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第一話 引退を決めたけど

*チャンスの話している言葉はこの世界の方言です。日本で使われている関西弁とは異なりますのでご了承ください。

 半径百mもある広大なドーム状の空間がある。ドームの床半分は灼熱して赤く光っていた。そんな、ドーム状の空間で五人の兵士が全長十二mの火龍と戦っていた。


 真っ赤な甲冑に身を包み、フルフェイスの兜を着けた女戦士がいた。女戦士の名はゼルダ。ゼルダの身長は百七十五㎝と高く、体重は五十五㎏と充分にある。鎧は女性用の物を使用しているので、胸と尻の部分は出っぱっていて、ウェストは適度に(くび)れている。


 ゼルダは大きな(つち)を両手で振り上げる。目標はだいぶ弱ってきた火龍の頭。火龍が頭を下げた。高熱の球状の火の玉を吐く予備動作だった。


 火龍の顔の先には、セルダの動けない家来たちがいた。

「力を貸したる」とゼルダの武器から声がした。


 武器が赤く光ると、火龍の口の中で今にも発せられそうになっていた火球が暴発した。火球の暴発により、龍は苦しみ目を細める。

「あと、一押しで火龍は落ちるで。ゼルダはん、ここが踏ん張りどきや」

「承知したわ。皆の者、敵を粉砕せよ」


 ゼルダは全力で走り込み、鎚を火龍の頭に振り下ろした。

 ゴツンと火龍の頭蓋骨にヒビが入る鈍い音がする。火龍の動きが明らかに鈍化した。

眩暈(めまい)を起こしたわ。全力で叩くのよ。者共、烈火の如き働きを見せよ」


 ゼルダの合図で四人の家来が気力を振り絞り立ち上がる。

 弓で、魔法で、槍で、ありったけの攻撃を五人は火龍に叩き込んだ。

「オオオオオオゥ」と火龍が叫び、前足立ちになる。だが、次の瞬間には火龍がそのまま前に倒れ込んで、動かなくなった。


 火龍から赤い靄が立ち上る。火龍は六つの正八面体の綺麗な石に変わった。

 家来たちが石を一つずつ拾う。家来の一人が歓喜(かんき)する。

「やりましたね、姫様、火の試練石です」

「これしきの戦い、苦でもないわ。これで、狂戦士へのジョブが解放される」


 ゼルダの持つ武器から声がする。

「よかったな。ゼルダはん。ほな、帰ろうか」

(ゼルダはんは、ほんまに狂戦士になるんか、これ以上、強くなって、どないするねん。今回の冒険でおさらばするわいには関係ないけどな)


 武器がぐにゃりと柔らかくなり、人型になった。武器は年齢四十代後半の男性の姿になる。

 男性の体格はビア樽型のぽっちゃり系。年齢は四十くらい。頭領部の毛はふわっとした黒髪で、口髭(くちひげ)がある。顔は四角く、彫の深い顔をしている。格好は厚手の服に胸当てをしてハーフパンツの鎖鎧を着ていた。


