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第三十五話 発展する街で

 チャンスは動くべきか迷っていた。すると、《幸運の尻尾亭》にゼルダがやってくる。

 ゼルダの表情は曇っていた。ゼルダはチャンスを密談スペースに誘う。


「何や、ゼルダはん? あまり顔色よくないな」

「私の顔色がよくないだけなら問題ない。帰って生姜湯でも飲んで寝ていれば治る。だが、私が抱えている問題は寝ていても治るものではない」


「何や、心労か? ご苦労なことやな」

 ゼルダは困った顔で教えてくれた。

「アウザーランドとスターニアの関係が悪くなりそうだ」


「なにが起きたんや、教えてくれるか」

「発端はアウザーランドがスターニアの水道事業に口を出したことが発端だ」

(ここでも、水道事業が陰を落としているんか)


 ゼルダは険しい顔で語る。

「スターニアではアウザーランドへの憧れがあった。私もアウザーランドのほうがスターニアより先を進んでいるとの自負がある」

「お国自慢はどこの国でもあるから、気にせんよ」


「アウザーランドの優越感がスターニア人にとっては面白くないらしい」

 理解できない話ではなかった。


 アウザーランドとスターニアは今でこそ友好国だが、百年前までお互いを敵視していた。

「昔は敵やったが、今は敵やない。スターニアに劣等感があったとしても、大きな問題にならんやろう」


「スターニアは鷹派主導による祖国復運動が模索されている。この運動に火が着けば、アウザーランドとスターニアの関係は確実に悪化する」

「祖国復興に名を借りた思想の取り締まりの排斥運動になる、と?」


 ゼルダは真剣な顔で頷いた。

「おそらく、近い未来このままでは鷹派によって世論は誘導されるだろう、とアウザーランド外交部は予測している」

「水質に対する不満の問題が、そんな場所に向かって街の人を動かそうとはなあ」


 ゼルダは厳しい顔で警告した。

「事態は確実に悪いほうに向かっているぞ」

「わかった。アウザーランドの外交部の予測が当る前に、事態を止めてみるよ。全ては、わいの楽しい隠退生活のためや」


 ゼルダが真面目な顔で頭を下げた。

「すまない。モンスターを倒せば解決する問題なら、どうにかできる。だが、群集相手では、武力は(ふる)えない」


 チャンスはゼルダと別れた後で、悪神アンリが《幸運の尻尾亭》に来るのを待つ。

 悪神アンリを捕まえて頼む。

「おやっさん、ダンジョン側の有力者と話がしたい。水問題の件ですわ」


 悪神アンリは機嫌よく応じた。

「さすがはチャンスだ。今一番にホットな話題に喰いついたな」

「茶化さんといてください。紹介してくださいな」


「いいぞ。()いてこい」

 悪神アンリは街の外れから空飛ぶ黒い絨毯を出す。


 空飛ぶ絨毯は一っ飛びで地面を突き抜けてダンジョン内に入る。

 チャンスがやって来た場所は、以前に精糖機の図面を買った部屋だった。チャンスが席に着くと、前回と同じようにダンタが姿を現す。


 ダンタは厳しい顔で悪神アンリに尋ねる。

「アンリ様。今日は、いったいどのようなご用件ですかな?」


 悪神アンリは軽い調子で頼む。

「なに、先日、精糖機の図面を買ったこの男が、次はダンジョンから水を買いたいとせがんでな。連れてきた。話だけでも聞いてやってほしい」


 チャンスは真摯(しんし)な態度で頼んだ。

「人間の街では綺麗な水が不足しています。人間に水を与えるわけにはいかないでしょうか」


 ダンタは穏やかな顔で肯定した。

「別にいいぞ、ダンジョンの入口から放水してやっても。放たれた水を水道橋なり水路で運べばいい」


(おや、随分と前向きな返事が来たね。これは予想外やわ)

「頼んでおいて何ですが、本当にいいんですか? 水を渡さない判断にダンジョン上層部の判断が絡んでいる、と聞きましたで」


 ダンタが険しい顔で言い放つ。

「少なくとも、水に関する決定は俺の判断ではない。それに、俺は、そんな決定は知らない。人間と結託したやつらが、勝手にほざいているだけだ」


(ダンジョン上層部も一枚岩ではないんやな。スターニアの鷹派に擦り寄るのを好としないモンスターもおる、か。その急先鋒がダンタはんやな。ダンタはん、敵の敵は利用しよう、いう態度や。アンリのおやっさんもええ幹部を紹介してくれたわ)


 チャンスはアンリの顔を見る。

 アンリは澄ました顔をしていた。チャンスはダンタを見据えて頼む。

「ほな、水をください」


 ダンタはチャンスを、ぎろりと睨む。

「ただし、タダではないぞ。水といえど、タダでは人間に渡したくない」

「おいくらでっか? 街に今は金がある。金ならどうにか用意できると思います」


 ダンタは厳かな顔で告げる。

「我がダンジョンは冥府神サヴァロン様のためにある。冥府神サヴァロン様は人が死ぬ時に発せられる命の煌きを大層にお喜びだ」


(うわ、これは、もしかして)

「まさか、水の代金は、人の命でっか?」


 ダンタは厳しい目でチャンスを睨んで、要求する。

「そうだ。生者の命の煌きを捧げよ。それも、大量にだ」

(あかん。これ、交渉にならんわ)

「持ち帰って、検討します」と答えるのが限界だった。


 悪神アンリに送られて《幸運の尻尾亭》に戻る。密談部屋にアンリが誘う。

 悪神アンリは楽しげに語る。

「大変な展開になったな、チャンス。街の人間には少し死んでもらおうか。そうすれば、人口増加も水問題も、解決するぞ」


「あかん。それはしたらあかん。いやあ、参ったで。どうにかならんものやろうか?」

 悪神アンリは笑顔で勧める。

「方法は、あるぞ。何も、人間を殺さなくてもいい」


「ほんまでっか、その方法とはなんですか」

「要はサヴァロンの奴を喜ばせばいいのだ。冥府にいる不死なる龍の血を、冥府神サヴァロンに捧げるんだ」


「冥府にいる不死なる龍の血を入手するって、滅茶苦茶にハードルが高いですやん。それ、英雄の仕事ですわ」


 悪神アンリは、にやにやしながら告げる。

「嫌ならいい。だが、決断の遅れは、より多くの人間に災いを(もたら)す、とだけ教えておこう」

悪神アンリは足取りも軽く、帰っていった。


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