてもその腕に抱えた赤ちゃんは濡らさないように布でくるんでいたのだろう。お蔭でその赤ちゃんは濡れておらず、こんな寒い日でもとても暖かそうだった。

「……いや、この赤ちゃんが、どうかしたのか?」

「――たの子」

 背の低い陰鬱なその少女は、ぼそぼそと、そう小さく口を開いた。

「……は?」

 幸四郎は今聴こえた言葉の意味を理解できず、そう乱暴に聴き返した。 

 それを当然予測していたかのように、少女は今度はゆっくりと、そしてしっかりと口を開いてその平坦な声で言った。

 

「この子は、私とあなたの子」


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