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第二十三話 混乱の果ての決断

 チャンスは魔銃製造事業には反対だった。だが、街の運命を決めるような重要な決定を自分一人でする気も起きなかった。


 その内に冒険者ギルドで噂話が流れ、若い冒険者たちが深刻な顔で議論する。

「聞いたか? 熔岩溜まりの大岩の話。大岩があると、温泉が温くなっていくそうだ」

「聞いたよ。でも破壊すると、火龍石が掘れなくなるんだろう」

(どうやら、火山の調査結果が冒険者の間にも出回っているような)


 酔っ払いたちも真面目(まじめ)な顔して議論する。

「ユガーラは温泉の街だ。温泉を救うべきだ」

「でも、街の経済を考えると、街に新たな産業が必要だ」

(酔っ払いも議論するとなると、これは大きな問題に発展するで)


 チャンスは日に日に大きくなっていく問題に、ドキドキした。

街の運命は、誰かが決めなければならない。だが、誰が決めるのかが問題になる。

「ユガーラに新たな産業を」と宣伝して軍部が動いた。「ユガーラに温泉を」をキャッチ・フレーズに商工会が動く。


 熔岩溜まりにある大岩は、完全に政治の話になっていった。

 政治家も鷹派が軍部支持になり、鳩派は商工会支持に舵を切った。議論は熱を帯びる。

 すると、今まで態度を表明してこなかったユガーラの知事が、次期選挙に不出馬を決めた。同時に辞任したことで事態が動いた。


(知事も匙を投げたで。でも、これで戦いは選挙戦になる)

 議論と投票で街の意向が決まるのなら、チャンスはそれでもよかった。

 だが、選挙戦は蓋を開けてみれば、過剰接待と金貨が飛び交った。選挙はいつしか、スキャンダル塗れの泥仕合になった。


(あかん。街が欲望によって滅茶苦茶にされてゆく)

 チャンスの元に支持を求めて、マチルダがやって来る。

「チャンス。温泉街のために、支持を表明してほしい。熔岩溜まりの中にある大岩を破壊できる人物はチャンスだけよ。私たちに協力して街を守って」


 エレーナもやって来て支持を頼む。

「チャンスさん、魔銃製造業はまだ生まれたばかりの小さな産業です。でも、いずれはスターニアの基幹産業にもなるわ。事態はユガーラだけの話ではないの。お願い、私たちに力を貸して」


 マチルダの要請にもエレーナの要請にもすぐ返事はしなかった。だが、確実に態度は決めるとだけ、二人には伝えておいた。

(これ、中立を選ぶと、両方から攻撃されるやつや。アンリのおやっさんにしたら、さぞや楽しいんやろうな。せやけど、今回ばかりは、アンリのおやっさんのゲームには参ったわ)


 チャンスが迷っていると、疲れた顔のゼルダが《幸運の尻尾亭》にやって来る。

「ゼルダはん、久しぶりやな。少しお疲れのようやな」

「疲れて解決する仕事ならまだしも、疲れるだけだから困っている」


 ゼルダと二人で密談スペースに入ると、ゼルダが改まって告げる。

「隣国アウザーランドの大使館の人間として、話がある」

「政治とか外交とか面倒な話は嫌いなんやけどなあ」


 ゼルダが弱った顔で告げる。

「そう邪険にせず聞いてくれ。アウザーランドはスターニアでの魔銃製造業が盛んになる状況を好ましくないと思っている」


 納得できる話だった。

「当然やな。魔銃の製造は軍事技術や。隣国なら、発展してほしくないやろう」

 ゼルダは真剣な顔で依頼してきた。

「そこで、チャンスには大岩を破壊して温泉街を復興させてほしい」


「でも、選挙戦になっておるやろう。皆の決断やなく、わいの判断で決めてよいか迷う」

 ゼルダの表情は渋かった。

「残念だが選挙はもう民意とは関係ない場所に進んでいる。結果はどちらにしろ当てには全然ならない」


「買収が横行しておるからのう。もう、街の意見なんて、どうでもよくなっているんやろうな」

ゼルダが真摯(しんし)な顔で畳み掛ける。

「ならばこその、大岩の破壊だ。街を元の温泉街に戻そう」


(ここが決断のしどきやなあ)

「中立も許されん雰囲気(ふんいき)やしな。わかった。エレーナはんには悪いが、わいは温泉街の支持を打ち出す」


 チャンスが決断すると、ゼルダの行動は早かった。

「そうと決めたら、早いほうがいい、明日にでも大岩を破壊しに行こう」

「明日は都合が悪い。エレーナはんに義理が立たん。明日は意見表明の日にする。せやから、早くても、大岩を壊しに行く作業は明後日や」


 ゼルダはいい顔をしなかった。

「決めたなら、あまり時間を置かないほうがいいぞ。意思表示をしたら、チャンスを亡き者にして大岩を守ろうとする輩も必ず出る」

「だが、義理を通さねばならん。それが礼儀や」


 翌日、チャンスはエレーナの家をゼルダと一緒に訪ねる。

 エレーナは期待の滲んだ顔で勧める。

「チャンスさん、態度を決めたのね。上がっていく?」

「ここで、ええ。話はすぐ済む。わいな、温泉街の支持に廻ると決めた」


 エレーナの顔が強張(こわば)った。

「考え直す気はないの?」

「すまんなあ。ユガーラの街を元に戻す。それがわいの決断や」


 エレーナは非常に残念そうだった。

「そう、わかったわ」

 エレーナの家を後にする。その足で、マチルダの旅館に行く。


 マチルダは応接室にチャンスとゼルダを通した。

「決めたで、マチルダはん。わいは温泉街を元に戻す。大岩を有志で破壊しよう」


 マチルダはチャンスの決断を聞くと安堵した。

「わかってくれたのね。これで、この馬鹿騒ぎに終止符を打てるわ。明日、火山に冒険者を出すわ」

「わかった。なら、明日、わいは冒険者に同行して火山に行く」


 ゼルダは心配した顔で提案する。

「チャンス。今日は大使館に泊まっていってくれ」

「それは、まずいやろう。敵がもしわいの暗殺を企んで大使館を襲ったら、それこそスターニアは取り返しがつかない道を歩み出すかもしれん」


 マチルダがどんと構えて勧める。

「わかったわ。チャンスは大岩破壊作戦の要。今日は家の温泉旅館の貴賓室に泊まってもらうわ。もちろん、護衛付きでね」

「そうか、なら一泊ご厄介になるわ」


 チャンスは四百㎡もある豪華な部屋に通された。

 部屋の入口には前室があり、顔の知った冒険者が四人待機している。

 さらに二人の冒険者がチャンスと同じ部屋におり、寝食を共にしてチャンスを守った。


 夜中に寝ていると、遠くで争う音がする。同じ室内にいた冒険者は武器を片手に警戒する。

 だが、侵入者がチャンスの部屋までやって来る事態にはならなかった。

(わいを暗殺しようとして、警備の冒険者に見つかったか。これは早期に決着を見んと、わいの身も危ないな)


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