第三十一話 波乱の娯楽飛行船
チャンスは悪神アンリが《幸運の尻尾亭》に来た時に、密談スペースに誘って相談する。
「実は街の遊興場組合から、カジノの経営に横槍が入りました」
悪神アンリは怯まない。むしろ、楽しそうに語る。
「私に勝負を挑むのか。面白い。どっちが客を集められるか戦おう」
「そんな、喧嘩腰に息巻いてはおりません。ただ、営業時間をずらしたり、遊べる種目を変えたりして、仲良くやりたいと頼んでいます」
悪神アンリはチャンスの言葉を疑った。
「その話は本当か? 本当はもっと好戦的に挑んできているんだろう」
「そんなこと、ありませんよ。仲良くやりたいと、頭を下げています」
悪神アンリは、少しばかり残念そうな顔をする。
「そうか。弱い者を虐めても、面白くない。勝つとわかっている勝負もしたくない。いいだろう。なら、街の遊興場も、私が監督と監修をしてやろう」
(これ、用心やな。いくら吹っ掛けてくるか、わからんで)
「それで、監修料はおいくらでっか」
「なに、格安でやってやるよ。なんなら、街とカジノを繋ぐ転移門も作ってやってもいい」
(なんか、話が美味いで。美味すぎる。今度は何を企んでおるんや?)
悪神アンリが格安で町興しをやってくれるわけがない。何か陰謀めいたものがある気はした。だが、チャンスにはわからなかった。
翌日、メリンダの店に行って話をする。
「カジノ側と話は着いたで。営業時間をずらしたり、種目を調整したりして、街の遊興場とカジノの両方で遊べるようにしても、ええそうや。ただし、条件が付いた」
メリンダは、つんけんした顔で訊く。
「中身が気になるわね。教えてちょうだい」
「カジノの役員を街の遊興場の監督、監修役として雇うことや」
メリンダは、ぴりぴりした顔で言い放つ。
「こっちの組織に人を送って、吸収して支配するつもりなのね」
(人やなくて神なんやけど、本当の内情を打ち明けると、また、ややこしくなる)
「支配する感触やなかったで。ただ、カジノだけが流行っても面白くないと思っとる」
「随分と大物ぶった態度を取るのね」
「どうする? 役員を受け入れる話を引き受ける?」
メリンダは真剣な顔で即断した。
「いいわ。どのみち、このままじゃ、カジノの独り勝ちになる状況は目に見えているわ。だったら、カジノの手口を学んで、街の遊興場も活性化させるわ」
(えらく強気やな。中身を知らんから強がれるんやけど立派や)
「わかった。ほな、カジノ側には意向を伝えるで」
チャンスは翌日、《幸運の尻尾亭》にやって来た悪神アンリに告げる。
「遊興組合が了承しました。カジノ側の役員を街の遊興場の監修役に据えるそうです」
悪神アンリは独り面白がって笑う。
「そうか、そうか、これは面白くなってきたぞ」
(なんや、この顔? これは、悪事を企んでいる顔や)
「何が面白いんでっか? そろそろ、本当の目的を教えてほしい」
悪神アンリは、素っ気なく応じる。
「目的はこの街の娯楽の水準を上げて、大勢の人に楽しい思いをさせることだ」
(真っ赤っ赤な嘘や。そんな話は、とうてい信じられん。これ、街の人間の全てが強制的に恐ろしいゲームに参加させられるんやないんやろうか?)
チャンスは疑った。
だが、現段階ではカジノと遊興場の活性化だけしか見えない。それほど問題になるほどの事件でもないと思った。
カジノは派手にオープンした。ところが、賭けの種目が命懸けのものや、下手をすれば大怪我をするものが多かった。
なので、遊びに行くには命知らずの荒くれ者や冒険者が多かった。
カジノに荒くれ者が流れると、街の遊興場の客層が変わった。一般人が出入するようになる。
カジノではハイ・リスクでハイ・リターンな遊びが。街の遊興場ではロー・リスク・ロー・リターンの遊びが行われる。そうして、出回ったお金は色街に流れる。
色街に金が流れると、メリンダは文句を付けなくなった。
ユガーラは温泉、ダンジョン、交易の街だった。だが、ここに遊興の街の側面がでてきた。街では新た雇用が生まれ、街は人を惹き付けた。
《幸運の尻尾亭》で飲んでいると、ゼルダがやって来てチャンスの隣に座る。
ゼルダは人で溢れる酒場に少々うんざりしていた。
「この店も随分と雰囲気が変わったわね。観光客が出入しているわ」
「そうやねん。遊興場やカジノが整備されて、観光客が増えた。街にとっては景気のいい話かもしれんが、昔を知る人間は、ちと騒々しくも感じる」
「今日はちょっとしたニュースがあるわ。我がアウザーランドに遊戯国家ゲルバスタの娯楽飛行船がやってきた」
遊戯国家ゲルバスタは知っていた。ゲルバスタは資源が何もない国だった。だが、数多くの娯楽飛行船を持ち、諸国に娯楽飛行船を派遣して収入を得ている。変わった国家だった。
ゲルバスタは国教として賭博神ギャモンを信奉しており、賭博神ギャモンが支配する国でもあった。
「どうや? 娯楽飛行船が提供する娯楽って、やっぱり楽しいかな?」
「どうだろうな。私は娯楽飛行船で遊んだ経験はないが、この街ほどではないと思うぞ」
「せやな。今、この街に娯楽飛行船が降り立っても、あまり楽しめんかもしれん。なにせ、優秀な人間が監修した歓楽街があるからのう」
三週間後、娯楽飛行船がユガーラにやって来た。
娯楽飛行船は全長三百mで幅が四十m、三層の甲板を持ち、浮力を得る大きな筐体を左右に一基ずつ持つ真っ白な飛行船だった。
(アウザーランドで一儲けしたから、隣国のスターニアにも寄ったか。でも、今、この街で儲けるのは、難しいで)
チャンスの予想通りになった。
最初の三日ぐらいは盛況だったが、すぐに客足は街に戻った。
(アンリのおやっさんは遊ぶことにかけては優秀や。並の手腕じゃ客を奪えん)
更に、一週間が経過したところで、事態が動いた。
ゼルダが《幸運の尻尾亭》にやって来て、真剣な顔でチャンスに告げる。
「面倒な事態になったぞ、チャンス」
「何が起きたん? 包み隠さずに教えて」
「娯楽飛行船のやつらが、売り上げ欲しさにイカサマをやった。イカサマがばれた」
「そんなのやったら、まずいやん。ただでさえ遠ざかっておる客足が遠のくで」
ゼルダが険しい顔で教えてくれた。
「そんな簡単な話ではないぞ。娯楽飛行船の後ろには、ゲルバスタがいる。ゲルバスタは国家の威信を懸けて、娯楽飛行船を運営している」
「なんや? まさか、ゲルバスタが事実を捻曲げるために、戦争でも仕掛けてくるかもしれん、とでも指摘するんか?」
「可能性はゼロではない」
「もう、なんや、誰がそんな面倒な事件を起こしたんや」
「アンリと名乗る紳士だった。遊興組合の役員だそうだ」
(おやっさんの目的は、これやったんかー。ユガーラの街を舞台に、スターニアとゲルバスタをぶつけるつもりかー。いやあ、とんでもないゲームを考えてくれたもんやで)