 男の名はミラクル・チャンス。武器に変化できる炎の魔精霊である。

 魔精霊とは(いにしえ)の魔法で創られた精霊である。


 チャンスは最後の試練石を手に取る。

 ドームの中央に光る柱が現れる。チャンスが光る柱に入ると、よく晴れた背の低い草原の上に作られた、直径十mの環状列石の上に出る。


「おおー、今日も、トラトリア地方の空はよく晴れておるのう」

 チャンスに続いて、他の者も環状列石の上に転移してきた。


 ゼルダが兜を脱ぐ。金髪の短い髪が風に揺れる。薔薇(ばら)のように気高く白いゼルダの肌は汗ばんでいた。

 ゼルダが微笑をチャンスに向ける。ゼルダの切れ長の眼は、勝利の女神を思わせるように輝き、金色の細い眉には強い意志が宿っていた。

 鼻はやや低いが、紅が塗られた唇は赤く、禁断の果実を連想させる。これで、二十一になったばかりだから、驚きである。


 ゼルダがチャンスを見つめて、礼を述べる。

「チャンスよ。この(たび)の働き、実に見事である。お主が望むのなら、召抱えてもよいぞ」

「これで、どうだ」とゼルダが人差し指を立てる。


「誘ってくれて嬉しい。せやけど、わいはもう冒険を止めると決めたんや」

「ほう、俸禄が金貨一万枚では不服か?」


 ゼルダの言葉に御付の家来たちが顔を見合わせる。

「今回はゼルダはんの心意気に撃たれて、手を貸した。つまり、たまたまや。それに付き合うのは火の試練石を取るとこまで、という話やったやろう。契約はここで終了や」


 ゼルダがふっと笑って告げる。

「私の誘いを断るとは、贅沢(ぜいたく)な奴ね。だが、約束は約束。今回は、これまでとしましょう。チャンス、ありがとう」


「狂戦士は危険なジョブや。力に飲み込まれたら、いかんで。ゼルダはんに限ってそんな失態はないやろうけど。ほな、先に帰るわ」

「ねえ、チャンス。最後に一つ聞いてもいい? なんでチャンスは人を助けるの?」


 チャンスは空を見上げてゼルダと視線を合わせずに答える。

「古い約束や。もう、約束をした相手は誰もおらんけどな。ほな、先に帰るわ」


 チャンスは軽くジャンプした。すると、ブーツの底から炎が噴射されて、宙に浮く。

 チャンスは、そのまま、ブーツから炎を噴射させて、ユガーラの街に向かって飛んでいった。


 スターニアの国、トラトリア地方にある街、ユガーラは東に火山、西に砂漠、北にダンジョンがある冒険に恵まれた街だった。また、街には隣接する大きな河と湯治場(とうじば)があり、冒険者以外の観光客も多く来る、裕福な街だった。


 空と飛ぶこと二十分で、街の入口が見えてきた。ユガーラの街には城壁はなく、税関もない。なので、街への出入は比較的自由にできた。

 街の入口で下りて、冒険者ギルドに行く。


 ユガーラの街では冒険者ギルドは北にある。建物は木造建築で漆喰を塗った三階建。敷地は縦横六十mと、中くらいの規模である。

 冒険者ギルドの入口を潜って依頼報告窓口に行く。ユガーラの街の冒険者ギルドの受付には、受付嬢のセビジがいる。


 セビジは褐色肌の白い髪の二十代後半の女性である。顔つきは穏やかで、優しい目をしており、高い鼻をしている。服装は、いつも、ゆったりした黒のガラベーヤを着ていた。

「セビジはん。ゼルダはんの冒険に同行してきたで。依頼は成功や」


 セビジは、優しい顔で告げる。

「ありがとう、チャンス。それと、最後の冒険、ご苦労様。でも、これが最後なんて寂しいわね。また復帰したくなったら、遠慮なく申し出てね」

「冒険に行く日は来るかもしれん。来たとしても、それは暫定的なものや。もう、この街に腰を据える。遠くには行かん」


 セビジは包み込むようにチャンスの手を握ると、炎の試練石を受け取った。

(これで、約束の二十四人の人間を助ける約束は果たした。わいも引退やなあ)


 *  *  *


 ゼルダが王都ヒュッテに帰ったあと、不穏な話が聞こえてきた。

 軍の上層部が更迭された。内乱の兆しがある。貴族たちが王都から逃げ出している等々。


 どれも(かんば)しくない噂で、チャンスは少し心配していた。

(ゼルダはんが帰って三週間。ゼルダはんは、大丈夫やろうか?)


 チャンスが《幸運の尻尾亭》で飲んでいると、ひょっこりゼルダが現れた。

 ゼルダが穏やかな顔で、いたって普通に声を懸けてくる

「チャンス、久しぶりね」


(何や、普通に顔を出したで。王都に不穏な動きありの話は嘘か?)

 ゼルダは貴族の服ではなく、緑のチュニックに緑色のズボンを穿()いていた。

「あれ、ゼルダはん。狂戦士のジョブを修得して国に帰ったんとちゃうの? 危険を感じて帰らんかったんか」


 ゼルダがチャンスの向かいに腰掛け、気負わず発言する。

「帰ったわよ。国に帰ったら、兄たちによる政変が起きていたわ。権力構造が変わっていたわ。いやあ、参った、参った」

 チャンスは不安なので尋ねた。

「何や? ひょっとして、亡命してきたんか?」


 ゼルダはさばさばした顔で内情を語る。

「いや、今の役職はユガーラの街にある大使館の駐在武官よ。だが、やる仕事はないわ。兄たちは私をユガーラの町に隠居同然の扱いにして、閉じ込めたいらしい」

「運命ってわからんな。なら、これを機にお役を返上して冒険者になったりするん?」


 ゼルダが冷静な口調で語る。

「私の実力は申し分ない。だが、私に部下は持てても仲間は従いてこない。仲間内で浮くほうだから、人間関係が濃い冒険者は無理だろうな」


(わからんではないが、こうも自分を冷静に見られる人も、少ないで)

