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第十六話 暇なおっさん

 街のために働いた冒険者には、ささやかだが恩賞が出た。

 チャンスにも恩賞は廻ってきた。また、粘土採取場の問題を取り除いたので、追加で報酬も貰った。


 マチルダも「遅くなったが」と、温泉街を救った謝礼を払ってくれた。

 ささやかな報酬も三つ重なると纏まった額になる。チャンスはほくほく顔で安ワインを《幸運の尻尾亭》で飲んでいた。


 すると、冒険者ギルドに風変わりな男が入ってきた。上は灰色のジャケット、下は灰色の乗馬用のブリーチ。

 春なのに首にメンズ・ストールを巻き、金属製のブーツを履いていた手には黒い革の手袋をしている。


 身長は百七十五㎝を少し超えており、細身の体型。顔は面長で、年は六十くらい。綺麗に調えられた灰色の髪と、揃えられた灰色の髭を生やしている。


(何か、紳士やけど、格好は、ちぐはぐやわあ)

 紳士は他人目(ひとめ)を気にすることなく、《幸運の尻尾亭》に行き、高級ワインと九百gのラムステーキを注文する。支払も前金で払い、銀貨をチップとして給仕に渡す。


(完全に浮いとる。でも、浮いとるのに気が付いておらんわけやない。これは注目を惹いて楽しんでおるようや。でも、そんな遊びをしていると、(がら)の悪い奴に目を付けられた時に痛い目ぇ見るで)

 紳士は次の日も次の日も《幸運の尻尾亭》に同じような服装で出てきて、同じ品を注文する。


 その内、いつも《幸運の尻尾亭》にいる酔っ払いの一人が紳士に話し掛ける。

 紳士は嫌がる態度を見せず、その酔っ払いと世間話をする。その後、意気投合したのか一緒に《幸運の尻尾亭》を出ていった。

 翌日も紳士は《幸運の尻尾亭》に食事をしに来る。だが、いつも顔を出していた酔っ払いの姿は消えていた。


 日が経つと別の酔っ払いが紳士に話し掛ける。紳士は邪険(じゃけん)にせず丁寧に応対する。

 二人目の酔っ払いも意気投合して紳士と一緒に《幸運の尻尾亭》を出て行く。すると、次の日に紳士は普段通りに顔を出すのに、酔っ払いは街から消えていた。


 紳士に近づいた三人目の人間は酔っ払いではなく、若い冒険者の男だった。

 冒険者の男は「紳士の正体を突き止める」と息巻いていた。

 紳士が《幸運の尻尾亭》に来ると、冒険者の男は紳士と何やら話す。


 陽気な態度で一緒に《幸運の尻尾亭》を出る。

 だが、その後、冒険者の男は姿を消した。

風の噂では、冒険者の男には仲間がいた。冒険者の仲間は、消えた冒険者の捜索をしているうちに、一人いなくなり、二人いなくなり、三人いなくなり……最後に残った男は、街から逃げ出したので、消えた。


「あの紳士に関わると、消される」と噂が立った。

 チャンスとしては関わる気もなかったし、関わり合いにもなりたくもなかった。

(あの紳士は、人間やない。下手に手を出すと痛い目に遭う)


 だが、紳士は日課のように《幸運の尻尾亭》に顔を出し、毎日、同じ注文を繰り返す。

 冒険者が消えてから一週間後の曇った日の出来事だった。

 食後にワインを楽しんだ紳士の行動が違った。いつもは黙って《幸運の尻尾亭》を後にするのだが、その日は冒険者ギルドに行く。


 セビジと何やら話す。紳士の声は魔法でも使っているのか、よく聞こえなかった。ただ、セビジの困惑(こんわく)した顔が、目に映った。

 紳士は財布を開けると、金貨を机の上に並べる。枚数は百枚近かった。


 冒険者ギルドの冒険者、ほぼ全てが注目した。

「では、頼みましたよ。お嬢さん」

 紳士の最後の声だけは、はっきりと聞こえた。

 紳士は機嫌よく、冒険者ギルドを後にする。


 セビジは同僚にカウンターを任せると、金貨を持って奥に入っていく。

(何や、トラブルの予感がするで)

 一時間ほどすると、セビジが一枚の依頼票を持って出てきて、依頼票を貼る。


『募集する人・命よりお金が大事な人

 仕事の内容・黄金を生み出す錬金術への協力

 仕事の報酬・生み出された黄金の全て

 依頼人・謎の紳士                              』


 依頼票は、興味を惹いた。だが、すぐにやる人は現れなかった。

(ふざけた依頼なら冒険者ギルドが拒絶する。せんかったのなら、さっきの紳士が出した金貨が本物やったんやな。つまり、これは高難易度、かつ高額の依頼や)


