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第十一話 酒の精霊

 その日、チャンスは朝から仕事だった。

 街の外れには創業が二百年を超えるワインの醸造所がある。昔は大きかったが、途中、酒税の値上げや禁酒法の制定などがあり、醸造所は縮小されていた。


 禁酒法はやがて解除されたが、醸造所に与えた影響は大きかった。醸造所は最盛期の四分の一程度になっていた。それでも、先代の努力もあり、樽ワインを年間で四百樽ほど生産するまでに、生産量は回復していた。


 チャンスはそこの若きオーナーのアミルからワインの火入れを頼まれていた。

 チャンスは大きな金属製の釜を前にする。チャンスは釜の底に炎の形状になって入り、ワインを素早く加熱する。次に、熱を吸収する。冷えたワインは、すぐに樽詰めされる。


 一人の青年が寄ってくる。年齢は二十三歳。褐色の肌をして、短い黒髪の上から丸い帽子を被っている。服装は他の作業員と同様にクリーム色のシャツにズボンを穿()いている。

 醸造所のオーナーであるアミルである。


「アミルはん、火入れは今ので最後か?」

「ありがとう、チャンスさん。チャンスさんのおかげで、今年は加熱と冷却がスムーズにいきました。また、来年もお願いしたいくらいです」


「褒めてくれるのは嬉しい。せやけど、わいは、味が変わっておらんか心配や」

「味は大丈夫でしょう。何ごとも挑戦ですよ」


 中年の作業員が駆けてくる。

「オーナー。また、あの老人が出ました」


 従業員の言葉を聞いてアミルは露骨に嫌な顔をする。

「また、出たのか。本当にもうどうしようもないな。もう、冒険者を雇って駆除するしかないのかな」

「老人を駆除って、穏やかではないな。訳を聞いてもええか?」


 アミルが冴えない顔で事情を説明する。

「二週間くらい前から、貯蔵庫に奇妙な老人が出るようになったんですよ。貯蔵庫にいて酒を守っていると喚いて、酒の搬出を邪魔するんです。しかも、神出鬼没なんですよ」

「もしかしたら、精霊の類かもしれんな。時折、古い酒蔵に出ると聞くで」


「でも、作業するにあたって、邪魔でしかしないんですよ」

「よっしゃ。なら、来たついでや。老人に事情だけ聞いてみようか」


「お願いできると助かります」

 醸造所の近くには、岩山を下に()いて作った酒の貯蔵庫があった。元は石切り場であったが、石の搬出が難しくなってからは、地下を醸造蔵として使っていた。


 広さは不明だが、伝え訊くところによると、一万㎡と中々に広い。

 チャンスが酒蔵の入口に来ると、ランタンを準備しているゼルダと会った。

「あれ? ゼルダはん、珍しいところで遭ったのう」


 ゼルダは、うんざりした顔で教えてくれた。

「酒を買い出しにうちの書記官が来てるのよ、でも、中で行方不明になったと、連絡を受けたわ。これから捜索よ」

「アミルはん、中って、迷路のようになっとるの?」


 アミルは困った顔で愚痴る。

「そんな複雑な造りにはなっていないですよ。きっと、謎の老人のせいですよ」

「まあ、ええわ。三人で固まって進もうか」


 入口からスロープを下って。扉の前に行く。

 扉から中を覗くと、中は魔法の光が灯っていて、仄かに明るい。

 ゼルダの持つ魔法のランタンもある。暗すぎて困る事態には、なりそうになかった。


 ただ、天井までの高さは十五mもあり、通路の幅も八mあった。

(さすがは、元石切場や。天井までの高さもあるな)

 通路を奥に進んで行く。縦横二十五mの正方形の酒を貯蔵する空間に出る。


 老人の険のある声がする。

「酒蔵を荒らす不届き者め、酒の品質は(わし)が守るぞ」

 声は反響しているので、声の出所は、わからない。

「わいの名は、チャンス。ここの酒造蔵のオーナーのアミルはんに頼まれて来ました。酒の搬出の妨害を止めてもらえませんか」


 老人が頑とした口調で拒否する。

「駄目じゃ、駄目じゃ。この酒蔵は儂が守る」

「守るも何も、酒を持ち出せんと商売になりまへん。そうなれば、酒造蔵の存続が危ういでっせ」


「信用できん」と老人の突っぱねる声が響く。

「あかんわ、これ話にならんわ」


 ゼルダが真面目な顔をして、一歩すっと前に出る。

「いいわ、私がやるわ」


 ゼルダが石を拾って、ランタンをチャンスに渡す。

 ゼルダが酒樽の一つに向かって石を投げる。

「痛い」と声がする。


 青い三角帽子を被って、青いローブを着た老人が姿を現した。

 老人は酒樽に化けていた。

(この老人は人間やない。何らかの精霊やな)


