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短編 (山乃末子)

勤め先がブラックで、上司とソリが合わない件について

作者: 山乃末子

 ノーファンタジーです。一応オチはあります。

 くそ。肝の底から一緒に震えがくるような、にがにがしさを噛みつぶしている。俺がここしばらく並行して進めていた案件が、あいつに握りつぶされた。俺の面子メンツも丸つぶれだ。


 少し前の案件でもそうだった。俺は敵対していた相手を説得した。衷心ちゅうしん誠意と理を説いて、相手を納得させた。なのに、あいつは、あっさりと切りやがった。相手にしてみりゃ、俺が一番悪いちばんワルみたいじゃないか。前から、いや、最初からずっとそうだ。何をやっても、俺のかけた梯子はしごを外しやがる。あいつは。俺に恥をかかせて嫌がらせをするのが趣味なのかもしれないな。もしかすると。


 俺はあいつにヘッドハントされた。あいつの引き上げがあったから、ここまでこれた。それは間違いない。でも俺だってそれなりの実力はあるつもりだ。他の奴らも仕事はできるが、そこは現場のたたき上げで、苦手なこともあるから、俺がいなきゃできないことはある。


 俺は今の仕事をしていなくても成功している自信はある。それだけの天分とこころざしはあるつもりだ。その為の努力だっていとわない。言っちゃあ悪いが俺はあいつにしてみればいい拾いものじゃないか?


 最近の一大イベントも全部俺が取り仕切った。俺が居たから内製でもあれだけのことができたと思っている。俺はここに勤めて、誇らしい気持ちも持っていた。俺の仕事が空前絶後の事業を成す。そんな、男なら誰でも生き甲斐を感じる仕事だ。身を削りながらも、自分の成せる限り、最高の仕事をしてきたつもりだ。


 俺達の事業もここまできた。俺もそれなりに、いや、かなり支えてきたつもりだった。そんなことをふっと口にしたら、あいつは俺を怒鳴り散らして蹴飛ばしやがった。お前ごときの仕事、何ほどでもないだと。


 最近もひどい目にわされた。重大な来賓らいひんがあって、俺が接待役をやった。それこそ金も湯水のように使った。料理人も最高の者を雇い、手に入れられる限り最上級の食材を使った。うつわや演出も俺の知る限り最高の物を用意した。筆舌しがたく、それは豪勢なものだった。 ・・・なのに、あいつは、魚が腐っている、などと難癖なんくせをつけやがった。そんなわけないだろ。俺は料理人にも料理にもまちがいはない自信があったし、いくら上役うわやくの言うことでもいわれの無い言い掛かりや勘違いを、はいそうですかと受け入れるほど腑抜ふぬけてはいない。俺はそんなことはございません、あなた様の思い違いです、と本当の事を言ってやった。あんたの五感センスがどこかおかしいんだろうよ。案の定、罵声ばせいを浴びせられた上に、蹴飛けとばされた。


 ・・・あれだろうな、あいつは俺のことが嫌いなんだろう。他に何一つまともな理由はないと思う。まっとうな事をやって理不尽にそしられる。何のために俺はあいつに仕えているのか。あいつの野心のためか。それとも生きるためか。妻子のためか。あいつの事業優先で、親も見殺し同然にした。仁も義も孝も捨てて。・・・全く帳尻が合っている気がしない。


 俺は結局接待役を外されて、別案件に回された。でもこれじゃ俺が無能で、ひどい間違いでも仕出しでかしたみたいじゃないか。全く納得がいかない。


 今度振られた案件だが、確かに今うちの最重要案件ではある。もちろん成功したって俺の手柄には全然ならない。また遠くまで出張でばらされ、あいつの取巻きをやり、もしまた気に食わないことでもあろうものなら、怒鳴られて蹴飛ばされるだけのことだ。何なんだ、この不快感、理不尽さ、情けなさ、薄氷を渡っているような心許こころもとなさ・・・ 俺は何でこんなことをやってるんだろう。やらされてんだろう。いい年して。何の為に。


 このまま黙って辛抱してやってりゃ、死ぬかクビになるまであいつに仕えることになるんだろう。ただただ気が滅入る。最近あいつの気に入らない部下が、仕事をしてないとか、ずいぶん昔のあやまりを引き合いに出されて、クビになった。俺もあいつとはソリが合わないし、そのうちクビかもしれない。まあいっそ、その方がせいせいするし、楽になれるかもな。でも今回みたいに、俺に過失があったとか、不当にけなされてクビになるのは嫌だ。


 それにしても、あいつのやり方はいちいち引っかかる。そりゃ確かに今は昔とは違うかもしれん。終身雇用など、無能な奴のための保身のシステムかもしれない。でも、あいつの報酬の出し方は正直俺も良く分からない。俺の仕事に対して払われる対価も、結局あいつの匙加減さじかげんだ。俺は仕方がないかもしれない。でも、俺の妻子や部下はどうなるんだ。


