第七話 パーティの席での噂
チャンスが黄金魚を納品した翌日に、セビジに呼び止められた。
「チャンス、今晩の予定は空いているかな?」
「空いているけど、どうしたん?」
セビジが申し訳なさそうに頼む。
「実は今日、冒険者ギルドの後援パーティがあるんだけど、パーティ券が余っているのよ。よかったら買ってほしいんだけど、いいかしら」
(付き合いのパーティか。冒険者が出るパーティなら堅苦しくもないし、まあまあ美味い飯も出るからええか。黄金魚を売った金も余っとるしのう)
「ええよ。当日券を一枚、買うわ」
その晩、見苦しくない格好で、冒険者ギルドの後援パーティに出る。
パーティには有名な冒険者や売り出し中の冒険者が、街の顔役や有力者との顔繋ぎのために多数、出席していた。
料理を楽しむ冒険者もそこそこいた。だが、何よりも、顔を売るのに力を注いでいる冒険者が多かった。
ゼルダが人の輪を抜ける姿が見えた。ゼルダが飲み物を持ってチャンスの隣に来る。
「何や、ゼルダはん。ちょっと休憩か?」
ゼルダが少し赤くなった顔で告げる。
「そんなところよ。それにしても、冒険者も営業活動に積極的なのね」
「超一流どころは座っていても、仕事は来る。そうでないところは、営業活動をせな、仕事がない時代や。ダンジョンにだけ籠もっていればええ、いうのは昔の話や」
ゼルダが意外そうな顔をした。
「そうなの? ダンジョンに行って一攫千金を得る。それが冒険者ではないの?」
「今の若い連中は違うな。きちんと冒険の終わりも見とる。冒険者は通過点や。騎士になりたい。道場を造りたい。政治家になりたい。官吏になりたい。ギルドの顔役になりたい。皆、冒険者の後を見とる」
ゼルダが寂しげに語る。
「そうなのね。よく言えば、将来を見ている。悪くいえば、冒険心がない、か。元お姫様の私にはわからなかった話ね」
「わいらの世代から見て物足りなくても、若い奴らは若い奴らで人生を考えとる。それでええねん。わいに言わせたら、ダンジョンの存在は職にあぶれた若者の雇用調整の意味合いが大きい。誰もがダンジョンに行くかなくてええなら、それでええ」
ゼルダが微笑んで感想を口にする。
「ダンジョンが若者の雇用調整とは、アウザーランドでは聞かない理論ね」
「スターニアでも聞かんやろうな。わいが勝手に能書きを垂れているだけや。おっさんの俺的発想や」
壇に上がる男にゼルダが注意を向ける。
男は大柄な人物で五十代くらい。金髪で白い肌をしていて、白い帽子に真っ白な治癒師の法衣を着ていた。
ゼルダが教えてくれた。
「大手のヤスミン治療院のケマル院長よ。何か大きな発表があるらしいわ」
ケマルは満面の笑みで発言する。
「ユガーラの街の皆さん、こんばんは。私たちヤスミン治療院はここユガーラに大規模投資を行います。温泉と魔法を融合させた治療院を設立します」
ケマルの表明に大きな拍手が起こる。だが、拍手をしない人間もいた。
ゼルダが、そっとチャンスに尋ねる。
「全員が諸手を挙げて賛成ではないようね」
チャンスは、こっそり教える。
「そうやね。地元の旅館組合は大きなホテルが建つんやないかと警戒しとるわ」
「冒険者や湯治客が増えなければ、客の奪い合いが起きる。過当競争を心配しているのね」
「そうやねん。何事も、いい面だけがあるわけやない」
「ゼルダさん、ちょっと」とアウザーランドの官吏と思わしき人物がゼルダを呼ぶ。
パーティはケマル院長の発表後は大して面白くない話題になり、お開きとなる。
飲み足りない金持ちたちは、金持ちたち用の高級な店の二次会に行く。
飲み足りない酒豪の冒険者は歓楽街に出かけてゆく。
ほどよく酔いを覚まして帰りたい者は《幸運の尻尾亭》に行く。
チャンスの行く先も《幸運の尻尾亭》だった。
《幸運の尻尾亭》でオレンジ・シュースなどを飲みながら、パーティから戻ってきた冒険者たちの話に耳を傾ける。
若い冒険者たちが赤ら顔で噂する。
「おい、聞いたか、砂漠を進む幽霊船の話。船はアウザーランドのらしいぜ」
「聞いたけど、本当かな? 砂漠で船が難破したなんて、それだけでも笑い話なのに、隣国の船なら、なお怪しいぜ」
(へえ、そんな話が会場で出ていたんやな。でも、アウザーランドいうたら、ゼルダはんの国やね。会場でもゼルダはん呼ばれておったし、何ぞ関係しておるんかね?)
砂漠を進む幽霊船の話題はそのまま、笑いの内に消えた。
だが、十日の内に砂漠を渡ってきた商隊や、護衛冒険者の目撃談が多くなる。
冒険者は笑ってもいられなくなった。
そのうち、ある噂が流れる。
「幽霊船には、お宝が積んである」
チャンスは、その日は仕事がなかった。なので、《幸運の尻尾亭》で朝から赤ワインをちびちびと飲んで、冒険者の自慢話や噂話に耳を傾けていた。
冒険者ギルドの扉が開き、ゼルダがやってくる。
ゼルダは、にこにこした顔で、チャンスの向かいの席に腰掛ける。
「チャンス、ちょっと遊びに行かないかしら?」
「もう、狂気の谷の釣りなら、飽きたで」
ゼルダは屈託ない笑顔で誘う。
「夜の砂漠を、空飛ぶ絨毯で飛ぼう。気持ちいいわよ」
(何か、ゼルダはんの笑みって気持ちがええけど、裏がありそうや)
「それ、もしかして、ただ単に飛ぶんやなくて、幽霊船を探そうとしとらんか?」
ゼルダは明るい顔で隠さずに語る。
「見つかったら、見つかったでいい。だが、見つからないなら、見つからなくてもいい。そういう遊びよ」
「ひょっとして、アウザーランドのお宝が船にあるって噂は穏当なん?」
何人かの冒険者が注意を向けてきたのがわかったが、無視する。
ゼルダも気にした様子がない。
「宝はあるかもしれない。ないかもしれない。わからないほうが面白いだろう」
「今日と明日は仕事が入ってない。遊びに行こうと誘うなら、付き合ってもええよ。でも、戦いは、せんからね」
ゼルダは楽しそうに語る。
「よし、なら決まりだ。今日は二人で夜間飛行よ」
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諸般の事情により二月二十五日~二十八日まで更新を休みます。
そのため、二十八日分までを本日掲載しました。
三月一日からはまた、毎日一話ずつ更新の予定です。