ラブレター
まぁ現実ではラブレターなんてものは存在し得ないんですが。あくまで創作なので。許してください。
ツイッター▶︎飯倉九郎@E_cla_ss
幸司郎は毎度の如く纏わり付くようについてくる子鹿忠勝と帰宅を始め、そのまま適当な会話をしながら昇降口に向かっていった。会話をしながらも、今日も幸司郎の頭の中はあの赤ん坊の事でいっぱいであった。
結局ニュースでも誘拐事件なんて取り扱われていない。メイドのツバサに調べさせてもそんな話題は見つからないらしく、これは本格的に事件になっていない様子だった。
ツバサに男の様子を調べさせようにも、朝から夕方までは赤ん坊の面倒を見てもらっているし、男は夜はほとんど家にいるとのことだった。しかしやはりそれでもその男からは赤ん坊を誘拐されて焦っていると言った様子は無いようだった。
「でも凄いよね~鼠ヶ原さん。女の子って髪型一つで変わるもんだね」
一日中その話題しかしない子鹿に、こいつつまんねえな、と思いながら幸司郎は視界に子夜を見つけてそちらを注視した。
「え、じゃあいいじゃん。シヤっちもさ、一緒に行こうよ」
「だねだね! その秘密の美容師さんの正体を明かしてやんないとね」
子夜の周りで数人の女生徒が楽しそうにそう言いながら、子夜の手を引いていた。しかし子夜は困ったように目をキョロキョロとさせるだけで、手を引かれるがままだった。
その時子夜は幸司郎を見つけ、一瞬、助けてと口を動かしたようだった。しかし幸司郎はそれでいいんだ、とあえてそれを無視し、昇降口へと入った。
「……ん?」
幸司郎が下駄箱を開けると、幸司郎の下靴の上に何かが置いてあるのが目に入った。幸司郎が不安気にそれを手に取ると、それが可愛らしくあしらわれた封筒であることがわかった。差し出し人の名前は外に書いていないが、それが女の子であろうことはその封筒の彩りからしてわかった。
「なになに? ラブレター?」
それにあざとく気付いた子鹿おちょくるようにそう言って近づいてくる。
「って期待しているのをどこかで見て笑ってる愉快犯かも知れないぞ? 中身は悪口で溢れてたりな」
「怖いこと言わないでよ……そんな事誰がわざわざするのさ」
「お前」
「ええっ?! 冗談はやめてよ……」
幸司郎はくすり、と笑いながらその封筒の封を切った。
「こ、ここで見ちゃうの?」
「なんだ、見たくないのか?」
「え、それは、ぜひ見たいけど……でも、いいのかな?」
「いいだろ。一人でこそこそ見る趣味は無いしな」
中には一枚の便箋が入っていた。それは封筒と同じく可愛らしいデザインであり、そこに書かれている字も丸く、しかしながらしっかり整った字であった。
「な、なんて書いてあるの?」
「えーっと。そこにいるであろう子鹿忠勝に警告する。今すぐ幸司郎さまの近くから立ち去れ。お前なんか犬畜生が一緒にいるだけで、幸司郎さまが汚れる」
「え……?」
子鹿は目を見開いて愕然とする。しかし幸司郎は残酷にも続きを述べた。
「三日の猶予を与える。それ以降にもし、幸司郎さまの半径一キロ以内に近づいたなら、お前、そしてお前の家族に必ずや不幸が襲うであろう。これは最後通告である。貴公の賢明な判断を期待する――だってさ」
「そ、そんな……誰がこんな……」
おろおろと、子鹿は目を泳がせて動揺を見せた。爽やかな日であるはずなのに、周囲には暗雲が立ちこめていた。
「ふう、なんか、面倒な事になってきたな」
沈黙を破るように幸司郎がそう呟いた。
それに対して子鹿はあまりの衝撃に言葉を発せないでいた。幸司郎はそんな彼の肩を軽く叩きながら、
「ま、あんまり背負い込むなよ」
「……そ、そうだね……十中八九ただの脅しだろうし」
「そうそう。半径一キロ以内なんてどうやって確認するんだよ。普通に考えて無理だろ? それに今の嘘だし」
「うん……そうだね。そう言われるとこの手紙の中に矛盾がいくつか――え、嘘なの?!」
「え、うん。嘘」
こいつなんでこんなに驚いてるんだろうと言わんばかりに幸司郎は怪訝な顔で頷いた。
「どど、どうしてそんな嘘つくの?」
「だって面白そうだったから。つい。へべてすっ」
「へべてすッ?! なにそれ、てへぺろの亜種!? 可愛くないよ! ていうか酷いよ!」