 俺もこの仕事を始めてから転勤、転勤だ。もちろん妻子を置いての単身赴任。それはまあしかたないが、折角形になってきたと思ったらまた場所換え。いいところまで地ならしさせられた後、結局全部あいつに取られるんじゃないか。


 そういえばあいつは韓非子かんびしが好きだった。「狡兎死コウトシシテ走狗烹ソウクニラル」だったか。俺も最後はあいつに煮られてわれるオチなんじゃないだろうか。何の為、あの横暴な野郎に辛抱して仕えてきたんだか。今までの俺の人生一体何だったんだろうな。あいつに利用するだけされて、最後はられるお人好しのバカか・・・なんだか笑えてきた。


 その時、俺の中で何かがささやく声が聴こえた。 ・・・やっちまえばいいじゃないか。あいつを。


 ・・・そうだ、俺ならやれる。まるで手のうち雛鳥ひなどりつぶすよりも容易たやすく。それですべての悩みが嘘のようにきれいさっぱりなくなる。俺自身が主となればいい。こんな簡単なことだったか。


 俺は、このところずっと付きまとっていたうつな気分から久しぶりに離れて、法悦にも似た幸福感を感じていた。


 ・・・


 天正10年6月、明智惟任日向守光秀あけちこれとうひゅうがのかみみつひでは一万三千の兵で、千の兵もない本能寺を完全に包囲した。予期せぬ形で目前に現れた最期さいごに、前右府さきのうふは信忠の謀反むほんか、と珍しく見当外れな事を言ったらしい。



 明智光秀天海説とか、家康謀殺計画があった説、果ては秀吉黒幕説まであって、見ているとつい書いてみたくなってしまいました。タイトルとオチぐらいですが、もっとひねった方がいいかもしれません。


 接待のくだりでオチに気付かれたのではないでしょうか。光秀が家康の接待役を外されたのは事実ですが、毛利遠征中の秀吉の援軍要請に応じて、必要な人材として急遽きゅうきょ光秀を選抜した可能性も高そうです。ただ、当時もみやこと地方では料理の味付けが異なっていて、信長が都風みやこふうの薄味の料理を出した料理人を処罰しようとしたという逸話はあるようです。また、現在でも京都の魚料理は古いのを出すらしく、それに慣れた人は旨いと言って食ってるらしいですが、新鮮な魚介類を食べている人は、臭い古い魚だと感じるそうです。後から作った話かもしれません。


 信忠の謀反を疑ったという逸話も、話としては面白いですが、創作かもしれません。実際信忠は助かる可能性もある中で、殉死する形で死んでいます。家督を譲られるのも確定していたし、謀反むほんはありえないでしょう。それぐらい意外な反乱だった、ということが言いたかったんだろうと思います。


 どういう理由で光秀が謀反を起こしたか、というのは結局謎ですが、それらしい理由はいくつもありそうです。


 光秀が丹波を攻略していた時に、敵を降伏させて信長の許へ送ったところ、殺されてしまい、人質で出していた実母を殺されたという逸話もあります。


 最近発見された文献にもあるらしいですが、長宗我部との間の交渉に失敗して、戦いを避けられなくなったから、という話もあります。ただ、これだけでは理由として軽いようにも思われます。


 天才肌で言動が端的な信長と、表面は柔和でも、中身は保守的で固く、プライドも高い光秀の間で、コミュニケーションの齟齬そごはかなりあったのではないか、という感じはします。また、信長は短気で逆上しやすく、部下が言い訳するのを嫌ったという話もあります。どうかわかりませんが、理知的な光秀は言い訳しそうなイメージはあります。また、信長は無骨で実直な部下を好んだらしいですが、これも知られているような光秀像とは異なります。光秀は卓越した火縄銃の射撃技術を持っており、合戦指揮もできて兵法にも明るく、武勇にもひいでていましたが、教養もあり、歌や茶道もできて、信じられないぐらい多才な無骨さからは程遠い人物です。


 また、光秀も判官はんがんびいきも相まって、美化されてる感はありますが、権謀術数けんぼうじゅっすうを好む腹黒い人物として描かれている文献もあります。本能寺の変の少し前に、信長の書をありがたそうに飾っていたというエピソードもあり、これは本当ならサイコパスっぽいですね。多芸な人物ですし、多層的で二面性がありそうな感じもします。周囲をあざむききって謀反むほんを起こしたわけですし、結果から見てもこちらの光秀像の方が事実に近いように思われます。


 信長も激しやすくワンマンな人物ですが、義理固いことでも知られており、怒りのあまり職を解かれた人物も、後で許されて再度チャンスを与えられている例があります。それに配下の評価も実力主義です。光秀ほどの人材をみすみす捨てることはありえません。韓非子の話もありますが、織田軍団の仕事は日本平定で終わりではなく、大陸にも進出する目標がありました。ウサギが死ぬ前にイヌの寿命が尽きたことでしょう


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― 新着の感想 ―
[一言] 私の中での「本能寺の変の真実」に一番近いイメージの作品です。 人と人との関わり合いの中で、どうしても「性格的に」合わない方、というのはいるもので、そのすれ違いが致命的な結果になった、というの…
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