 依頼票を見る冒険者の顔を窺うと、たいていが渋い顔をしていた。だが、中には獲物を見定める獣のような目をした冒険者もいた。

(おおかたは冷静や。でも、こんな、挑戦状みたい依頼票が出されたら、血の気の多い冒険者は、黙っておられんか)


 チャンスは謎の紳士の正体が悪神アンリかその従者である予感があった。

(あかんな。ここでアンリのおやっさんの挑発に乗る人間が出たら、街に被害が出る。そうすれば、また、余計な重荷を背負う。今の内に退散を願うか)


 チャンスは外に出て紳士を探した。

 紳士は浮いた格好をしているので人伝に聞けばどっちに行ったかわかった。

 紳士を探していると、裏路地に迷い込んだ。

「痛い目を見たくなかったら、財布を出しな」

(何や? 路上で恐喝か? もう、忙しいやんけどな)


 そっと路地を覗くと、三人の柄の悪い男が紳士を恐喝(きょうかつ)していた。

(おっと、これは、柄の悪い兄ちゃんたち、ラッキーやわ。もう少し遅かったら消されていたね)

「おい、こら、坊主ども。こんなところで悪さしたら、あかん」


 柄の悪い男の一人が刃物を取り出したので、チャンスは全身から炎を吹き上げた。

「やるなら構わんぞ。兄ちゃんの刃物と、わいの炎。どっちが強いか、勝負したろうか? だが、炎は手加減できんぞ」


 チャンスの全身が炎に包まれたのを見ると、三人は舌打ちして立ち去った。

 チャンスは三人が消えたのを確認してから、炎を消して紳士に声を掛ける。

「お怪我は、ありませんか?」


 紳士は、にこやかな顔で応じる。

「大丈夫ですよ。でも、助かりました。何か、お礼をさせてください。何でも好きな物を買って上げましょう。屋敷でも女でも武具でも」

「なら、財布を拝見させてもらえますか」


「いいですよ」と紳士が財布を差し出した。

 チャンスが財布を確認すると、中に金貨がぎっしり詰まっていた。

(やっぱり、魔法の財布や。冒険者ギルドで百枚近く金貨を置いてきたのに、また詰まっている)


 財布の中から金貨を一枚すっと取り出そうとすると、背筋がぞわりと戦慄した。

「あ、これ、あかんやつや。中の金貨を抜き取ると寿命が吸われる財布や」


 紳士はにこやかな顔で褒める。

「ほう、よく気が付きましたね」


 チャンスは金貨を取り出さずに財布に戻す。

 財布を外から見ると『アンリ』のネームの刺繍(ししゅう)を見つけた。

(持ち主の名前が入っているやん。これ、アンリのおやっさんの財布や)


 相手の正体がわかったので抗議する。

「アンリのおやっさん、こんな街中で悪ガキ相手に悪戯(いたずら)したらあかんて」

 悪神アンリは少々残念そうな顔をする。

「やっぱり、正体に気が付きましたか。もう少し、楽しめると思ったんですがね」


 チャンスは真摯(しんし)な態度で頼んだ。

「そんな意地悪を言わんと。この街を見逃してもらうわけには行きませんか」

 悪神アンリはサラリと言ってのける。

「見逃すも何も、私はこの街の人間たちと遊んでいるだけ。単なる暇潰(ひまつぶ)しですよ」


「アンリのおやっさんにとっては暇潰しでも、人間にとっては脅威(きょうい)ですねん」

 悪神アンリは笑みを湛えて尋ねる。

「では、チャンスよ。お前が遊んでくれるかい。もちろん、私のゲームをクリアーできたら莫大な褒賞(ほうしょう)を約束するよ。神の一員にする待遇でも、王国を支配する権力でも」


「それは、できんわ。怖い、怖すぎる。でも、わいが断って、他の人間がゲームに手を出したら、また厄介な事態になる。なんで、ロー・リスクでロー・リターンの遊びなら、付き合いますわ。小さく賭けて、小さく儲けますわ」


 悪神アンリは残念そうな顔をする。

「ロー・リスクでロー・リターンですか、張り合いがない」

「わいは今は、暇なおっさんですねん。もう、昔のような無理はできません。体も心も付いていかん」


 悪神アンリは軽い調子で了承した。

「いいでしょう。暇なおっさんも、私も同じ。何か、ロー・リスクの遊びを考えましょう」


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