 一瞬、全ての魔法の灯が消える。老人の姿も消えて、老人の怒った声が響く。

「おのれ、ならば、これならどうだ」


 灯が戻った時には、貯蔵庫の天井に無数の老人が現れていた。

「ははは、これならどれが本物か、わかるまい」


 天井の全ての老人が笑う。

 ゼルダは再び石を拾うと、全力で天井に投げる。

「痛い」と老人が叫ぶ。


 チャンスは体を煙に変えて、声を上げた老人を包み込む。

 そのまま、老人を地面に引きずり降ろした。


 煙からロープに形状を変えて、チャンスは老人を縛った。

 ゼルダが老人を見下ろして勝ち誇った顔で告げる。

「さあ、教えてもらいましょうか。酒を買いに来た書記官をどこに隠したの」


 チャンスも顔だけ元に戻して尋ねる。

「それと、何で酒の搬出を邪魔したかも、話してもらおうかのう」


 老人はむっとした顔で横を向いた。

 ゼルダが目線を合わせて叱る。

「もう、これは、悪戯(いたずら)で済ませられる段階ではないのよ」


 老人は渋々語る。

「酒を守っていたのは本当じゃ。だが、人間は強欲だ。儂が見つけた酒を知れば、買いたいと申し出ても、いくら吹っ掛けてくるかわからん」


 ゼルダがアミルに視線を向ける。アミルは老人の言葉を露骨に疑った。

「この貯蔵施設に秘密のワインが隠されているだって? それは本当ですか?」


 老人は真っ赤になって怒った。

「そうやって、酒の在り処だけを知り、独り占めにする気だろう」

「アミルはん、どうする? 秘密の酒蔵を教えてもらう? それとも、老人だけを叩き出す? 秘密の酒蔵を発見したのなら、老人にも取り分があってもいい気がするけど」


 アミルは思案してから発言する。

「価格にも寄りますが、私は酒屋です。まだ、知られていない在庫があるなら安くお売りしてもいいですよ」


 チャンスは戒めを解く。

「こっちじゃ」と老人は行き止まりの通路に三人を連れて行く。


 老人が魔法を唱えると、壁が崩れてワイン貯蔵庫が現れた。

 そこには、二千本以上のワインがあった。


 アミルがラベルを確認する。

「すごい! これ、禁酒法前のうちの全盛期のワインが、二千本もある。これ、とんでもない金額になるぞ」


 老人は飛び上がらんばかり怒る。

「だから、人間は信用できない。それみろ、態度を変えたぞ」

「落ち着きなはれ、精霊はん。量はいくら必要で、価格はいくらなら、ええんや?」


 老人が一瞬、むっと黙る。老人は計算しながら語る。

「数は四百本もあれば足りだろう。価格はそうじゃな、安いものでもあるまい、一本が銀貨二十枚で、どうじゃ」

(ヴィンテージ・ワインが銀貨二十枚は、安過ぎるやろう)


 アミルは一瞬間だけ考えた。が、明るい顔で即断した。

「わかりました。なら、一本が銀貨二十枚で四百本をお売りしましょう」


 老人が驚いた。

「何、本当に(わし)の言い値でいいのか?」


 アミルはニコニコした顔で告げる。

「はい。いいですよ」


 老人は財布を取り出すと、金貨八十枚を払った。その後、懐から大きな袋を取り出すとワインを入れていく。

 袋は魔法の袋で、ワインが割れることなく四百本が入る。


 老人は酒を袋に積めながら感謝する。

「元はといえば、悪神アンリが意地悪をして儂が管理している酒を全て持っていってしまわねば、こんな苦労をしなくても済んだのだ。でも、これで助かった。この酒がないと馘首(くび)が飛ぶところだった」


 老人は酒を袋に詰めると、チャンスに向き合う。

「ほれ、これは、間に入ってくれたお前さんへのお礼じゃ」

 老人はチャンスに冥府銅貨を一枚渡すと消えた。


「あんな、アミルはん。ほんまに良かったん。あのワインを市場に流したら、あの精霊さんの言い値の十倍以上はするんとちゃうん?」


 アミルは屈託なく笑う。

「いいんですよ。あの老人がいなければ、ここはわかりませんでした。天使の分け前ならぬ精霊の分け前ってことです」

(アミルはんの欲のなさは、美徳やなあ。アミルはんなら、アンリのおやっさんに付け込まれることもないやろう)


 酒蔵を捜索すると、酔い潰れている書記官を見つけた。

 ゼルダが明るい顔で告げる。

「こっちも、被害がなく、書記官が見つかったから、良しとするわ」

 ゼルダは書記官を回収して気持ちよく帰っていった。


次回の更新予定は三月一日です。

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