子鹿は緊張から解き放たれた心臓を押さえつつ、大きな声で叫んだ。その後もどんどんと非難の言葉を続けて発していたが、幸司郎はそれをいつもの不快そうな顔で聞き流しつつ、「ほら。食うなよ」と、持っていた手紙を子鹿に差し出した。子鹿はまだ言い足りないようだったが、その手紙の内容が気になって渋々その手紙を手に取って読み始めた。
「えーっと、なになに……『獅子川幸司郎くんへ。初めまして。いきなりこんなお手紙を出してしまって、ごめんなさい。もし迷惑だったらあやまります。でもどうしても伝えたいことがあってお手紙を書きました。どうにか自然と話しかけようと思ったのですが、勇気が出なくてこんな形でしか言葉を伝える事ができませんでした。がんばりました。実はあなたに聞いて欲しい話があります。でもそれはやはりこうやって手紙で伝えるべきことでは無いと思いました。絶対にあなたと面と向かって言いたいことなんです。ううん。そうしなきゃいけないと思うんです。なので、もしよかったら今日の放課後(もしこの手紙を家で読んでるなら、明日の放課後も待ってます)に屋上に来ていただけませんか? あそこなら誰も来ないので、私も勇気を出してお話できますし、幸司郎くんも周りを気にしなくていいと思いました。長くなってしまってごめんなさい。ぜひ来てくれると嬉しいです。嫌だったら無視しちゃってください。でわでわ。長文失礼しました――一年三組、獺詩歌より』って……獺さんじゃん!」
いちいち反応でけえよ、と幸司郎は子鹿から手紙を乱暴に取り上げた。
「ええ、で、でも……獺さんってあの獺さんだよ? めちゃくちゃ凄いじゃないか!」
「はっはっはっ。勝ち組勝ち組」
高笑いして、ひらひらと手紙を上空で振りながら幸司郎は歩いていく。子鹿は何故か幸司郎以上に興奮しながら幸司郎の後ろをぴたりついて歩き、
「やっぱりこれって告白だよね?」
「だろうな。これで俺が屋上から突き落とされたらあまりにも超展開過ぎるだろ」
「お、オーケーするの?」
「さぁ。だって実際俺はそのウスカワさんのことを何にも知らないからな。顔は良いらしいけど、性格がどうか。あと何ミリかにもよるよな」
「せ、性格もいいよ! あんなに可愛いのにとてもお淑やかで我がままじゃない大人しい女の子だって噂だからね! まだ男の人と付き合ったこともないらしいよ!」
子鹿が若干以上の興奮気味でそう語る。こいつうぜぇな、と幸司郎は思った。
「わかってないな。女の子はある程度我がままな方がわかりやすくて可愛いんだよ。我がままと自己中の間にはどうしようもないほどの隔壁がある。ていうかどうしてお前がそんなに興奮するんだ」
「だだだだって、あの難攻不落の獺さんを、まさか僕の親友が、しかもあっちからアプローチしてくるなんて、自慢ものだよ全く!」
「だからお前が興奮すんなって言ってんだよ」
「屋上行くの? 行くよね? 僕もついて行っていい?」
「ふざけろ。何で向こうが勇気出して一対一で会おうって言ってんのに、男の俺が同伴で行かなきゃならないんだ」
「ええ! いいだろ?」
珍しくしつこく食い下がる子鹿に、幸司郎はぐるりと振り返り、手を出す。
「じゃあ飯奢れ」
「な、コウお金持ってるじゃないか! 製薬会社の息子が飯たかるな!」
「は? それとこれとは別問題だ。お前が奢ってくれた分、恵まれない子供たちにお金を寄付できるだろ?」
「絶対やらないよね、絶対」
「それに俺は無理言って一人暮らし始めたもんで、実際お金は自由に使えないんだよ」
「え、そうなの?」
「ああ。あいつなりの対策だろうよ。お金があれば俺が遊びほうけると思ってる。てめえと一緒にすんなっての。だから自由にさせないために縛ってんのさ。ま、それを承知で一人暮らしを始めたんだが……てか小さいとは言え、お前ん家も社長だろ? その息子が飯代くらいでけちけちすんなよ。猿」
「猿?! ぼ、僕だって結構厳しいんだからな!」
「はぁ、じゃあいいよ。ついてきたいって行ったのはお前だし。やっぱり一人で行くよ」
「ぐぬぬ……」
その後数分悩んだ末、子鹿は結局幸司郎にご飯を奢ることになった。というより、幸司郎に上手く言いくるめられて、奢らされるハメになったのだった。
いつものこと。いつものこと。