ウスカワ何ミリ?
暖か寒い。
ツイッター▶︎飯倉九郎@E_cla_ss
幸司郎たちの高校生活が始まって早二週間が経とうとしていた。
周囲は既に新しい生活に馴染み初め、幸司郎の中でも既に高校生活はつまらないルーティンワークへと変わりつつあった。
「ようやく二週間かぁ。あっという間だったね。本当」
学校の手前で出会った子鹿忠勝が両手を頭の後ろに回しながら、気だるそうにそう言った。彼と幸司郎はよく登校時間が被り出会うことがある。本当になんの因果か、出会ってしまう。幸司郎が時間をずらしても、出会ってしまうのだ。幸司郎はまたか、と心の中で嘆息していた。しかしそんな幸司郎の気も知らず子鹿は言葉を続ける。
「これが毎回続くというのも、鬱な話だよねぇ。前の私立みたいに、校舎も綺麗じゃないし施設も不便だしね……あ~大きい図書館と食堂が欲しいよ、本当……」
「……」
「購買部って言うのをメチャクチャ楽しみにしてたのに、まさかあんなしょぼいものとは思わなかったよ……まだコンビニの方がマシくらいだ。はぁ、まさか高校でグレードダウンするなんてなぁ……」
「……」
「まぁでもやっぱり中学と違って可愛い子が多いよね。垢抜けてるというかさ、校則もそこまで厳しくなくてお化粧とかも軽くしてて。ほら、獺さんって知ってる? 入学当初から評判でさ、もうなんか先輩から告白とかされてるらしいよ? おしとやかでメチャクチャ可愛いんだよねぇ。それよりも僕がびっくりしたのはスカートの異常に短いギャルって生き物だね。あんな生物図鑑にでも載ってそうな女子高生って本当にいるもんなんだね」
「……うおっ! なんだいたのかよお前……びっくりさせんなよ」
「また?! 僕そんなに陰薄いかな?!」
幸司郎がお決まりのボケを子鹿相手に繰り出すと、子鹿は毎度飽きずに新鮮で豪快なリアクションを返した。ぶつぶつとまた何か文句を言っているようだったが、幸司郎はそれを一切合切無視した。面倒臭かったから。基本的にボケを振るが、その返しを拾うつもりは彼には無い。
「で、何の話だ? 完結に二文字で教えろ」
「いや、だからさ、女の子が可愛いよね……って二文字ッ?!」
子鹿はわかりやすく唸って数秒悩み、「発情!」と、本当に二文字で答えた。しかも大声で。
それを聞いた周囲にいた女子たちが、きもいだとか、変態だとか、木偶の坊だとか言ってじろじろ子鹿を見た。子鹿が自分の失態に冷や汗をかいていると、幸司郎がその顔を普段以上に不快そうに歪めて、「きしょ」と言い放った。
「あわわ、ち、違うんだよ、コウこれは……」
「わかったわかった。それで、お前は誰に発情したんだ?」
「だから別に発情はしてないって……ただ高校は可愛い子が多いよねって話」
「ああそんなこと言ってたな。ウスカワさんだっけ? 何ミリなんだ?」
「獺さんだよ。そんな嫌な名前じゃないし、何ミリとかないよ」
「あーそうそう、その子が可愛いんだっけ? 俺も噂には聞いた事があるぞ。確か今時珍しいおしとやな純潔乙女で、男子にアプローチを受けても奥手だからなかなか男子と付き合うことができないが、内心ではそうやって男子にちやほやされる自分に悦に浸ってほくそ笑んでいて、しかもそれを周りの女子は気付いていて表面上は仲の良い友達として付き合ってはいるが、本心では嫌われているというあの獺さんだろ?」
「……妙な説明を付け足さないでよ……リアルで笑えないよ」
子鹿が慌てて周りを見て、誰にも聞かれていないことを確認しジト目で幸司郎を睨んだ。
「冗談。適当に言ってみただけだ。大体可愛い子ってそういうもんだろ?」
「偏見だね」
「真理さ。で、なんだ、お前はそういうのがタイプなのか?」
「タイプというか、普通の男子なら誰でも好きになるんじゃないかな、可愛い子ってのは」
「否定はしないな」
「でも僕のタイプはああいうお嬢様タイプよりは、こう短髪でスポーツしてて活発で――」
「いやいいよ。どうでもいいし」
「ええッ?! どうでもいいって言わないでよ! コウが訊いてきたんだろ?」
「俺はウスカワさんがタイプなのかどうか聞いただけであって、お前の好みのタイプがなんであるかを訊いた覚えは無いぞ。去年のこの日の晩飯くらいどうでもいい話だ」
「酷くない?」
そんなくだらないやり取りをしながら二人が昇降口で靴を履き替えていると、幸司郎は足の裏に違和感を感じた。何かを踏んだようだ。幸司郎は履いたばかりの上靴を脱ぎ、恐る恐る上履きの裏をのぞき込んだ。
「……ガムテープ?」
幸司郎の上履きの裏には、くちゃくちゃに丸められたガムテープがひっついていた。ガムでも踏んだかと思っていた幸司郎はひとまずほっと胸を撫で下ろす。
ほっとして、しかしすぐにいらっと来た幸司郎はすぐにそれを引きはがした。そして何も気付いていない子鹿に、「さ、今日も頑張ろうぜ」と言葉をかけながら背中を叩いたついでにそのガムテープを貼り付けた。
「え、うん! そうだねっ!」
何も気付いていない子鹿は珍しく幸司郎に暖かい言葉をかけてもらったのが嬉しかったのだろう、大きな笑みをこぼしながらそう返した。