「随分と自分を厳しく見ているんやな」


 ゼルダの顔に、悔いはなかった。

「冒険も戦も同じよ。敵を知り、己を知らねば、生きてはいけない」

「そうか。まあ、わいも冒険者を辞めたから偉そうなことは言えん。でも、駐在武官なら月々いくらかでも懐に入ってくるんやろう。生活に困らんから、ええな」


 ゼルダは笑って申告した。

「私にだって、趣味はあるのよ。金の掛かる趣味よ。趣味を考えると、武官の給与なら少々足りないから、アルバイトでもしようかと思っているわ」

「礼儀作法、詩、演劇、音楽の知識などを教えたりする家庭教師か? ユガーラには裕福な子女は多いから、案外、流行(はや)るかもしれんよ。何にせよ、知り合いはできるやろう」


 ゼルダは楽しそうに、ふっと笑う。

「私は狂戦士のジョブまで取って使いこなしている女よ。精神修練の修行を専門に行う道場か、怒や恐怖を制御するクリニックを開くわ。ほら、世の中いつも苛々している人が多いでしょう。精神関連の仕事は少ないから、儲かると思うわ」


(ゼルダはんほどの美人がやる道場やクリニックなら、別の意味で心を乱される男が大勢わんさと出る気もするがのう)

 ゼルダが興味を示して訊いてくる。

「そういう、チャンスは働かないの? 金はすぐになくなるわよ。国だって、ちょっと見通しが甘いと、すぐに借金だらけよ」


「わいの貯蓄を国庫と一緒にされても困るわ。わいは時間のある時に火を使う仕事をしとる」

「厨房の火加減の管理や、鍛冶場の火熾(ひおこ)し。温泉宿の温泉の加熱なんかかしら?」


「今は、様相が変わってきた。爆燃石の加圧加熱燃焼実験。魔銃に装填する弾の開発。熱を魔力に変換して、火山から魔力を抽出(ちゅうしゅつ)する実験や」


 ゼルダが感心した顔で相槌を打つ。

「何か、難しい仕事をやっているのね」

「それだけやないで。汚れだけを熱で燃やすクリーニング法の開発なんかにも、協力しとる」


「ねえ、それだけやっているのなら、変わった仕事も来るかもね」

「たとえば、どんなんや?」


「火炙りで処刑される死刑の執行。病に犯された村の焼き払い。幽霊船の焼却除去とかの仕事とかよ」

「それは、その時にならんと、引き受けるかどうか、わからんなあ。でも、面倒な仕事は他にやる奴がおるのなら、任せたいのが正直なところや。わいは、日々の生活の中で生きる」


 ゼルダが悟った顔で感想を述べる。

「国をも焼くと怖れられた炎の魔精霊が人間の下請けねえ。でも、そういうものかもしれない。神童だ、賢姫だ、英雄だ、と誉めそやされた私も、今は閑職(かんしょく)だから」

「再起したい希望は、あるんか?」


 ゼルダは、さらりと言ってのけた。

「二週間前くらいはクーデターすら考えた。一週間前は復讐を考えた。だが、今はそんな気はないわ。大きな局面から見れば、神童も、賢姫も、英雄も不要な時代に入ったのよ。時代の流れには逆らえないわ」

(権力に固執(こしつ)せんなら危険も薄いやろう。こういう時勢が見られるのも、王者の資質かもしれんな)


「なら、何も言うことはない。ゼルダはんは、まだ若い。これからの色々試して、楽しい趣味なり仕事なりを見つけたらええ」

「今は、ゆっくり休養するわ。チャンスはいつもここにいるんでしょう。なら、また話をしに来ても、いい?」


「ええよ。わいは、もう炎の魔精霊チャンスやない。単なる暇なおっさんや」


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