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第八話 砂漠の幽霊船

 月が綺麗な夜だった。風は少し出ていたが、砂嵐を呼ぶほどではない。

 砂漠の夜は冷える。ゼルダは寒さ対策としてターバンを巻き、マントを羽織っていた。


 ゼルダと一緒に空飛ぶ絨毯に乗る。

 空飛ぶ絨毯は風をきって砂漠に向かって夜空を飛んでゆく。

「ゼルダはん、幽霊船が出る場所は、だいたいわかっとるの?」


 ゼルダが愛想よく応じる。

「何だ、チャンスは幽霊船を見たいの?」

「正直に言えば、どっちでもええ。せやけど、幽霊船のおるほうへ行くなら、心の準備がしたい。攻撃されるかもしれん」


 ゼルダが微笑みを湛えて答える。

「大使からは幽霊船を探してくれって頼まれているけど。私も正直どっちでもいいのよ。ただ、チャンスと一緒に空を飛びたかっただけよ」

(社交辞令やけど、言われて悪い気はしないわ)


「ゼルダはんのような美人に誘われると嬉しい。せやけど、もう舞い上がるような年でもないで」

「そうか、それは残念ね」


 しばらく、高速で砂漠を飛んで行く。

 チャンスの眼が、遠くに動く青白い物体を見つけた。

(やっぱり、幽霊船が出おった。でも、砂漠の端をうろうろするとは、奇妙やな)


「ゼルダはん、幽霊船がおったで。幽霊船は西に向かって進んどる」

「何だ、もう見つかったのか。残念ね。近づいてみても、いい?」


「ええけど、慎重にな。くれぐれも攻撃に注意してな」

「わかっているわ。だけど、こちらから攻撃しないでね」


 ゼルダの操る空飛ぶ絨毯が、幽霊船との距離を詰める。

 幽霊船は全体が青白くうすぼんやりと光る四十五m級の商船だった。

 二本のマストには帆が掛っており、帆にアウザーランドの国旗が描かれている。


 すると、甲板の上にいた青白い幽霊たちの動きが慌ただしくなる。

 幽霊船との距離が五十mまでに縮まると、幽霊船から矢が飛んできた。


 チャンスは両手を鞭に変えると、飛んでくる矢を叩き落とす。

 チャンスの側から火の弾を吐いて攻撃もできた。だが、ゼルダから攻撃しないでとお願いされていたので、防御にのみ注力する。


 矢は飛んでくるものの命中率は悪い。二十本を撃って三、四本しか届かない。なので、チャンスは余裕で叩き落とせた。

(これなら、打ち落とされる事態にならん。それにしても、矢が飛んできておるのに、どっしり座って、空飛ぶ絨毯を操縦する胆力には、恐れ入るわ)


 幽霊船と併走するように、ゼルダが空飛ぶ絨毯を操る。

 併走状態になると、ゼルダがターバンを外した。

 ターバンの内側にはゼルダの国のアウザーランドの国旗が描いてあった。


 ゼルダが幽霊船と空飛ぶ絨毯を併走させながら国旗を示す。

 すると、幽霊船から飛んでくる矢が次第に少なくなり、やがて止まった。

(何や、アウザーランドの旗を見たら、攻撃が止まったで。幽霊船はアウザーランドに縁のある船か)


 幽霊船の左舷に一人の幽霊が寄ってくる。

 幽霊はキャプテン・ハットを被り、フロック・コートを身に纏った格好をしていた。


 ゼルダが堂々と名乗った

「私はアウザーランド国のスターニア駐在武官のゼルダよ。王家の御用達の酒の運搬船がなぜ、隣国スターニアの砂漠を彷徨(さまよ)う。よかったら、事情を話しなさい」


 幽霊は敬意を持ってゼルダの問いに答える。

「私は、このシー・サーペント号の船長のパイロンです。私は悪神アンリとのゲームに負けました。それで、砂漠の上を彷徨う幽霊船にされたのです」

(悪神アンリのおやっさんが絡んどるのか。これは、ちと厄介かもしれんで)


 悪神アンリは、常に暇をもてあましており、人間、魔神、精霊に所構わずゲームを持ちかける神である。ゲームに勝てばいいが、負けた時は過酷な罰を科す神で有名だった。

また、悪神アンリは対価と引き換えに、古代人にワンチャンたち魔精霊を作り出す方法を教えた存在でもある。


 悪神アンリの名前を訊くと、ゼルダの表情も曇った。

「悪神アンリとのゲームに臨むなんて、馬鹿な真似をしたものね」


 パイロンは苦痛の表情で打ち明けた。

「後悔はしています。でも、俺たちの船は海上で、船の位置を見失い、船の墓場に迷い込みました。船の墓場から出るためには、悪神アンリのとのゲームに乗るしかなかった」


 ゼルダが真剣な表情で問う。

「事情はわかったわ。それで、悪神アンリの掛けた呪いを解く方法はあるの?」

 パイロンは項垂(うなだ)れて語った。

「悪神アンリは慈悲だと笑い、教えました」


 チャンスは同情した。

「悪神アンリの慈悲は新たなる問題や。素直には喜べんわなあ」

 パイロンが自棄(やけ)になって語る。

「雄鳥が産んだ卵で目玉焼きを作って悪神アンリに供えれば、呪いは解ける、と。雄鳥は卵を産まない。つまり、私たちの呪いは、解けないのです」


 チャンスの考えは違った。

「そうとも限らんで。悪神アンリは答のない謎は出さん。悪神アンリは答のある謎を出す。そんで、正解に辿り着けず苦しむ回答者を見て楽しむのが趣味や。きっと何か正解はあるで」


 パイロンは弱気になって首を横に振った。

「本当でしょうか。でも、卵を産む雄鶏なんて、聞いた覚えがない」


 ゼルダが真面目な顔をして語る。

「当てが、あるわ。私の知り合いに錬金術師のロビネッタがいるわ。ロビネッタが卵を産む機械を作ったのよ」

(卵を産む機械とは、変わった品を発明したな)

「ゼルダはん、それは、雄鶏なんか?」


「わからないわ。でも、鶏だったわ。雌鳥だったか、雄鶏だったかは、不明よ。確率は二分の一ね」

 パイロンが(ひざまず)いて頼む。

「お願いです。その卵を産む機械の鶏が雌鳥か雄鶏かを、調べてくれませんか。それで、機械の鶏が雄鶏だった場合、卵を産ませて、卵焼きを作ってきてください」


「可哀想やから、わいは協力してもええ。ゼルダはん、どうする?」

「私も大使館の人間として、自国民が苦しんでいるのを見捨てられないわ。探すだけ探してみましょう」


「ありがとうございます。もし、呪いが解けた場合。積荷を全て差し上げます」

(遭難船の積荷ねえ。大した価値はないやろうな。でも、ゼルダはんが自国民を見捨てられないと動くなら、一肌どうにか脱いだろう。どうせ暇やし、大して難しい仕事でもないみたいやしな)

「よっしゃ、なら明日の朝。ロビネッタの家に行ってみようか」


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